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猫のミラー 【夏ピリカ】

愛嬌はないけど、好きだよ
あんたのこと。



「やだよ。猫、苦手だし。預かるなんて無理」
「しょうがないでしょ頼まれたんだから。それに一日だけだし何とかなるでしょ」

昔から母の自分勝手な所が嫌いだ。
私の気持ちなんていつもお構いなし。

「今日の昼には連れてくるって。あんたよろしくね。どうせ家にいるんでしょ?お母さん今日ちょっと用あるから」

「あとあんた、髪ぼさぼさ。鏡見てみなさい」

その言葉だけは無視した。


自分で引き受けておいて母は本当に出かけて行った。
直後、玄関のチャイムが鳴る。

猫の名前は「ミラー」といった。

飼い主を見送り、やってきた猫をチラリと見る。
目が合うもすぐ逸らされた。

「あんた、あんまり可愛くないわね」


とりあえずケースから出してみたが
部屋に出た瞬間に物陰に隠れてしまった。
絶賛警戒中、か。

「ウチの子、人の気持ちとかオーラ?みたいなのにすごく敏感なんで。そこ、よろしくお願いします」

ふーん
でもこっちだってあんたのこと警戒してんだからね。

猫を見て負けじと思う。


しかし預かってる以上、責任もある。
しょうがない。こっちから歩み寄ってみるか。
たしか荷物に玩具っぽい物が入ってたな。

使い方がわからないのでとりあえずぶんぶん振ってみた。
だがそれには見向きもせず
ただじっと私の顔を見ている。

「はぁ…めんどくさ」


やめた。
こういうのは嫌々やってもダメ。
無理にやるのは
意味がないことだから。


結局向こうの真似をして遠くから眺めることした。
美しい毛並み。
全体が綺麗にまとまっている。


「ミラー ミラー」

ミラーは動かない。

(私と一緒で不安なのかな…)


最初は名前を呼ぶ気なんてなかった。
けど急に呼んでみたくなったのは
ミラーと自分が
似ている気がしたから。

それに本当は
みんなにいっぱい名前を呼ばれたいって
私も思ってたから…

ミラー
あんたって相手を映す
鏡みたいだね



私は昔から表情が暗かった。
別に相手のことが嫌いなわけじゃなくて
ただいつも緊張していただけ。
でもそれを機嫌が悪い不満そうって
よく勘違いされた。

そのせいで次第に本当の笑顔も出来なくなって
私はみんなを避けるようになった。

そしてそんな自分を映す鏡も
嫌いになった。


「ほんとは私だって笑いたい!でもそんな器用に…できないんだよ…」


気づくと私は涙を流していた。
いつの間にかミラーが近くをウロウロしている。
勇気を出して撫でてみると
ミラーは嫌がらずに受け入れてくれた。

「弱いとこ見せちゃったね。もしかして心配してくれた?」

ミラーは何も言わない。

「愛嬌はないけど好きだよ、あんたのこと。今日はありがとね」

ミラーは「にゃあ」と言って
笑った気がした。


その時、玄関で音がした。

「ただいまー。お土産にあんたの好きなケーキ買ってきたわよ」



笑顔を見せるって
すごく勇気がいる。
でもやってみようと思う。

ミラーが私に笑顔をくれたように。


それから私は
久しぶりにじっくりと
鏡を見た。


「ふふっ。ほんと、ぼさぼさだ~」


〈了〉

(1200字)

***

こちらは夏ピリカグランプリの応募作品となります。

運営の皆さま、何卒宜しくお願い致します。


今回のテーマは「かがみ」

主人公は「鏡」を嫌い、ずっと避けてきました。
しかし猫のミラーによって背中を押してもらうことで
自分の本当の気持ちを知り、前に進むことができました。

「実は誰かに背中を押してもらっている」

今回の物語ではその存在が猫のミラーだったわけですが
自分も気づかない内に、いつも誰かにそっと優しく
背中を押してもらっているのだろうなぁ…と考えていました。
そう思うと、本当に日々感謝することばかりですね。


最後まで読んで下さった皆さま
本当にありがとうございました🐨


ではまた。






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