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【好きな和歌を語るだけの話】紫陽花の八重咲く如く八つ代にを/橘諸兄

こんにちは、ねえです。

先日、高幡不動尊のあじさいまつりに行き、
たくさんの紫陽花を見ていた時に
ふと万葉集の一首を思い出しました。

紫陽花の八重咲くごとく八つ代にを
いませ我が背子見つつ偲はむ

あじさいの やえさくごとく やつよにを
いませわがせこ みつつおもはむ

綺麗な風景を見るとついつい
和歌が頭に浮かんでしまう上に、
和歌を語りたくなってしまうのが
和歌オタクの性分。

この記事では、和歌に興味のない人でも
「へ~、そうなんだ~」
くらいの興味を持ってくれるような
親しみやすい解説をしたいと思います。


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万葉集の中に紫陽花の和歌は2つだけ

万葉集は日本最古の和歌集と言われていますが
紫陽花が記載されているのは
2つの和歌だけなんです。

それがこの「紫陽花の~」という
橘諸兄(たちばなのもろえ)が作った和歌と、
大伴家持(おおとものやかもち)が作った

言問わぬ 木すら紫陽花 諸弟らが
練の村戸に あざむかえけり
こといわぬ きすらあじさい もろとらが
ねりのむらとに あざむかえけり

の2つ。

家持の歌に関しては、話が脱線してしまうので
一先ず置いておきますね。


紫陽花と言えば梅雨の時期に咲く
日本の風物詩の植物ですが、
平安時代の梅雨の季語は
「梅雨入り」(ついり)
「梅雨あけ」
「梅雨の月」

など梅雨そのものがメインのものや
「五月雨」
「虹」

など天気に関する季語がメイン。

平安時代に「紫陽花」という
季語があったということは
当時も荘園(貴族が持つ庭園)に
紫陽花が咲いていたという
事実にもなるのですが、
どうして紫陽花の和歌は少ないのか…。

元古典専攻学生としては
一つの仮説を考えました。


国産アジサイ、地味すぎ問題

皆さんのイメージする紫陽花って、
まん丸で可愛らしい見た目に、
淡い青や紫色がトレードマークの
植物だと思うんですけど、
日本原種の紫陽花ってめちゃくちゃ
不思議な見た目の花なんですよ。

それがこちら。


引用:写真AC


※周りのやつは花ではありません。

ガクアジサイは中央にある
小さなポツポツが花で、
花の周囲にある
「ガク」と呼ばれる部分は
簡単に例えるとトマトや苺の
「へた」に当たります。


今のメジャーな紫陽花は
園芸用に改良された品種で、
原種のガクアジサイ
山に自生しているヤマアジサイなどは
今のイメージする紫陽花と
全くの別物なんですよね。


これはこれで可愛らしいのですが、
椿とか梅とかに比べると
季語としては見劣りするような。

だから季語で使用している和歌も
少ないのかな、と思いました。

一説には紫陽花の色が変わる様子を
当時の人々は不気味だと捉えていた、
とかも言われています。


でも、だからこそ紫陽花を季語にした和歌が
めちゃくちゃシブくていいんですよ。


八重と八つ代の韻がイイんだ

紫陽花の 八重咲くごとく 八つ代にを
いませ我が背子 見つつ偲はむ

というこちらの和歌ですが、
まず気になるのが
「紫陽花の八重咲くごとく」
というフレーズ。

原種のガクアジサイやヤマアジサイは
花弁が重なることなく
一重の花弁が特徴的。

これを念頭に置くと、
橘諸兄の見ていた紫陽花は
庭で咲き乱れていたんですかね。

実際、紫陽花は一つの株から
たくさんの花をつけますから、
ガクアジサイの花が何重にも
重なるよう咲いていたんでしょう。


そして「八つ代」という言葉。

これは現代語訳してみると
「末長い代」のようになります。

「八」は富士山の暗喩で、
麓=末が広がる様子から
「泰平」「永代」のような意味。

「八重咲く如く八つ代」は
「咲く」=「栄える」の意味で
「八重に咲くように重なる長い代」
という意味合いになりますし、
私個人は「成長」という意訳をして
「八重に咲くように成長を重ねて」
と捉えています。

この和歌はとある要人の家での
宴の際に詠んだ歌ということで、
その要人の権威が長く続くことを願って
作られたように思われます。


しかしながら疑問が残るのは、
決して派手な花ではないガクアジサイを
どうして和歌に取り入れたんでしょう?

