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2020年4月に読んだ本と5月の計画

4月に入っていろいろと環境が変わったり,なかなか落ち着かないこともあったのですが,4月は15冊の本を読みました。それから,カウントの中にはいれていないのですが漫画も読みました。


2020年4月の読書記録

(1)新田次郎,2006『劒岳〈点の記〉』(文春文庫)

山登り自体はしないのですが,山登りに関連した本を読むことは好きで何冊か断続的に読んでいるのですが,山岳小説の傑作の一つが『劒岳〈点の記〉』です。映画化もされたことで知名度も高い本作ですが,具体的な登山の描写そのものだけでなく,組織(陸地測量部)によって文字通り前人未到の冒険を命じられる主人公の,高みを目指したいという純粋な気持ちと組織の思惑との板挟みにある葛藤を描き出しており,大変読み応えがありました。


(2)寺沢拓敬,2020『小学校英語のジレンマ』岩波新書

小学校における教科としての英語の導入について,これまでの初等教育における英語ないし国際理解教育の動向を丹念に追う一方,小学校英語という政策がいかにして形成されてきたのか,その過程を手際よくまとめています。小学校英語は問題が複雑に絡み合っていますが,もし小学校で教科として英語教育を行うのであれば(著者はこの点についても留保を与えており,そもそも低年齢での英語教育が必要かという点から検討をする必要があるのですが),小学校英語に充てられる財源の不足が最も大きな問題であり,身も蓋もない結論としては予算を増やすしかないのでしょう。教育という誰もが経験しているだけに誰もが何かを言いたくなる分野では,感情的な身近な体験にしか基づかない極めて生産性の低い議論しかできないでしょう。そうならないためにも実証研究をレビューし「何が言えて,何が言えないのか」を共通の基盤とする必要があるように思われますが,その格好の教材が本書と言えるでしょう。


(3)松下貢,2019『統計分布を知れば世界が分かる―身長・体重から格差問題まで』(中公新書)

正規分布とべき乗分布と対数正規分布で世の中の現象はほとんどが説明できる,という触れ込みです。まぁそうかなと思わなくもないのですが,ほんまか?とも思うのです。ふつう,何かの分布を調べるときには,「おそらくこういう分布をしているだろう」という予想があって,実際に得られたデータからその分布を特徴づけるパラメータを考えるのだと思うのですが,本書はア・プリオリにあるいは天下り式に「これはこの分布」と言ってくるので,確かにそうかもしれないけど,一方でそうじゃないかもしれない可能性をどこまで排除できるのかが見えてこないのです。話としては面白いのですが,それは小話的な面白さで,読む前の期待感もあったので少し拍子抜けしてしまったというのが,率直な感想です。ただ,本書で書かれていることをうなずきながら読めると,感染症の流行においてよく出てくる45度線の話なんかも分かってくるはずなので,数字に対するリテラシーを高めるという意味では良い本だと思います。


(4)林嶺那,2020『学歴・試験・平等: 自治体人事行政の3モデル』(東京大学出版会)

いまのところ,2020年のベストです。大阪市・東京都・神奈川県という大規模自治体が職員をどのように採用し,育成・配置しているのかについて,膨大な史資料と推論からそれぞれ「学歴主義モデル」(大阪市役所),「試験主義モデル」(東京都庁),「平等主義モデル」(神奈川県庁)という3つのモデルとして示します。まず驚いたのが,その史資料の充実ぶりです。どこからそんなモノが出てくるのかと思うような内部資料やインタビュー記事,職員録といった「公務員の出世と人事」に関わる史資料を丁寧に紐解き,それぞれの自治体が一貫してそれぞれの価値にコミットしている様子を記述します。自治体の人事についてここまで体系的に分厚く記述する試みはおそらくこれまでになかったと言えるでしょう。おそらく,今後は著者を含め,後に続く研究者たちがこの3つのモデルを基準点として議論を進めるだろうということが予測されます。それほどに強いインパクトのある研究であると感じました。本書における著者の狙いは,自治体の人事行政を体系的に理解することであったと思われますが,やはり今後の研究としてはこれら3つのモデルの分岐点を示すような因果関係に迫るようなものが期待されます。これから目が離せない研究フィールドを切り拓いた一冊と言えるでしょう。


(5)真山仁,2018『当確師』(中公文庫)

ハゲタカの著者による政治小説で,支援した候補者は必ず当選させる選挙コンサルタントがある市長選でライバルたちとしのぎを削ります。フィクションなので良いのですが,東大大学院に社会学研究科というものがあったり(p.143),市長の補助機関として補佐「官」というポジションがあったり(p.200)してちょっとな,という気持ちになりました。細かいことを気にしなければいいのでしょうが。


