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自信を持って言おう、カラオケが「苦手」だと
人は、どうしてあんなにカラオケが好きなんだろう。
記憶が正しければ、クラスメイトの大半は歌のテストが嫌だ嫌だと騒いでいたはずである。それなのに、彼らはいつの間にか休日や飲み会後に喜んでカラオケへ繰り出すようになった。
歌のテストとカラオケの違いが分からないわたしは内心叫ぶ。
人前で歌うのは、嫌だったんじゃないですか!?
わたしは歌のテストもカラオケも嫌いだ。
学生の頃は付き合いで参加したが、マイクから逃げるのに必死で楽しめた記憶はあまりない。
「無理に歌わなくていいよ」と誘ってきた人まで、その場になると「せっかくだから」とマイクを手渡してくる。詐欺だ! と思った。
「いや、いいって」
「鮎川の歌、聞いてみたいんだよ〜」
「音痴だから」
「いいよいいよ」
押し問答をしているうちに「もう次の曲入ってないよ〜」と言われ、しぶしぶ当時観ていたドラマの主題歌を入れた。
別にファンではない。音と歌詞を追いかけられる曲が他になかったのだ。
途中まではかろうじて歌えたが、二番と最後のサビの間のメロディー(あれはなんと呼ぶんだ?)でやっぱりコケた。
歌詞が現れた瞬間に「ここは知らない!」と気づいたが、曲は止まってくれない。
飛び込むような気持ちで歌い始めると、自分のうわずった声だけが部屋に響いた。伴奏が来ない。早すぎたのだ。
「ああ! ごめん! 間違えた!」
思わず大声を上げてしまい、マイクがキィイイーーーンと鳴る。薄暗い部屋で、自分の顔がみるみる熱くなるのが分かった。
「いいんだよ! 言わなくても!」と誰かが言った気もするし、言わなかった気もする。
気づいたら曲は動き出しており、歌詞はどんどん青色へ移り変わっていた。
その後のことは、あまり覚えていない。
その一件がわたしとカラオケの間に決定的な溝を作った。
会社の飲み会でも「二次会がカラオケなら帰ります」と宣言し、足を踏み入れないように気をつけている。
そんなわたしが何故カラオケの予約を取ったかと言えば、あるマンガを読んだからだ。
作中で、ある講師が生徒へ「苦手なものはある?」と質問した。生徒が「女性との関わりが苦手」「観葉植物を育てるのが苦手」と返すと、彼は再び問いかけた。
「それって『苦手』って言い切れるくらいトライした?」
「大した挑戦もしてないのに苦手って決めつけてない?」
「苦手なもの」にカラオケを当てはめて読み進めていたわたしは図星だった。
最後に歌ったのはいつだろうか。もう思い出せない。
「苦手」だと言い切る前に、得意になりたい気持ちがあるうちに、トライしてみようじゃないか!
そして土曜日、朝一番の時間帯を一時間だけ予約した。
540円で、いざとなったら途中退出しても諦めがつく値段なのも決め手だった。
部屋に案内され、マイクの電源を入れ、ミュージックビデオが流れる画面を真剣な目つきで見つめ、歌い出す。
そして大いにがっかりした。
声がまったく出ていない。
というか、伴奏が大きすぎじゃない?
腹に力を入れているのに声がかき消されそうだ。しかし、大きな声を出そうとすると、歌がただの「声」になり音程どころじゃなかった。
だんだん分からなくなってきた。
自分はいま本当に歌っているのか?
歌詞を追いかけているだけじゃないか?
生活で耳にする「歌」と、自分の耳に入ってくる音のギャップにくらくらする。
気づいたら、わたしの身体はリズムを取ろうと左右に揺れていた。
うっかり落としたメトロノームのように身体をブンブン振るが、同じメロディーで何度も入り損ねる。
掴めそうで掴めないリズムを必死に追いかけていると、トムとジェリーのワンシーンを思い出す。
猫のトムが、ネズミのジェリーの乗った汽車を追いかける。トムは汽車まであと一歩のところまで迫るが、えいっと飛びかかると汽車のスピードが上がる。トムの手は宙を掴み、線路に顔を打ち付ける。
そうやって、伴奏とわたしの声は噛み合いそうで噛み合わないのだった。
いまいちだ、と思った曲は二回でも三回でも歌う。
その度に音程とリズムの間違いに気づくが、とうとう直せないまま退店時間がやってきた。
画面に映し出された「延長しますか?」の問いに迷わず「いいえ」を押す。すでにマイクで自分の声を聴くのにうんざりしていた。
「それって『苦手』って言い切れるくらいトライした?」
この問いに、今なら自信を持って「はい」と答える。
予約をして、十年ぶりにカラオケへ入りました。
ユーチューブで予習もしました。
一人で一時間歌いました。
でも、自分の声をマイク越しに聴くのが、どうしても苦痛でした。
これからはより自信を持って言おう。
わたしは、カラオケが苦手です!
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