極東から極西へ39:カミーノ編day36(O Pedrouzo〜Santiago de Compostela)
前回
土砂降りの中を28km歩く。
でも、アリソンさんと言う何にでもポジティブなアメリカの女性がいるから落ち着いて歩けた。
前回
今回は最終回。
カミーノ・フランセ、ラストウォーク。
サンティアゴ・デ・コンポステーラに到着した話。
・O Pedrouzo〜朝ごはん
オ・ペドロウソのアルベルゲで、準備をする。スマホの電波受信は設定を弄ってなんとかなった。
1日ぶりに見た天気予報は、雨降りではなく曇りのち雨になっていた。荷物を纏めて、レインウェアを着込む。さあ、行こう。
靴置き場で生乾きの靴を拾い上げて履き、ぎゅっと紐を結んだ。一緒に靴紐を結んでいた人もなんとも言えない顔をしている。
「……最後ですね」
「うん、……最後だね」
長かったような、短かったような。
これで私のカミーノ・フランセは終わるのだ。靴紐だけでなく、きゅっと口を結んでアルベルゲを出た。考えると寂しくなってしまうから。きゅっとしたままアルベルゲの前の坂を勢いよく登り通りに出て……そして1分で戻る。
ストックを忘れた。
ここまでずっとお世話になったストック。ゴールまでちゃんと連れていきたい。
カミーノに戻る為に、復活したブエンカミーノのアプリを見ながら歩く。
スマホの画面の明るさで、自分の口からもうもと白い息が漏れていることに気づいた。気温がかなり低い。手が冷たい。日本の晩秋くらいの感じがする。
昨日アルベルゲを探して慌てて歩いた通りを戻る。周りに知り合いは誰もいなかった。ミンニョンも、やっぱりいない。アリソンさんも、隣のアルベルゲだった筈なのに、いない。本当に少し時間がずれると会えるし、会えなくなってしまう。
やがて森に入る。
昨日の雨でぬかるんだ道をライトで照らしながら進んだ。そう言えば、本当に最初の最初、メレディスとズビリまで歩いた時がこんな感じだった。ピレネー程岩はないけど、水をたっぷり含んだ土や落ち葉や泥に足を取られそうになった。
リーさんや、カリマさん、ガイさん、ロジャー&エンジェル、マリンカさん、台湾の女性とも朝の暗い中で会った事があった。
草と落ち葉。針葉樹の匂いが濃く身を包む。
樹皮が剥がれ落ちている種類の木を度々見かけるようになった。栗のイガに加えて樹皮がよく道に落ちていて、雨水を堰き止めて水溜りを作っていた。
モホンの数字が減っていく。一つ一つ数字を確認しながら歩いた。
残り16kmの所で、見知った女性に出会った。
「おはようございます! ハンナさん」
「あら、おはよう。いよいよ最後ねぇ」
ハンナさんが歩いていた。
そのまま一緒に歩く。というか、多分一回り以上歳上の彼女は、特に登りが速いのだ。
「一緒に歩いてくれる人がいて良かったわ」
それは私の台詞だ。
暫く一緒に歩き、明るくなったタイミングでカフェに入る。スタンプをクレデンシャルに押した。
朝ごはんにオレンジジュースとクロワッサンを食べ、ハンナさんは珈琲とトーストを食べていた。
早起きして歩いて誰かと一緒に朝ごはん。
これも、今のメンバーではもうできない事だ。
「今の気持ちはどんな感じ?」
「今の気持ち、ですか。ううん、ちょっと悲しいかな。ヨーロッパや他の国の人には多分もう会えなくなっちゃうから。あ、でも、嬉しい気持ちもいっぱいなんです」
「そうね。沢山の感情でいっぱいよね」
ただ遠くの国にある世界遺産の道に憧れて歩き始めた。出発前の私のカミーノのイメージは、沢山の史跡や教会や景色を見て感動するんだろうなあと言うものだった。
でも実際は、沢山の人に出会い、教会を観たりお祭りで遊んだり、景色や食べ物を共有して感動する、というもの。なくてはならないのが人の存在で、私にとってのカミーノは結局「人に出会う旅」だった。
またきゅっとなりそうだったので、クロワッサンを飲み込んで誤魔化した。
・朝ごはん〜Monte do Gozo
天気は良くなったり悪くなったりを繰り返している。雨の合間に見える青空は素晴らしく青くて高い。もう、秋というより冬の空に近い色をしていた。
10kmぴったりのモホン。
ハンナさんと一緒に写真を撮ってもらう。
撮ってくれた男性は、「10kmだって? さあ皆んな戻ろう。カミーノ終わっちゃうから、ほら行こう!」と道を戻るフリをした。