(6,7)山本弘,2020『プロジェクトぴあの(上・下)』(ハヤカワ文庫)

最高のSFでした。天才的な科学者というのにどうしても惹かれがちな私としては,この上なくツボにはまりました。その上,著者の文庫版あとがき。著者の境遇によって読後感が変わることは経験上,あまりないのですが,本作についてはここまで読まれるべきものであると強く思いました。SFなら今後数年は本作を薦め続けるであろう1冊です。


(8)村上芽・渡辺珠子,2019『SDGs入門』(日経文庫)

ざっくりSDGsについて学ばなければならないという義務感に駆られて読みました。ざっくりSDGsについて学ぶことができるので,最初の1冊としては良いのではないのでしょうか。ただ,SDGsについては学ぶこと云々よりも,今あるものがSDGsに紐づけたアクションとしてどう生かせるのかを考えることが大事だと思ったので,これはこれとしてという感じですね。


(9)吉田右子・小泉公乃・坂田ヘントネン亜希,2019『フィンランド公共図書館―躍進の秘密』(新評論)

事例ベースでのフィンランドの公共図書館の紹介。日本の図書館とフィンランドの図書館はコミュニティにおける位置づけがだいぶ異なるので,そのままフィンランドを見習おうとはならないわけですが,クリエイティビティの基点に図書館を位置づけることはこれからの日本社会にとって必要なものかもしれないと思いながら読みました。面白かったのは小規模図書館の事例で,館長の考え一つによって図書館のあり方が規定され,また現館長がその役職にある間には変わらないけれど,館長が替わればば図書館のあり方も大きく変わる可能性があることです。日本の公共図書館は館長にそこまでの権限はないし,とりたててそうあるべきとも思わないのですが,これも社会における位置づけの違いに起因するのかなと。


(10)NHK取材班『AI vs.民主主義―高度化する世論操作の深層』(NHK出版新書)

サブタイトルに「世論操作」とかあって少々ギョッとするわけですが,中身は過去NHKスペシャルで放映されたSNSを巡る政治環境の変容に関するものに追加的な取材を行い再編成したものです。Facebookによる個人情報の流失に代表されるような,利用者の行動履歴がターゲティングされた政治広告の資源になっているということを多角的に調査・取材し,米大統領選まで見据えて適切な政治コミュニケーションのあり方を模索する,というのが本書の趣旨です。しかし,読み進めるうちに「これは【AI vs.】ではないのでは…」という気持ちになりました。本書で使われているAIというのはほとんどビッグデータ解析のことで,ビッグデータ解析にAI的要素がないとは言いませんが,ビッグデータ解析そのものはAIとは違うのではという思いに終始,囚われていました。その意味でキャッチーでありながらミスリーディングなタイトルだと思います。その点を除けば堅実な調査報道です。


(11)大木毅,2019『独ソ戦―絶滅戦争の惨禍』(岩波新書)

独ソ戦というのはおそらく日本人にはあまりの馴染みがないと思われるのですが,その悲惨さや規模は現代史においては無視できないでしょう。それにともなって,日本においては独ソ戦の戦史や政治的な意思決定過程は顧みられることなく,ふんわりと議論されてきたようです。かくいう私も,レニングラードの戦いという凄惨極まりない包囲戦や,史上最大の戦車戦といわれるクルスクの戦いなど断片的な知識しか持ち合わせていない状態でした。本書はこれまで語られてきた,ヒトラーによる指揮命令系統への過剰なまでの介入と,赤軍の冷酷極まりない(言い方は良くないが大雑把な)人海戦術によってドイツは敗れソ連が勝利したという図式に異議を投げかけます。そして勝敗を決定付けたのは,赤軍の戦略的な攻勢ドクトリンとそれに対するドイツの戦略次元での劣位であったと主張します。独ソ戦に対するドイツ優位・ソ連劣位という従来のイメージは,冷戦下における政治的キャンペーンの結果であり,史実としての独ソ戦は本書の示すところなのでしょう。新書大賞1位になるだけあって,要点を抑えながらも新規性を示す優れた1冊でした。


(12)毎日新聞「幻の科学技術立国」取材班,2019『誰が科学を殺すのか―科学技術立国「崩壊」の衝撃』(毎日新聞出版)

