死花-第5話-③
「…やっぱりお墓、ボロボロね。」
瀬戸内を見下ろす小高い丘の上の墓地に、2人の姿はあった。
海風に晒されて、歪な形になった苔まみれの墓石を見つめながら、絢音はそっと、バッグからあるものを取り出す。
「アルバムから抜いてきた…小さい頃のだけと、お父さんと、お母さん。」
「見して。」
写真を受け取り見つめた瞬間、藤次は目を丸くする。
「えっ……これ……ワシ?」
写真の中で、幼い絢音を抱く父親らしき男性は、自分と驚くくらい瓜二つで、藤次は彼女を見つめると、絢音は照れ臭そうに笑う。
「本当に驚いたのよ。初めて会った時、お父さん…生きてたんだって。あり得ないのにね。」
言って、絢音はまた、視線を墓石に向ける。
「遺体…ここにはないの。川の勢いが激しかったみたいで、海に流されたみたいで…何度か捜索してもらったんだけど、身体の一部はおろか、遺品も…何もないの。」
「水害…やったな。亡くなったん。」
「うん。川を見に行くって、2人で出て行ったまま、ずっと……だから私、1人で誰かを待つ時間、本当は嫌いなの。待ち続けて、帰ってこなかったらどうしようって、不安で…辛い…」
「絢音…」
そっと肩を抱くと、絢音は藤次の胸に静かに寄り添う。
「両親が亡くなったあとは、広島の親戚筋を転々として、学校も…何度も変わったから、友達もいない。だからかな?友達の作り方も、正直苦手。だから、奨学金で大学に行っても、結局…いつも1人だった。」
「寂しかったんやな…ずっと…」
「うん。求めてくれるなら、誰でも良かったのかもしれない。だから、安藤みたいな男に、付け入れられたのかも、しれない。」
はぁ…と、白い吐息を吐いたのち、絢音は藤次を見上げる。
「会えて…良かった。」
「ワシも、お前に会えて…良かった。」
優しく微笑み、藤次は一歩前に出て、墓石に向かって深く一礼する。
「お嬢さん…貰わせてもらいます。僕の出来る精一杯の力で、必ず…幸せにします。だから、見守ってて、ください…」
「……ありがとう。藤次さん…」
*
「へぇ〜。これが噂に聞く、広島焼きかぁ〜」
墓地を後にし、お昼と言う事も相まって、2人は市内のお好み焼き店にいた。
目の前に出されたお好み焼きを見た藤次の発した一言が、賑わっていた店内をシンと一変させる。
「藤次さん……訂正して?」
「ん?何を?」
ヘラでお好み焼きを切り分けながら、不思議そうに自分を見つめてくる藤次に、絢音はにこやかに…しかし、額に青筋を立てた状態で口を開く。
「これは、お好み焼き。」
「何言うとんねん。広島「風」お好み焼きやろ?やから広島焼き。なんもおかしないやん。」
その言葉の訛りから、店の誰もが、ああ…こいつ関西人かと渋い顔をする。
「私…今、婚約解消が頭よぎってる…」
「なにアホなこと言うてんねん。ワシは、別れる気ぃはないで?今までも、これからも…」
言って、藤次はお好み焼きを賽の目に切っているので、絢音と他の客は、ホッと胸を撫で下ろす。
「やっぱり、お好み焼きはそうよね?」
「何やねんさっきから、久しぶりの地元の味やろ?熱い内に、早よ食べ。」
「うん。」
いただきますと呟いて、絢音は割り箸を割って、湯気の立ち込める鉄板に乗ったお好み焼きを掬い、口に運ぶ。
「うん。やっぱりこれが、お好み焼きよね。「関西風」は、ちょっと味気ないって言うか…」
その言葉に、今度は藤次が渋い顔をする。
「何言うとんねん。関西風なんてあらへん!あれがお好み焼きや!絢音といえども、今の発言、聞き捨てならんで!」
「なによ!」
「なんやて!」
…正に、仁義なきお好み焼き戦争。
2人の初めての喧嘩を、鉄板に乗ったお好み焼きが、香ばし匂いをたたせながら、見守っていた。
勝敗の行方は、果たして…
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