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ひとりより、ふたりで。


「家から出てってくれない?」


金曜日の夜、妻が言った。食卓に並べられたご飯の前で、僕は凍りついた。


「あ、明日の話だよ?ほら、準備があるからさ、日曜日の」


準備?ああ、そうか、日曜日は14日、バレンタインだ。その準備のことか。入籍してもうすぐ1年、ついに家から追い出されるかと思った。


妻といるとわかる。彼女は準備が好きだ。誕生日やクリスマス、記念日などをとても大切にする。人に喜んでもらうことが嬉しいのだろう。その姿勢には、いつも感心させられる。そして、もちろん尊敬している。


「夕方には帰ってきていいよ~」


翌日の土曜日、見送る妻を後にして僕は家を出た。変な感じがした。そうか、通勤以外でひとりで出かけるのは久しぶりだった。思い返してみれば、入籍してから、休日はたいてい妻と一緒に行動していた。


特にしたいこともなかった。いつもなら、妻がプランを練ってくれるので、僕は金魚の糞のごとく、彼女の後をついてまわる。そうか、いつの間にか、彼女のしたいことが、僕のしたいことになっていたんだ。


映画を観に行って評論家のように感想を言うことも、ラーメンを食べに行ってインスタに写真をあげることも、カフェに行ってカフェオレを飲むことも。ぜんぶふたりでしたいことなんだ。


ひとりでいるのは、つまらない。僕は夕方まで、適当に時間を潰した。そして、家に帰った。


玄関のドアを開ける。


「ただいま」


ガチャ。リビングに通じているドアが開いた。


「おかえり~!!!」


妻と猫が勢いよく駆け寄ってくる。テンションが高い。


「お、今日は何してたの?」


僕は今日したことをそのまま話す。


「え、ラーメンたべたの?ひとりで?ずるいっ!食べたかったなあ、私も」


そうだよ、僕も食べたかったよ、君と。コートを脱いで、ソファに腰をかける。


「ねえ、明日渡そうと思ってたけど、もう今日でいいかなって。はいっ、今年の!」


妻はそう言って僕に小さな箱を渡した。青色の小さな箱だ。そして、そこに詰められていたのは、6個入りのショコラだった。


「ねえねえ、食べてみて~!!!」


写真を撮りたい僕の気持ちも知らずに、妻は急かしてきた。僕はショコラを1つ食べた。ショコラは甘くて、おいしかった。


味に夢中で気がつかなかったが、家のなかは甘いにおいが充満していた。さっきまでひとりでいたのが嘘のようだ。甘いにおいは僕をそっと包み込んでくれた。



「あ、ごめん。食べてるところ悪いけど。洗い物までは手が回らなくて…、ごめんだけど、お願いしてもいい?」


妻といるとわかる。彼女は後片付けが嫌いだ。洗い物も、食器の片づけも、洗濯をして、洗濯物をたたむのも、ぜんぶ苦手だ。まあ、でもそこは僕がカバーすればいい。そう思っている。


僕はスポンジに洗剤をつけ、洗い物に取り掛かった。日常が戻ってきた感じがして、嬉しくなった。


「え、なんでにやにやしてんの?」


僕は首を横に振って、作業を続けた。


ショコラは甘くて、おいしい。でも、妻がくれるショコラは一味違う。それは、甘くて、おいしくて、そして、楽しい。



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