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【超短編小説】バレちゃった

「家でパンを焼いていそう」。それが私の第一印象だった。

小学生の頃からそう言われ続けてきた。きっと福々しい外観のせいだろう。家庭的な女性だと周囲に思われ続けてきた。学生時代の彼からも手作りのお菓子を期待され、それが叶わないと彼は私から離れていった。

時は流れ私は会社員になった。仕事の疲れで日々体は重く、朝目覚めても疲れが取れない。鏡を見れば口角炎が目立つ。毎日自炊すべきなのだろう。

休日にはパンでも焼いてみたい。しかし、それは無理だった。ひとり暮らしをして分かったが、毎日買い物をして調理するのは重労働だし、したところで味もぴたりと決まらなかった。毎日の疲労で料理を上達しようとする気力も失せていった。

私はどうすればいいんだろう。このままだと誰からも愛されない人間になってしまう。こんなはずじゃなかった。ひとり暮らしを始めた当初はInstagramで目にする素敵な料理の数々に胸躍らせていた。私もこういう家庭的な生活をするのだと。グッバイ、丁寧な生活。来世ではまともになります。発泡酒の缶を開け、タイムセールで値下がりした生姜焼き弁当を食べ始めた。

そして職場の飲み会の席で恐れていたことが起こった。私のダメっぷりがバレてしまったのだ。

居酒屋でカルピスサワーを飲んでいた私は、課長から「肉じゃが作ってそうだよね」、クールな先輩のレイコさんからは「フィナンシェ焼いてそうよね」、後輩の後藤くんからは「毎日弁当持参ですよね」と言われた。

酔いが回った私は「肉じゃがなんか作ったことないし、甘いものより塩辛が好きだし、弁当のおかずは全部冷凍だ」と白状してしまったのだ。

ふいに学生時代の彼のがっかりした表情を思い出し涙が溢れた。「私、だめな人間なんです…」周囲の人達が思い切りひいているのが伝わってきた。

翌日、暗い気持ちのまま仕事を終え、退社の準備をしていると課長が手招きした。「趣味で糠漬けつけてるんだ。電車内で匂うかもしれないけど。」と使い捨て容器に入れられた糠漬けを持たせてくれた。そしてロッカー前でレイコさんに呼び止められ、美しくラッピングされた小さなプレッツェル手渡された。「お菓子作りが好きなんだけど、誰かに食べてもらいたくて。」

社屋を出たところで、後ろから名前を呼ばれ振り向く。後藤くんがはにかみながら立っていた。
「あの、よかったらこれからご飯に行きませんか。」

私は結局変わらないままだ。でも、それでいいのだと思えるようになった自分がいた。



※ dancefirstさんのイラストを使用させていただきました。

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