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【ピリカ文庫】 月

「私、満月の夜に振られたの。だから月って嫌いだわ。」

こちらを見て話しかけてくる彼女。
え…そんなこと言われても
僕も「月」なんですけど。

僕は、水に浮かぶ月だ。
ゆらゆらしていて綺麗だとか可愛いだとか、結構人気がある。
そんな僕が目の前であろうことか「月が嫌い」と言われている。
信じられないよ、この僕を嫌いだなんて!
でもまぁしょうがない。
君は落ち込んでいるみたいだし、少し話でも聞いてあげようか。

「私だって別に、そこまで好きだったわけじゃないからいいの。でもまさか振られるなんてね。思ってもみなかったわけ…」

その後もずっと相手の愚痴を言っているが
その瞳からは涙がこぼれていた。
なんだ、やっぱり十分落ち込んでいるんじゃないか。
ちゃんと相手のこと、好きだったんだな。

彼女はしばらく僕を見ていた。

彼女と僕の間は、分厚いガラスで仕切られている。
ここで僕ができることといったら、こうして話を聞くことと
踊ってみせることくらいか。
そう思って彼女の前で、すい~っとゆらゆら遊んでみせた。
おーい元気出せよ~。大丈夫、僕がついてるぞ~ってね。

ゆらゆら揺れる僕を、その後も彼女はじっと眺めていた。
僕は彼女に近づきそっと慰める。
まぁ大丈夫だよ。これからまたきっと出会えるよ。
だから「月」のこと、そんなに嫌わないでよ。お願い。
そして僕はまた、彼女にすい~っと近づく。

その間、僕と彼女は見つめ合っていた。

あれ?まさかここで、恋が生まれる…とか?
あれれ、そうなのそうなの?
実は僕も初めて見た時から君のことが気になっ…

「ドンッ。」

その時僕の目の前で、誰かが彼女にぶつかった。
あ!大丈夫かい!?
僕は心配した。
ぶつかってきたのは一人の男性だった。彼女と同じくらいの年に見える。
ふたりは「大丈夫ですかごめんなさい」「大丈夫です」を繰り返している。

おいっ、僕の彼女に何をするんだ!気を付けろ~!
ん?ちゃんと聞いているのか!
………
なんだか雰囲気がおかしい。
何やらお互い、いい雰囲気だ。
まさか、この僕の目の前で新しい出会いが!?

ふたりはしばらく僕の前でお喋りをした後
ゆっくりと歩きながら去っていった。

残されたのは、僕ひとり。

いや、いいんだ。これで良かったんだ。
僕はここでこうしてすい~っとゆらゆらしているのが
性に合っているのさ。
だから落ち込んだりなんてしていないから
みんな、決して慰めたりしないように。
大丈夫。次から次へとこうしてみんなが僕を見に来てくれるし
なんたって僕は忙しいんだ。
でも、良かったな。新しい出会いが見つかりそうで。
僕が見届けたんだから、きっと大丈夫。
ちなみに今日は、綺麗な満月らしいよ。
だからもう、月を嫌いだなんって言っちゃだめだぞ。

月は欠けるけど、また満ちる。

では僕もまた、自分のペースでゆらゆらといきますかな。

もしまた「月」に会いたくなったら
いつでも僕に会いに来てください。

僕はいつだって、ここにいますから。


海月より

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最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


ではまた。

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