終わっちゃう、という気持ちはきっと皆んな持っていて、一方でもう少しだ! と楽しみな気持ちもあるのだと思う。
大分サンティアゴが近くなってきた。
修学旅行? なのか沢山の高校生がふざけながら歩いている。大騒ぎで引率の先生が大変そうだ。
君らの内の何人か、絶対大人になったらカミーノ・フランセ歩くよ。だって君らの国の道だもん……で、感動して大人泣きするんだよ。なんて思いながら、ふざけ合う高校生達を見ていた。
昨日アリソンさんに、有名なモンテ・ド・ゴゾの巡礼者の像が、カミーノから少し離れたところにある事を聞いていた。
「忘れないで。この小さな教会を見つけたら、左に曲がって。そしたらあるからね」
「左ね。分かった、覚えとく!」
可愛い街を抜けて、公園らしい場所を左に見ながら歩いて行くと、小さな教会が現れた。
「教会寄りたい?」
「ええ」
「私も寄るわ」
スタンプを押してもらい、外に出る。
ハンナさんに、モンテ・ド・ゴゾの像がある事を教えて、向かうことにした。
少し歩き、大きな像が見えてきた。そして像の指差す方向には……。
「見て、カテドラルが見える!」
「本当ね、三つの塔があるわ。サンティアゴのカテドラルよ!」
ついに、ゴールが見えた。
写真を撮っていると後から来た女性二人がハンナさんと一緒の写真を撮ってくれた。お礼に二人の写真を撮る。みんな、まだゴール前なのに、うるっとしていた。
この後、写真を送り合う為にワッツアップのアドレスを交換し、お互いに思っていた名前と違っていたことが判明した。
ハンナさん、ではなくヘレナさん。
私の名前も正確なものがヘレナさんのもとに送られたのだった。
「名前って難しいわね」
「ね」
当日でもちゃんと本名を知れて良かった。
・Monte do Gozo〜Santiago de Compostela
ヘレナさんも私も足取りが軽くなる。
いや、軽いというか、もうゴールが見えた勢いか、皆んな吸い寄せられるように進んでいく。
高速道路の上を渡り、サンティアゴの標識を見つけて気持ちが加速する。
街中にどんどん入り、一度大聖堂が見えなくなる。旧市街に足を踏み入れると、旅を終えた巡礼者がそこここで見られるようになる。
「あれ? あなたは」
「わあっ、今着いたの? おめでとう!」
折り紙を教えたドイツの女の子を見つけた。ハグしてお互いの健闘を讃え合う。
段々と大聖堂前のオブライド広場に近づく。バグパイプの音楽が聞こえてきた。
「着いたね? おめでとう」
「ありがとう。あなたもおめでとう! いつ着いたの?」
「昨日よ。ありがとう!」
才女フランスのクリスティーンは余裕の表情。これだけ人がいて知り合いに会えるのがなんだか嬉しい。
人混みを更に進む。
首元にスカーフを巻いた男性がいた。
「君!」
「着いてたんですね。おめでとうございます!」
喉頭摘出されているスペイン人の男性だ。めちゃくちゃハグとキスをもらい、ハグとキスを返した。
「もっとだよ。足りないよ、もっとハグして!」
スペイン語で言われた。
でも分かるんだから不思議。
階段を降りて、バグパイプ奏者の横を抜ける。一旦暗いところを通ったせいで、広場は明るく輝いて見えた。多分、雨が降ったり止んだりしているせいで石畳が濡れていたからだろう。空は丁度青く、日が差したから実際輝いていたのだと思う。
歓声と、再会を喜び合う声が聞こえる。
「ああ、ああ、凄い」
「ああ……、本当に大聖堂だ。サンティアゴだ。……ついに着きましたね!」
「ええ!」
おめでとうと言って、ヘレナさんと喜びあった。
韓国のご夫婦、ソンヒさん、スウェーデンの女性。次々にやってくる。写真を撮ったり話したりしながらミンニョンを探したけれどいない。
ヘレナさんとコンポステーラを取りに行き、軽食を食べた後別れた。19時半のミサに行く約束をした。
広場に戻り、誰か知り合いが来ないか待つ。
ホンジェウン君、ユンホワン君に会う。ユン君は、友達と今晩会う約束ができたそう。嬉しそうにはにかんで笑っていた。
ホン君はやっぱり前日に着いていた。身体の大きな彼は力強い。
他にも沢山の人に会い、お互いの無事とゴールを喜び合った
そうこうするうちにスマホのバッテリーが切れかけたので、一回宿に向かう事にする。