少し前にTwitterで話題になって以来,ちゃんと読もうと思いつつ,読めていなかったのですが,今回読むことができました。本書は科学技術政策の利害関係者に幅広く取材をかけ,科学技術立国の前提には基礎研究が不可欠であるにも関わらず「選択と集中」の名の下,基礎研究に対しては支出が乏しいことを指摘してます。その理由は端的には,科学技術の分かる財政担当者が少ない(ほとんどいない)ことが挙げられています。また,従来は企業もまた基礎研究の場であったのですが,企業による研究投資も低調で,大学・企業研究所ともに存亡の危機に立たされており,基礎研究に携わる人材や研究資源がもはや風前の灯火とも言える状況であることを示しています。こちらもやはり「選択と集中」の論理によりシュリンクしているわけですが,基礎研究そのものが「いつ役に立つのか予測できない」性質上,「選択されない」ものとならざるを得ず,どこかでこの論理の横溢を止めなければならないという危機感があらわになっています。私自身,博士課程を修了しながら民間企業や自治体で働いてきた中で,基礎研究や人文社会系の研究の必要性はなかなか伝わりにくいものだなと感じています。どうしても「面白ければ研究として成立する」みたいな考えはちょっと通用しにくいものなのだろうと思いますが,とはいえ,そういった側面がなければ研究者要請はままならないわけで,サイエンスや学術研究に無理解な人たちに歩み寄るための最善の方策をとり続けなければならないのは結構,しんどいことだと思います。そんなことを思いながら読んでいました。


(13)伊藤修一郎,2020『政策実施の組織とガバナンス: 広告景観規制をめぐる政策リサーチ』(東京大学出版会)

なぜ政策はうまく実施されないのかという極めて素朴にも関わらず,答えの出しにくい難題を,屋外広告規制という題材を用いてその解明に取り組んだ研究です。著者は政策の波及が,自治体間での相互参照に基づいてなされていることを明らかにするなど,どちらかというとマイクロベースのマクロ研究者という印象があったのですが,本書はゴリゴリのマイクロ分析で,特定の自治体における政策の成功を手がかりとして政策実施論に新たな視角を与えることを試みています。屋外広告規制は個人的に身近な政策で,多くの部分で分かるわーと思いながら読んでいました。政策実施は単に職員がやる気を出せばなんとかなる,というものではなくて,要領や要綱とといった標準的な手順を用意し,KPIを設定・定期的に計測・モニタリングし,もしKPIに達していないようであればある程度のスパンでもって適正化を図ることが必要となってきます。このあたりは民間企業の事業と変わらないわけですが,行政における政策実施においては,首長や議会といった政治的アクターによる統制が働いており,実際のところ時間をかけてやっていくみたいなことはなかなか難しいわけです。その上,行政の現場では短いジョブ・ローテーションなど,政策を適切に実施するための障害も多く,「現場はとにかく頑張れ」と言って尻を叩くような真似はなかなか効果を生みにくいと考えられます。にもかかわらず,政策は実施されなければないとなったときには,政治がその取組みを後押しできるかにかかってきます。政治的な後押しないし上からの指示は政策実施に対して強いインパクトを持つといえるでしょう。


(14)森貴信,2019『スポーツビジネス15兆円時代の到来』(平凡社新書)

東京オリンピックは延期となってしまい,また主要なスポーツ産業が大きな打撃を受ける中で読んだ一冊です。マネジメント論の章は面白かったですね。スポーツビジネスは意外と中小企業的な部分があって,親会社(責任企業)がありながらも,独立採算できなければ,今後のスポーツビジネスは暗いでしょう。きちんとスポーツビジネスがどのような企業類型に近いのかとか,プロチームの経営者に求められる資質やスキルセットなどが整備されてくると状況は好転するのだろうと思います。


(15)庄野潤三,1965『プールサイド小景・静物』(新潮文庫)

おそらく,昔読んでいるのですが,新しく買って読みました。以前読んだときの記憶が全くないのですが,今読むと面白い短中編集だなと思いました。庄野潤三の日常生活の切り取り方は,小津安二郎の映画を連想させますね。


今月は総じて良書に数多く出会えました。今月の3冊は,
・林『学歴・試験・平等』
・山本『プロジェクトぴあの』
・毎日新聞『誰が科学を殺すのか』
ですね。


(番外)施川ユウキ『バーナード嬢曰く。』(1〜5)

4月28日に5巻が発売となったのですが,発売直前に存在を知り,Kindleで一気に読みました。図書館に集まる読書好きな高校生たちとそして読書家に過剰なまでのあこがれを抱く高校生,バーナード嬢こと町田さわ子の読書にまつわる漫画です。とても面白かったので,今後も読み続けたい漫画作品です。


2020年5月の計画

『ポール・ローマーと経済成長の謎』を読んでいます。だいぶ分厚いので,少し時間がかかりそうですが,良書だと思うので少し時間がかかっても読み切ろうと思います。また,『バーナード嬢曰く。』に影響を受けて,積んであったテッド・チャンの本を読もうと思っています。それから,トム・ニコルズ『専門知は,もういらないのか』も早めに読みたいと思っているので,連休中に手をつけたいですね。

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