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死花-第13話-②

「ちょちょちょっ!なっちゃん待って!!気持ちは分かるけど無茶だよ!!」

時間は少し戻り、京都地検刑事部長室に向かう廊下を、何かを決意した夏子と、オロオロする柏木が歩いていた。

「止めないでください検事。私、どうしても許せないんです…」

「だからって、事務官が部長に直訴なんて聞いたことないよ!?それに、棗が刑事部長に今回の件、楢山に託したってのは、まだ噂の域なんだよ?!なのに…第一、なっちゃんにいなくなられたら僕が困るじゃない!!」

「私の代わりならいくらでもいます。とにかく、私の意志は変わりません。刑事部長に土下座してでも、楢山検事の担当事務官に、加えてもらいます。」

「なっちゃん!!!」

そう言って刑事部長室前に来た時だった。

ドアの前で、見慣れないショートカットの女性がいたのは…

「夏子…あなたも?」

「えっ!?ひょっとして…佐保子?!」

長い艶やかな黒髪が自慢だと言って、いつも手入れを念入りにして大事にしていた髪をバッサリと切り落とし、手に握りしめた姿を見て、夏子は目を丸くしたが、やがて表情を正す。

「あなたも…?」

「じゃあ、夏子も?」

そうして2人で顔を見合わせ笑い合うと、止める柏木を振り切り、2人は室内に入る。

「あらぁ…安藤さんに、京極…さん?それに柏木クン?どうしたの一体。」

瞬く葵の机の前に、佐保子は切り離したお下げの一房を置く。

「京極さん?」

「「髪は女の命」…使い古された言葉ですが、この髪で、この命で、直訴します。私を、楢山検事の担当事務官への辞令…お願いします。」

「京極さん…」

「私も、後でこの命、差し出します。だから度会部長…私も楢山検事の担当事務官に、お願いします。」

「安藤さん…」

「ああ!刑事部長!!申し訳ありません!!僕の指導が行き届かないばかりに!!なっ…安藤事務官!それに京極事務官!気持ちは分かるけどそんなに簡単に…」

「いいわ。」

「はい?!」

葵の口から出た意外な言葉に瞬く柏木。

振り返って彼女をみやると、いつもと変わらない穏やかな表情で、しかし真剣な顔つきで、葵は2人の事務官を見据える。

「警察から、死傷者12名と聞いたわ。これだけの事件、マスコミも黙ってないでしょ。人手はいるわ。人事に直ぐ口添えするから、行きなさい。……ただし、」

そこで言葉を切り、葵はキュッと瞳に力を込める。

「ただし、辛いわよ。…良いわね。」

「はい!」

頷き、決意のこもった表情をする2人を見て、葵はまた笑う。

「なら、お行きなさい。楢山クンには伝えておくから。柏木クンには、他の事務官回してもらうよう手配するから、待っててね。」

「け、刑事部長…本当によろしいんですか?」

狼狽する柏木に、葵は優しく微笑む。

「良いのよ。いざとなったら、辞表でもなんでも出すから。女の命、二つも預かっちゃったんだもの。それ相応の覚悟…私もしないとね。」

「部長…」

それから程なくして、榎戸が賢太郎の元へ送検されることが、正式に決まった。

少しでも激励しようと、苦手な和食でテーブルを飾り帰りを待っていたら、インターホンが鳴ったので出迎えると、険しい顔をした夫がいた。

「楢山君…」

「明日…奴が送検されてくる。警察でも一貫して容疑を認めて、さっさと死刑にしろと息巻いてるらしい。上等だ。望み通り死刑台に送ってやる。」

言って、賢太郎は徐にスマホを取り出し、どこかに電話する。

「……親父?俺だ。京都の事件、俺が担当することになった。……ああ。そうだ。それで、大至急で悪いんだが、親父が特捜部時代にしてた勝負ネクタイ。貸してくれないか?担げる験は、なんでも縋りたいんだ。頼む。……ああ、ああ、じゃあ…」

そうして父との電話を切ると、今度は藤次の元に掛けたが繋がらず、賢太郎は留守電にこう残す。

「仇は必ず討つ。だからお前も、落ち着いてからでいい、出来る事をしろ。」

「楢山君…」

自分を心配そうに見る妻に、賢太郎は真剣な表情を向ける。

「抄子…お前、今回は傍聴に来るな。」

「えっ?!」

瞬く抄子に、賢太郎はさらに続ける。

「俺は今回の裁判、人を棄てる。如何なる手段を用いても、必ず被告人を死刑台に上げる。だが、そんな醜い鬼のような姿…君には見せたくない。見られたくない。だから、来るな。いいな。」

「…やよ。」

「抄子?」

「嫌よ!!なんで肝心な時に、側にいちゃいけないの?!なんでそんな、醜いなんて言うの?!どんな姿になっても、賢太郎は賢太郎だよ!?…いつか約束したじゃん。棘まみれの茨の道だけど、一緒に歩いて行こうって。忘れたの?賢太郎は気づいてないだろうけど、私だって、ずっと今まで、心の中で一緒に闘ってきたんだよ?だから今回も、連れてってよ。私だって…この犯人、許せない…」

「抄子…」

肩をいからせ、ヒクヒクと泣きじゃくる抄子を優しく抱きしめて、賢太郎は静かに囁いた。

ありがとう…と。

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