極東から極西extra:世界の果てへ・前編
ここからはカミーノ・フランセとは別のお話。
extraステージ。
カミーノ・フランセ後に「世界の果て」を目指す話。
・Santiago de Compostela〜Negreira
サンティアゴ・デ・コンポステーラまでの道が終わったら、カミーノには更に別のステージが用意されている。
巡礼者は、大西洋までの90kmの道のりを歩き、着ていた巡礼の衣服をきれいさっぱり燃やして巡礼を終えたのだとか(今は環境問題もあり燃やせない)。
ゴールは二つあり、一つはフィニステーラ、(またはフィステーラ/世界の果て)、もう一つはムシアと言う。
日本からでは中々来れる場所ではないので、どうせならフィニステーラまで歩きたいなとは、巡礼以前から思っていた。
因みにムシアは石の船に乗った聖母マリアが現れた場所だとか。かなり民族色の強い伝承が残る場所だ。時間があれば行きたかったな。
まずはサンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼者事務所に、フィニステーラ/ムシア用のクレデンシャルをもらいにいく。
スロバキアのレヌスカ(Day34、ボエンテで出会ったプリミティボの道を歩いてきた友人)から、フランセのクレデンシャルは使えない事。また巡礼事務所で地図とアルベルゲ情報と共に新しいクレデンシャルをもらえることを事前に聴いていたので、迷わず行けた。
巡礼事務所の入り口の黒服さんに、フィニステーラへのクレデンシャルが欲しいことを伝えると、入って左側の受付を案内をしてくれる。
受付でSJPPと同じように巡礼者情報を登録してクレデンシャルをもらい、注意事項を聴く。
「一日に二つスタンプを押してもらってね。フィニステーラに着いたら、公共のアルベルゲで終了証明書が貰えるからね。必ず、二つよ!」
「分かりました。二つですね!」
アルベルゲで一個。
教会かカフェで一個。
問題になりそうな数ではない。
「むにしぱる」と呟きつつ事務所を出た。到着したカリマさん、ドイツ出身スイス在住のクリスティーンにも、新しいクレデンシャルが必要なことを伝えておいた。カリマさんはフランセのクレデンシャルの続きにスタンプを押してもらうつもりだったようで、酷く驚いていた。
「別のが必要なのね! これ? まあ素敵」
「一日にスタンプ二つ必要みたいだよ」
アルベルゲとカフェに行けば……と同じことを呟くカリマさん。興味津々で、夕陽色をした私のクレデンシャルを見た後、一先ずフランセのコンポステーラを取りに行っていた。
カリマさんとクリスティーンは月曜日出発予定。私が1日先行する形になる。
「良いアルベルゲ見つけたら教えてね!」
カリマさんに言われて勿論! と答えた。
翌日の日曜日(10月22日)マリンカさんと旦那さんに会ってから、サンティアゴを後にした。雨の予報だったので最近すっかりお馴染みのレインウェアを装着し、9:45分と言う何時もよりだいぶ遅い時間に出発した。それでもネグレイラはたった20kmの距離だから、5時間弱で行けるはずだ。早足なら4時間くらいだろうか。
一歩一歩、広場から離れていく。
フランセからも一歩一歩離れていくようで、大分寂しい。途中で10時の鐘と10時半の鐘が鳴って背中を押してくれた。
その内に雨が降ってきた。
周りに巡礼者は一人も居なくてしょんぼりしょんぼり、出会った人達の顔を思い出してはちょびっと泣きつつのスタートだった。
ポンテ・マセイラの石造りの橋が見えた時、漸く周りに巡礼者の姿をちらほら見る事ができた。それだけで大分嬉しい。
水車小屋の下を轟々と水が流れている様子や、大きな臼を見た後、ちらほらいた巡礼者と共に村を後にした。言葉はあまりかけなかったけれど、アイコンタクトと笑顔を交わす。お互い「雨で大変だよね」という思いは一緒だったと思われる。
小さい村を幾つか通り過ぎたけれどカフェは総じて閉まっていた。
やがて、ネグレイラの町に着く。
予約したアルベルゲはカミーノ沿いにありすぐに見つかりそうだ。やっと町の入り口で開いているカフェも見つけた。
と、目の前に知っている人が現れた。
「シシリアさん!」
「大丈夫? 遅いから見にきちゃった」
「友達の到着を待ってから出発したから」
「みんなサンティアゴを出るのはゆっくりになるわね。ほら、こっちよ」