広場に背を向けて、カミーノを逆走する。
喜びに溢れた広場や通りを抜けて、旧市街の手前まで来た時だ。
前からよく知る人が現れた。
大聖堂に向かって、うっすら涙を浮かべて、それでも軽快に歩いている。
「ミンニョン!」
「え! わあああっ」
もう絶対に会えないと思った人と、会えたのだった。
英語を使う余裕も翻訳機を使う余裕もない。お互い言葉にならなかった。
・エピローグ
モバイルバッテリーを回収し、広場に戻るとアメリカのアリソンさん、チェコのレヌスカと再会した。特にレヌスカとはお茶をしながら沢山話をした。
19時半にミサで、と言ったけれど、その後ミンニョンには会えなかった。
ヘレナさんとボタフメイロを見て、聖ヤコブの聖遺物を見て、背中に「会いに来ました」と触れて、ホノカさんが来年完走できる事と家内安全(何故か頭に浮かんだ)を願い、私のカミーノが終わった事を実感した。
次の日にマークさん、リッカさん、ドイツ出身スイス在住のクリスティーンさん、コビさんあやさんひろさん、タケル君、台湾の私の実の叔母さんそっくりなシシリアさん(やっと名前聞いた)に会う。
シシリアさんもフィニステーラに行く予定とのことで、連絡先を交換した。
この日は、ドイツのクリスティーンとお昼に行ったくらいで、ほとんどの時間を広場で過ごした。
ペルー生まれドイツ在住のジェリカとも会えたが、「またね」と二人で言いかけて、「また」は無いのだと思い出してお互い少し泣いた。
ガイさん。ロジャーとエンジェル親子、オーストラリアの婦人、サイモンさん、メレディス、イブさん、それにいちじくのスペインのおばちゃん二人にはとうとう会えなかった。ひょっとしたらおばちゃん二人はスペインの妖精か何かだったのかもしれない。
そしてカリマさん。
彼女の到着を待ち、夕食を一緒に食べた。
実に一週間以上ぶりの再会だった。ビアナのダニエルのサパーで初めて出会い、メセタやお祭りを一緒に体験したカミーノで一番の友人だ。
今日、マリンカさんと旦那さんのゴールを待って、私はフィニステーラに向けて再び歩き出した。マリンカさんの旦那さんはオランダからバラの花を彼女の為に持ってきていた。
これを書いている今、実は天候が回復せず(むしろ酷くなるらしい)歩き続けるか止めるかの判断を迫られている。
明日雨が酷ければ、やめてバスを使いフィニステーラとムシアを観て帰る予定だ。もし次に歩く事があれば、短いポルトガルの道を歩き、ちゃんと晴れているフィニステーラとムシアに行ってみたい。
歩けなかったとしても後悔はない。
もう十分沢山の体験をさせてもらった。
extraステージをたった1日歩いて思ったのは、フィニステーラまでの旅はクールダウンの旅だという事。
今までの道を振り返り、感情や体験を整理する時間。とは言え、まだ星の野原にゴールしてからの時間が短すぎて、全然なんとも言えないのだけれど。
それに実はまだまだ全然書き足りないのだ。
もっと実際は色んな事があったし、色々見たのに言葉が追いつかない。
クールダウン中で、まだまだ整理のつかない頭の中だけれど、一つ確かに言える事がある。知識として知っていた国の名前が、「あの人がいる国」と認識できるようになって特別なものになったということ。
カミーノだからみんな同じ巡礼者。国の違いや立場や年齢を超えて仲良くなれたし、沢山話ができた。色々な価値観に触れられた。
で、あの人達がいる国!
という認識になった。国が先じゃなく人が先。これって実はすごい事だと思う。国の名前を聞けば、あんな人やこんな人の顔が浮かぶのだ。何というか、国の名前が地図上の記号じゃ無くなった感じ。〝あの人の生活している場所〟になった。
カミーノ、来て良かった?
極東から極西に来た結果、
沢山の人と出会えて、絶対に一生ぴかぴかに光っているであろう宝物みたいな経験ができた。
うん、カミーノに来て良かった。
私の道は、形を変えて日本で続くのだと思う。黄色い矢印もモホンも無いけどそれでいい。
これにて私のカミーノ・フランセのお話は終わり。きっとどこかの国の誰かのカミーノの話がもうスタートしているはず。
声を大にしてその人達に言いたい。
沢山、沢山、楽しんで歩いてね!!
終わり
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