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夏休みの夢 #シロクマ文芸部

逃げる夢を追いかけて、僕はもう何日も
朝から晩まで眠り続ける日々を過ごしている。
あの日逃げた夢で頭がいっぱいの僕は
「あの夢をもう一度見たい」というただそれだけのために
一日のほとんどの時間を「眠る」ことに捧げていた。

どうしたらもう一度同じ夢が見られるのか。
一番大切なことではあるが僕にはその方法がわからないので
とりあえずできる限りの時間を使って眠ることにした。
逃げた夢を追いかけていることについては、願掛けの意味も込め
誰にも話すことはしなかった。

今はちょうど夏休みということもあり、僕はこの休みを
あの日逃げた夢を追うのに費やしている。
起きては眠り、起きてはまた眠る。
そんな毎日を僕はただひたすらに続けていた。

事情を知らない親はほとほと呆れていたけれど
そんなことは僕にはどうでもよかった。
「あの夢をもう一度見たい」ただそれだけ。
夢を追う僕はとにかく必死だった。

その後も眠ることを優先し過ぎて夏休みの宿題は一つもできなかった。
休み明け、案の定僕は先生にすごく怒られた。
流石にまずいと思った僕は、実は逃げた夢を追いかけているのだと
先生に初めて秘密を打ち明けた。
すると先生は僕にこう言った。

「同じ夢をもう一度見たが最後、こっちの世界には戻って来られないらしいぞ。お前、それでもいいのか?」

僕は愕然とした。
夏休み中ほとんどの時間を使って頑張って眠ったのに。
ただもう一度だけあの夢を見たかっただけなのに。
それなのにもう一度同じ夢を見たら
一生夢の中で生きていかなきゃいけないだなんて。

結局、僕は夢を追うことを諦めることにした。
夢の世界ではなく、僕は今生きているこの世界を選んだ。
よくよく考えると僕の夢には魔物が出てきたりお化けが出てきたり
砂漠を彷徨ったりと、なんだか嫌なものばかりだった気がする。
そんな時、逃げたあの夢だけは、僕には珍しくとても楽しい夢だったんだ。
だからつい執着してしまったのかもしれない。

僕は夢の住人になることはできない。
意外と僕は今のこの世界この生活を気に入っているのだと思う。

夢を追うことをやめてほっとしたのも束の間、先生に
「それと夏休みの宿題の話は別だぞ」と注意され
この土日で宿題を全て終わらせるよう言われてしまった。
僕は渋々宿題に手をつける。

数時間後。
宿題を一気に頑張り過ぎたせいか僕は急に眠くなってきた。
目も疲れ果て瞼がどんどん落ちてくる。

…いや、待て。

もしもあの時逃げた夢が、今度は逆に僕を追いかけてきたとしたら…
もしも今ここで眠って、もう一度同じあの夢を見たとしたら…

先生の言葉が頭を過ぎる。

「同じ夢をもう一度見たが最後、こっちの世界には戻って来られないらしいぞ」


逃げる夢を追いかけ必死に眠るのを繰り返していた僕だったが
今度は反対に眠ることが恐ろしくなってしまった。

どうしよう。先生。
僕、夢の住人になんかなりたくない!


…どうか、お願いです。

絶対にもう追いかけたりしないので
絶対に絶対に僕のところへは戻って来ないで下さい。
絶対に絶対に絶対に、お願いします。


それから僕はゆっくりと
目を閉じた。



【おしまい】

***

今週のシロクマ文芸部でした🐨


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