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短編小説「カラスは何でも知っている?」

ぼくには秘密がある。それは毎日マンションのベランダにやってくるカラスと友達だっていうことなんだ。友達のカラスは名前を「カラス森さん」といった。

「なんだよカズ、まだ決まらないのか?」

カラス森さんは話し方がコロコロ変わる。ぼくの呼び方も「カズキ」のときもあれば、「カズ」「カズちゃん」「カズ坊」なんて時もある。今日のカラス森さんは5レンジャーのレッドみたいにハキハキとしゃべった。

カラス森さんがこのベランダに顔を出すようになったのは、ちょうど半年前からだった。カラス森さんが言うには、産まれてから二年しかたっていない(それを冬が二回来たと説明した)らしいけど、十歳のぼくより年上で立派な大人の若ガラスらしい。

今朝もカラス森さんと話していると、廊下を歩くママの足音がして、カラス森さんはひゅんと風を切ってベランダの柵から飛び立った。

「おはよう。一樹はいつも早起きでえらいわね。桃ちゃんを起こしてやってくれる?」

二段ベットの下の段に寝ている妹の桃香を起こし、朝ごはんに連れて行く。運動が苦手な桃香は保育園で運動会の練習があるのを嫌がり、行きたくないとダダをこねている。

カラス森さんはもう寝ぐらに帰っているはずだ。夜明けとともに公園で虫を採ったり、人間が食べ残したものを探すのだそうだ。朝ごはんの後にぼくのところに寄り、帰ってひと眠りするのがカラス森さんの日課だと聞いていた。

ぼくはトーストをかじりながら、カラス森さんの言葉を思い出していた。

「カズ、おれにまかせておけ。ユイちゃんが喜ぶものを見つけてやるよ」

来週の土曜日はクラスメイトのユイちゃんの誕生日パーティーが開かれる。プレゼントに何を選べばいいか分からず、ぼくはカラス森さんに相談したのだった。

その日の夕方学童から戻ると、さっそくカラス森さんがベランダにやってきた。

「カズちゃん、ユイちゃんが好きものが分かったわヨ。ママの指輪みたいなのが欲しいって言っていたワ」

「指輪かあ……。ぼくのお小遣いじゃ買えないから折り紙で作ろうかな」

「うーん、そうネ……。女の子はピカピカしたものが好きだから、折り紙の指輪はちょっとどうかしらネ」

「他にはないかな。ユイちゃんが喜びそうなもの」

ぼくがお願いすると、「まかしておいて!」とカラス森さんは飛び立った。そし近くの電信柱にとまり、「カズちゃん、あの歌を歌って」と言った。
ぼくは「七つの子」をカラス森さんに向けて歌った。カラス森さんはこの歌が大好きなのだ。ウットリと目を細めて聞き入っている様子だったが、歌が終わると夕暮れの空に消えていった。

翌朝、ベランダにやってきたカラス森さんは大声で報告を始めた。ぼくは桃香が起きてしまうのではないかヒヤヒヤした。

「ようカズ坊!昨晩もユイちゃんの様子を見に行ってきたよ。晩御飯にステーキを美味しそうに頬張っていたぜ。やっぱりプレゼントは生肉で決まりだな」

「ちょっと待ってよカラス森さん。BBQパーティーじゃないんだから」

さっきからトイレに行きたかったので話を切り上げ、カラス森さんに断って部屋を出た。そしてトイレから戻ってくると、ドアの向こうからガアガアという鳴き声が賑やかに聞こえてきた。カラス森さんだけではない。何羽かのカラスが鳴いているようだ。

「まったく、イチロウ、ミヨコ、ゴロウは全然カズキの役に立っていないじゃないか」

「まあまあ、シロウ。そんなにキツく言わなくても」

「そうそう、ジロウの言う通り。プレゼント探しは楽しくやらなきゃ」

「ワタシが羽根の濡れ具合で、ユイさんの欲しいものを占ってみるわ。……。整いました!ユイさんは新しい自分と出逢いたいの。物質的な執着はすでに手放しているわ」

ドアの隙間からのぞくと七羽のカラスがガアガアと言い合いをしている。一体どれがカラス森さんなのだろう。七羽ともそっくりで見分けがつかない。
思い切ってドアを開けカラス森さんを呼ぶと、七羽がいっせいに「ガア」と返事をした。

「ああ、カズにばれちまったなあ」

「どういうこと?」とたずねると一羽が決まりが悪そうに言った。

「おれたちカラス森は七つ子なんだ。七羽で同時に現れたらカズが怖がると思って、一羽ずつこっそり交代でここに来るようにしていたんだよ」

「そっかあ。実は変だなって思っていたんだよ。毎回話し方が変わるからさ。でもさ、カラス森さんたちはそもそもどうしてぼくのところに来てくれたの?」

 カラス森さんたちは七羽でもじもじと顔を見合わせた。

「ワタシたちはここの向かいの森で産まれたのヨ。まだヒナだった頃、親鳥が戻るのを七羽だけで待つ間にカズちゃんの歌う『七つの子』が聞こえてきたの」

「カズ坊の歌が子守唄だったんだぜ。七羽で体を寄せ合ってとってもあったかい気分になったのさ。だからカズ坊の役に立ちたいと思ったんだよ」

「でも、役に立てなかった。ごめんねカズキ」
ぼくは首を振った。

「ぼくはカラス森さんたちが来てくれてとても嬉しいよ。プレゼントはやっぱり自分で探すよ。相手が喜ぶものを考えるのってワクワクするものね」

七羽のカラス森さんたちは、ほっと胸を撫で下ろしたようだった。

「だからさ、これからもぼくの友達でいてくれる?」

そう言って、ぼくは七羽それぞれの名前を教えて欲しいと伝えた。
カラスの友達が七羽もいるなんて、ぼくは世界一ラッキーな小学生だ。

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