元々、予約したのはシシリアさんおすすめの、高い評価のアルベルゲだ。どうせ泊まるなら良いところの方が良く寝られる可能性が高い。シシリアさんには同じところにしたよと伝えていたから、わざわざ迎えに来てくれたのだ。
なぜ評価の良いところがいいかと言うと、いびきとベッドの良し悪しは巡礼者の間で深刻な問題だから。いびきは気にならないのだけれど、マットレスがコット(キャンプ用ベッド)より寝心地が悪いと夜中に何度か起きる羽目になる。そうすると必然的に次の日が辛くなる。
シシリアさんに連れられてチェックイン。 ベッドの準備だけ整えて、一緒にご飯を食べに行った。
「シャワーいいの? 待ってられるけど」
「いいですよ。だってどうせランドリーと乾燥機かけなきゃだしね!」
「私も洗濯は機械任せよ。雨の中手洗いしても乾かないしね」
二人で笑いあって、さっき見つけたカフェへ。
ハンバーガーを頼んで、今後の話をした。
「天気が回復しないから、私は明日バスでフィニステーラに向かうことにしたわ」
「え!」
てっきりシシリアさんは歩くものだと思っていたのでびっくりした。歩かなければ証明書はもらえない。
「……バスで行くの?」
「明日はいいけど火曜日が酷いみたい。あなたはどうする? バス停はすぐ側だし、時刻表確認に行かない?」
確かに天気予報はずっと雨。
オ・セブレイロからガリシア地方に入ってから、雨降りで無かった日はない。それでも降ったり止んだりだから今まで歩いて来れた。
「どうしようかな。楽しく歩きたいけど」
シシリアさんは、来年日本のお遍路の続きを歩き、更にカミーノのポルトガルの道も近々歩くと言っていた。
けれど、また看護師をしようとしている私は、そんなに時間を取れないだろう。チャンスは一生のうち数えるほどしかない。
「けど、あんまり歩くチャンスないんだ。日本からは遠過ぎて……?」
いや、台湾だって同じくらい遠いのだ。
サンティアゴ・デ・コンポステーラ、2日目のアルベルゲでポーランドと台湾の男性に言われた言葉を思い出す。二人とも日本の会社を知っている人だった。
〝日本と韓国は残業時間世界最悪。休暇取得率最悪。自分の人生を犠牲にしても残業費が全部出ることは無いなんて、狂ってる!〟
それだけ働いているのに貧しいんだから、やっぱり何かがおかしいのだろう。おかしくても急に休みを取得できる社会にはならない。
「明日の天気次第、かなぁ」
「そうね、あなたの気持ちで決めるといいわ」
手作り感溢れるハンバーガーを齧った。
明日、私が歩くなら、シシリアさんとはネグレイラでお別れの可能性が高い。
翌日起きて身支度をする。
予報は晴れ時々雨。キッチンでお茶と簡単な朝ごはんを食べる。
「歩く?」
「ええ、今日は天気大丈夫みたいだし!」
「無理はダメよ。自分の身の安全と体調を一番に考えてね」
バスの時間を待つシシリアさんに言われて頷く。
「無理はしません。ダメだったらバスを使います」
「それがいいわ。くれぐれも気をつけて! ブエンカミーノ!」
笑顔で見送ってくれた。
・Negreira〜Lago-Abeleiroas
10月23日(月)、次の村に向けて出発する。やっぱりフランセよりは遅い出発になったけれど、人が少ない中であまり暗いうちから宿を出るのは危険な気がした。
薄明かりのネグレイラの町を通り抜ける。日の出直前、磨かれたみたいに透き通った青空が見えた。なんとも素敵な歩き日和だ。
教会の写真を撮りながら、森を抜ける。
暫く行くと視界が開け、緑一杯の(それでもどこか秋めいた)丘の上に風力発電の風車が並ぶ景色が現れる。
ドライフルーツに似た干し草の匂いを嗅ぎながら、牛やロバ、鶏を見て和む。道は少し登り坂。でも今まで歩いてきた比では無いからのんびり散歩のようだった。なんというか、サンティアゴから遠ざかる毎にゴールした興奮が落ち着いていく感じ。
通過した村々には犬が沢山いて、それぞれが勝手気ままに過ごしているように見えた。
晴れているからか、心なしか出会う巡礼者の表情が明るい。
完全に明るくなってから看板が出ていたカフェに入り、ご飯を食べる。チュロスはあるかなあと探したのだけれど、無い。
チュロスは前に見かけてから食べたい朝ごはん、若しくは食べたいおやつナンバーワン。どこかのカフェに無いか探しているのだけれど、どうも私の店の選び方が悪いようで、今の所遭遇できていない。