宴会の開催時期が梅雨であっても、
先述した天気に関する季語
「蛙」など初夏に使われる季語
たくさんあったはずです。

我々が見慣れている西洋アジサイ
たくさん咲いている様子はまだしも、
花が目立たないガクアジサイを
どうして詠んだのか…。

これは後述の考察で話しますね。


意味がわかればおもろい。逆も然り。

さて、ここから下の句の話になります。

いませ我が背子 見つつ偲はむ

「いませ」「偲はむ」という
古典嫌いが見たら泡吹いて
失神しそうな語句がありますね。

聞き慣れない単語だし、
意味も分からないですもん。


ここからちょっと難しい話になるので、
説明読むのキツいな~って人は
次の見出しに飛んでも大丈夫です👌


さて、「いませ」についてですが、
これは「います」の命令形です。

「(その場に)いてくれ」みたいなもんで、
この和歌の中では
「そのままでいてください」
「変わらずにいてくださいね」

みたいな意味になります。


「命令形で丁寧口調なのなんで?」
って思う方、いますよね。


この「います」は
「いる」とか「ある」の尊敬語で、
「坐す」と書きます。



古典専攻の学生だった私も、
何個も意味の分からない和歌を詠んで
「あ、これってこういう意味か?!」
と気付いてやっと理解できた程度です。

この記事をここまで見てくださっている方で
お子様がいらっしゃる方々は
国語の成績が悪くても決して怒らず
「難しいことやってんなぁ…。」
と遠目で見守ってあげてください。

日本語は世界的にも面倒くさい言語なのです。



つまらない話が長くなりましたが、
とにかく、この和歌で橘諸兄は
「紫陽花が八重に重なるように
末長く家が繁栄しますように」

「紫陽花が八重に重なるように
たくさん成長してくださいね」

と言いたいわけです。

命令形になっているのは
「お願いですから」
のようなニュアンスで捉えると
理解がしやすいかと思います。


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古典頻出ワードだから覚えて帰ってね

小難しい話の後はさらっとした話。

「我が背子」の話をしましょう。


この「背子」は万葉集を始めとして
たくさんの歌集に頻出する語句です。

男性に対しての親しみを込めた語句で、
女性から「あなた♡」「マイダーリン♡」
という意味で使われたり、
きょうだい間で「兄上」「お兄ちゃん」
「弟くん」「弟者」
みたいな感じで使われたり、
男性同士間で「兄弟」「アニキ」
みたいな使われ方します。

また、目上へ「あなた様」
目下へ「おまえ様」
のような意味合いで捉えられる和歌が
万葉集や古今和歌集には山ほどあり、
和歌を送る文化が身分問わず
広く普及していたことがわかります。


「我が」は文字通り「私の」
って意味合いなので、そのまま訳して
「私のあなた様/おまえ様」
みたいに考えてもらうとわかりやすいです。

かなり仰々しい呼び方なのですが、
この和歌は先述した通り
お偉いさんのホームパーティーで
和歌詠みゲーム中に作られたもの
なので仰々しくしてるわけですね。


また、背子は男性同士でも使われるので
もしかしたら”そういう関係”
それを匂わせているのかもしれません。
今回は考察は少なめに
シンプルな和歌の話がしたいので
この話はまた今度…。


見守る年上の思慮深さか妬みか

この和歌が詠われた場所は
多治比 国人(たじひのくにひと)
という人の家。

この人はあんまりよく知られてないんですけど
お父さんが橘諸兄と一時同僚だった
っていう人です。


学生時代に少し勉強しただけなので
具体的な年数とかわかんないんですけど、
橘諸兄は中年の時期(確か60歳前後)
天皇に次いで偉い人(正一位)で、
生没年がわかっていない国人は、
橘諸兄の政権下で従四位下という
上から9番目の役職にいました。

だいたい貴族が政権の要職に就くのは
30歳前後が多いので、少なくとも
国人さんは30歳以上だし、逆に
お父さんが60代で橘諸兄の同期
というのも納得できます。


橘諸兄→国の二番目に偉い人。国人の父の同僚。
多治比 国人→エリート家系生まれ。

という関係図がわかりやすくなったところで
和歌をもう一度読んでみると…


紫陽花の八重咲くごとく八つ代にを
いませ我が背子見つつ偲はむ


え、上司が部下に詠んだ歌なの?
橘諸兄めちゃくちゃいい人じゃん

って思いませんか?

私これ初めて目にした時は先述した
”そっち系”だと思っていたんですけど、
ちゃんと歴史と人物関係とか勉強すると
「なんて浅はかなんだ私は…!」
と自分が自分で嫌になりました。


「見つつ偲はむ」
この和歌が好きな理由がここに凝縮してます。


ここまでのまとめをすると、この和歌は

「紫陽花が八重に重なって咲くように
あなたも重ねて成長してくださいね。」


のようになります。

「栄えてください」
「繁栄してください」
「権威が続きますように」
といった意訳もできますし、
実際に現代語訳されたこの和歌の大半は
「栄えますように」
と訳されていることが多いですが、
違うんすよぉ、捉え方が!
(あくまで自論)

この「見つつ偲はむ」は文字通り
「見ながら」「偲ぶ(しのぶ)」
という意味そのまんまなのですが、
この「偲ぶ」という言葉は
とても美しくてですね。

「心を惹かれる」「思いを馳せる」
「慕わしい」「思いを巡らせる」

という意味合いを持つのですが、
この「慕わしい」が大事で。

「恋しく思う気持ち」
「願わしく思う気持ち」
といった意訳が可能なんですよね。

この意訳を踏まえると

紫陽花が八重に重なって咲くように、
あなたも重ねて成長していってほしいと
見てて願わしく思います

だったり

紫陽花が八重に重なり咲くように、
あなたも大成すればいいなと
見てて思います

って捉えられませんかね?

