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【60秒の物語】ニヤニヤ天使

「ねぇ、歯を削るのって愉快なの?」

かけられたタオルが邪魔で前が見えない。歯医者の他に、何者かが口の中を覗いているようだ。どうやら天使らしい。

「愉快かって、君、歯を削るのに愉快なことがあるか」

「じゃあどんなことを考えてるの?」

「神経に響きませんように、とか、痛くありませんようにとかだ。麻酔をしているから、痛いわけじゃないけど、体が硬くなっちゃうんだ」

「怖いってこと?」

天使はニヤニヤしながら言った。

「そうだ。この歳になっても、歯を削るのは怖いんだ。悪いか」

「痛いとか、怖いって感覚。分からないんだよね。いいな、なんだか愉快そうだ」

それから、天使はたびたび私の前に現れるようになった。  

天使が聞くことといえば、「満員電車ってときめくの?」だの、「頭を下げるのが好きなの?」だのくだらないことばかりだ。

一度だけ、我が家のゴールデンレトリバーの腹をなでながら、「あったかいんだろうね。僕には分からないけど」と呟いていた。

この世での研修が終わり、天使は帰って行った。妻も犬も寂しがっているが、私はほっとしている。

天使がいなくなった今でも、時々彼の声が聞こえる。

「それってどんな気持ちなの?」

私は以前より、自分の気持ちに耳を澄ませるようになった。


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