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芝さんち。「2.胃袋」

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 現在、午後十時ちょうど。今日もいつも通り、妻の話を聞きながら夕食をとる。

「これ、鶏のみぞれ煮?やったっけ。大根おろしうまいなあ」

 しっとりした食感の鶏肉に、甘辛い大根おろしが絡んでとてもおいしい。一方でこの甘辛さの正体を舌は絶対に知っているはずなのに、どうしても名前が出てこずもどかしい。

「それ、めんつゆで煮てるんやで」

「めんつゆ!?」

 めんつゆには“麺のつゆ”としてのイメージしかない。こんなにおいしい調味料になるとは思わなかった。

「ほんま、さくらの料理はうまいなあ……すっかり胃袋つかまれてもてんな、ぼく」

 しみじみと心によぎった言葉を口にすると、妻は顔の前で組み合わせた手を見つめながら、低い声でつぶやいた。

「想像してみて」

「何を……?」

「胃袋をつかまれる様子を」

 そのまま、低く小さな抑揚のない声で「まずおなかを裂いて……」と、胃袋を物理的につかむまでのグロテスクな様子を細かく描写していく。やがて想像力と記憶が頭の中に像を結び出す。

「これは、一体?」

 耐えきれずに尋ねると、妻は「想像した?」と問い返してくる。ぼくは深くうなずいた。

「ホラーやない?」

「ん?」

「胃袋をつかまれるってよく聞くけど、実際想像したらめっちゃホラーやない?」

「ちょっと今ごはん中やから勘弁してください」

 ただちに食事に戻るぼくを見て、妻は楽しそうに笑っている。

 もてあそばれた……。

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