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27歳のリベンジ

興奮冷めやらぬ1人映画館の話。


私が働くカフェから約300メートル。
とても映画館だとは思えないほど寂れているけれど、この街で唯一の映画館。
雑居ビルの3階と4階を占拠する、たった2シアターしかない映画館。

今夜はどうしても、早い時間に家に帰りたくなかった。
どうにかして時間を潰したくて、昼休みじゅう考えた末に思いついたのが「おひとりさま映画館デビュー」だった。

いや、嘘はよくない。本当はデビューではなくて、リベンジ。
実は5年前の夏、22歳の時に三宮の映画館でおひとりさまデビューをしたのだけれど、あの時は周囲が気になって全然楽しめなかった。
でも、アラサーに足を突っ込んだ今なら、スーツを着ていなくても1人でスターバックスに入れるようになった今なら、自分のペースで純粋に楽しめる気がしたのだ。


予定通り18時にカフェのシフトを終えて、急いで着替えた。
小雨が降る中 時計を気にしながら郵便局へ走りメルカリの発送を終わらせて、コンビニでチョコレートを買ってリュックサックに詰め込む。
本当は温かいカフェオレも買おうと思ったけれど、いくら持ち込み自由とはいえなんだか映画館に悪い気がして 手を引っ込めた。
湿気で生ぬるい夜の空気の中、早歩きで映画館に向かいながら、上手くいえないけれど いつもより少し自由になれた気がした。


この映画館に来るのは、実に10年ぶりだった。

あれは高校2年生の冬の終わり。
どうしてもガリレオの劇場版『容疑者Xの献身』を観たくて、大して仲良くもないクラスメイトと待ち合わせてレイトショーを観に行った。
レイトショーのあとにカフェに行った気がするけれど、そもそも仲良くないから全然盛り上がらなかった。映画はとても面白かったけれど、苦い思い出。

10年ぶりの映画館は、全然変わっていなかった。
時代に取り残されたような怪しげな雰囲気も、全く売る気のない売店も、アルバイトの店員さんの気怠げな態度も変わらない。
高校生の時には得体の知れない気持ち悪さを感じたけれど、今はなんだか懐かしくて心地よかった。
店員さんからチケットを受け取りながら、月一で来ることにしようと心に決めた。
ちなみに、カフェオレは売店の横の自動販売機で買った。150円。コンビニより30円高かった。


特に興味はなかったのだけれど、『検察側の罪人』を観ることに。
すぐ観られる映画はそれしかなかった。19時上映開始だったけれど、これがこの映画館の唯一のレイトショー。

この映画館にはいつも半年ほど遅れて作品がやって来る。たまにリアルタイムで来る映画もあるけれど、それも特報すら見たことのないような映画ばかりだ。
これ、地元の自虐ネタとしてよく他人に披露するけれど、個人的にはそこがこの映画館の良さだとも思っている。リアルタイムで観ない方が面白いことだってあるよ。きっと。

観客は私以外に5人だった。
カフェオレを飲み、チョコレートをゆっくり口で溶かしながら、123分を楽しんだ。

映画は思っていたよりも面白かった。
事前に見たネットの情報ではサスペンスと書いてあったから 帰り道が怖くなるんじゃないかと実は少し不安だったけれど、そんなこともなかった。

個人的には、松重さんがとても良かった。
ほんのちょっとだけ仲良くなりたいと思った。

二宮くんが叫び 画面が暗転してエンドロールが始まると、コートとストールを手にすぐにシアターを後にした。
映画が終わって灯りがつく瞬間が、なんとなく気恥ずかしくて苦手。パッと灯りがつくと同時に伸びをしながら立ち上がる自分や周りの他人を想像しただけで、なんだか少し目を逸らしたい気持ちになる。
なんなら、誰かと一緒に映画を観に行くときに私が1番緊張する場面がここだと思う。どんな表情と仕草をして第一声を発したらいいのか正解がわからない。

エレベーターが1階に着いて扉が開いた瞬間に、あぁ現実に戻ってきたなと思った。
近くの居酒屋から出てきたほろ酔いのサラリーマンを見て、一人呑みもステキだなとか考える。

27歳のリベンジは全然派手なものではなかったけれど、なんだかとてもワクワクした。リベンジしてみてよかった。

駅までの道のりを いつもよりハイヒールを鳴らして歩きながら、ポケットの中で小さくガッツポーズ。

次は、映画の後に美味しいお酒を飲みたい。


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