チュレリア(チュロス屋さん)をサンティアゴで見かけた時に入っておけば良かった。でもあの時は、広場で人を待ちたい気分だったから、仕方ない。
「やあ、何にする?」
「こんにちは。トスターダとカフェ・コン・レチェをお願いします」
猫のいるカフェで頼み、スタンプを押してもらう。
食べていると、シシリアさん、クリスティーン&カリマさん、昨日友達と出発したレヌスカから連絡と写真が送られてくる。「フィニステーラは晴れてるわ。なんてこと!」「晴れてるね! 私達もスタートしたわよ」「歩いてる? 見て、晴れて虹が出てたのよ。今どの辺? 私達はフィニステーラに向かって歩いてるわ」という内容のものだった。一つ一つにメッセージを返していく。
サンティアゴからフィニステーラまでの道に知り合いが点在しているのが嬉しい。
牛の行進を見たり、再び出会う黄色い矢印にほっこりしたりしながら先に進んだ。道は連日の雨でぬかるんでいたけれど、ところどころ乾いた場所もある。
それでもレインウェアを脱いだりザックカバーを外したりできないのは、ガリシアでは例え一千切り分の雲でも雨を降らせるから。
綿あめみたいなのが飛んできたなあと思ったら、他は青空でもザーッとやられてしまうのだ。油断はできない。
丘を越えて見晴台を通り過ぎた先にラゴの村があった。
ラゴに入る直前、ザーッとやられた。
やっぱり油断できない。
・美味しいトルティージャと美味しい夕飯
ラゴのアルベルゲに着いた。
入り口に牛の人形がいるから間違いようが無い。レストラン兼レセプションに入ると、優しそうな女性のオスピタレラが、先にチェックインした人の案内をしていた。
「少し待っててね」
と言って、別の棟に消えていく。
ふと見ると、レストランの椅子にアジアっぽい男の子が座っている。
「ハ……」
ハローと言いかけてやめた。
なんとなく、なんとなくだけど。
「日本人、ですか?」
「あ、はい。そうです」
やっぱり!
この旅何度目かの日本人との邂逅だった。お互いの自己紹介と少し話した後、オスピタレラが戻ってきたので、チェックイン。ベッドの用意をして、シャワーを浴びてから少し休んだ。ブランケットではなくて、ちゃんとしたふかふかの掛け布団の貸し出しだった。最後の最後で雨に降られて冷えてしまった身体にありがたい。
洗濯は手洗いでしたものの、乾燥機が空かない。マリンカさんやヘレナさんに写真とメールを送りながら、布団にくるまりつつ、機械の音が止まるのを待っていた。
階下からギターで紡がれる「千と千尋の神隠し」の「いつも何度でも」のメロディーが聴こえてきて、落ち着く時間を過ごすことができた。
結局乾燥機は暫く経っても空かず、身体が温まってから村の散歩に出かけた。けれど何にもなくて、すぐに戻ってくることになった。
宿併設のカフェでトルティージャと珈琲を頼んだ。トルティージャには簡単なトマトサラダとパンも付いていて、とても美味しかった。
ゆっくり過ごして、乾燥機に漸く洗濯物を突っ込むことができた。やがて夕飯の時間になったので、日本人の男の子を誘ってレストランに。
お互いに出会った人のことを話したり写真を見たりしながら話をした。共通の知っている人(カナダのビンセント、オーストラリアの親子マットとタズ、台湾の私のそっくりさんチュンフイ)がいた一方で知らない人もやっぱり多い。ダメもとで、ウェールズのガイさんの行方を訊いてみたけれど、知らないとのことだった。
ガイさんは、フロミスタでビール片手にワインを飲んでいる姿を見たのが最後だ。一日遅れのカリマさんも、一日早いロジャーさんも、勿論私も彼の姿を探していたけれど、あれきりどの町でも見る事は無かった。「カミーノでは急に消えてしまう人がいるわよね」カリマさんの言葉を思い出した。
夕飯はとても美味しくて、オスピタレラは優しくて、珍しく食後の珈琲まで付いていて最高だった。
日本語で旅を共有できたことも素直に嬉しい。
夕食を終えて戻ると乾燥機にかけた洗濯物が出されていた。回収したら靴下が片方無い。
暫くしたら、近くのベッドのご夫妻から返してもらえた。紛れ込んでいたらしい。
乾いた洗濯物をスタッフサックに詰めて、安心して布団に潜り込む。
明日は、いよいよ海沿いの街セー(Cee)に向かう。世界の果て目前だ。
いつの間にか降っていた雨の音を聞きながら、目を閉じた。
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