【小説】ツナガル部屋

ドアを開けて中に入ると、煌々と光るPCの画面を分断するように、兄が座椅子に座っていた。変わらない毎日の光景だ。

「はい、これ。」

「んん。」

 私がテーブルに、ストローを挿したエナジードリンクを置くと、兄が気のない返事を適当に返した。

 エナジードリンクの缶には、「最高のパフォーマンスを発揮するための相棒!」などと、仰々しく野心を煽るような長文が書かれている。

 毎日毎日PCの前で背中を丸めている兄が、一体何のパフォーマンスを発揮するというのか、私にはわからなかったが、兄は毎日、私にこの缶を持ってこさせるのだった。

 兄は、今日も思想に浸って、生活を忘れている。

 四角い鳥籠となったPCの画面の中で、インターネットに飼い慣らされた小鳥たちが、けたたましく喚いている。

 私は床に腰を下ろし、兄の横からPCの画面を覗きこんだ。文字の海が、画面を支配している。端の方に、小さく刈り取られた少女の首が可愛らしく整列している。アニメアイコンと呼ばれる類いのイラストだった。「アニメ」という言葉は、「魂」に由来しているらしいが、アニメアイコンと成った少女たちは、その魂を失い、男性たちの性欲を具現させ、蠢かせていた。

 誰かの歪な秘密。他人への底抜けの悪意。この国の在り方を憂う者、牙を剥いて噛みつく者。その上には、加工された少女の白い肢体が美しく盛られている。

 エサを求める小鳥たちは、自分を一番に優先しろと、やかましく鳴き続ける。

 誰かの正しさの濁流に呑まれ、あっという間に誰かの命が消え失せてしまう。

 兄は、流れていく小鳥たちの思いを眺めている観測者だった。その瞳は、今にもどろどろと溶け出しそうだった。兄がどう過ごそうと自由だが、私は少し怖かった。ジブンの感情の起伏を見知らぬ誰かに預けている毎日を続けるのは、私ならきっと壊れてしまうだろうから。

 数時間後、小鳥たちの囀(さえず)りを聴き疲れ、兄はテーブルで眠りに堕ちていた。

 私は、兄を起こさないように、カーテンと窓を少しだけ開けて、外を覗いてみる。

 開かれた外の世界では、生命を躍動させる太陽の陽射しの下で、「チュンチュン」と小鳥たちの鳴く声がしていた。

(終)

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