私的にこの解釈を見つけた時、
今までの意訳よりも腑に落ちた気がしました。


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和歌は現代に届く過去からのポエム

さて、ここまででもうお気付きの方も
いらっしゃるとは思いますが
「今後の成長に期待をしていますよ」
という意味合いを軸に考えても、
この「紫陽花の~」という和歌は

①部下の家での宴で嫌味を言う上司
②同僚の息子への親心が現れる好々爺
③想い人の栄華を願う一人の男性

という3パターンの解釈ができるんです。


①の解釈は
・ガクアジサイが決して派手な花でないこと
・梅雨というカラっとしない時期にやる宴
・部下の家に呼ばれた上司という立場
という3つの事柄で考えられる意訳。

②は
・同僚の息子が部下にいること
・国人がまだ若く先のある青年であること
・自分が若いころから要職にいたこと
が背景にある事で「親心」を感じられること。

③に関しては
・まだ若く実績のない青年を起用していること
・「八」=「末」まで願うという表現
・「見ながら想う」という少し離れた表現
ということで、国人は諸兄の
”お気に入り”だったのではないか
と考えられませんか?


和歌の意訳と言うものは
著書の筆者のニュアンスが大きく関係し、
全ての和歌をポジティブに捉える人
恋愛の和歌を「未練がましい気持ち」や
「妬ましく思う気持ち」など
ネガティブに意訳する人がいたりと
かなり筆者の感受性が影響します。

私の解釈はあくまで
語句の意味合いを考えていった先で
「もしかしてこういう意味か…?」
という疑問を一つずつ解消していく
ゲームのような感覚なのですが、
偉い先生方は和歌の一文を詠んで
「この語句この意味だからこうでしょ」
というような語句そのままを受け取った
現代語訳が多いような気がします。

決してそれがダメだと言いたい訳ではなく、
あくまで一人の考え方として、
考えて考えて感じて考えて想像して…
そして「こういう意味か?」
と自分が納得できる解釈ができる
のが
和歌の良い所だなと私は思いますし、
実際古典の文法が大の苦手だった私が
和歌にハマった理由がこれでした。

何が正しいとか、意味が合ってるとかなく
「あ~、なるほどね~!」
と自分の知見を広げられることが
自由度が高い学問って感じで
とても面白いところが大好きです。

大学行って良かったなと本当に思います。

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平安も令和も大して変わらない

ふと紫陽花を目にすることがあって、
たまたま「紫陽花の和歌あったな」
って思い出せたのも良いタイミングで、
今日は長々と難しい話をしちゃいました。

検索でこの記事を見つけてくれた学生さんは
是非古典に苦手意識を持たず、
「えー、本当に楽しいのかよ?」
くらいの気持ちで授業受けてみてください。

恋愛の和歌とかめちゃくちゃ面白いです。

不倫されてブチギレる中年女性と
「だって若い子がいいじゃ~ん?」
って開き直る年下彼氏の喧嘩
とかあります。

男に手出されなくて文句言う女もいますし、
出張先と都という離れた場所から
「早く会いたいね♡」って言い合ってる
仲良し夫婦の和歌もあります。

天皇が「面白い和歌まとめてくれ~」
って無茶ぶりするもんだから500首くらい
自分の和歌入れてかさ増しする人
もいます。

昔の人も今と変わらず、
「朝の早起き最高~!」
とか
「旦那が帰ってこないんだけど浮気?」
とか
「明日娘の結婚式で悲しい。しんどい。」
とか、そんな日常を呟いているだけで
難しいことは無いんですよね。

ちょっと現代と言葉遣いが違うだけなんで、
苦手意識を持たないで和歌を楽しむ人が
増えてくれればなと思います。

古典は楽しいぞ~~~~!


ねえ




学生さんは読んでね

学術論文や校内発表で当記事のような
テーマを選んだ方につきましては、
この記事が正当性のない内容の物ですので
「参考」程度に考えてください。

いないとは思いますが、
著作明記無しでの論文への引用は禁止です。

そもそもネットサイトをアテにしちゃならん。


授業内発表の際に引用や参考にする場合も
サイト名、記事名、URLは必須です。
一般的なルールだから仕方ない。

写真もガクアジサイ以外は自分で撮った奴だから
発表に使うのナシです!
使うならちゃんと上記の表記してください!

当記事は小論文・コラムの体ですが
私の脳内データベースからの引用
でほぼ成り立っているので正確性は皆無です。

詳しい内容はジャパンナレッジ
国会図書館データベース
CiNiiJ-STAGEで探してください。
優しい先人なのでリンク貼っときます!

発表頑張って!

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