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めんどくさがり屋のひとりごと⑮「真実はいつもひとつじゃない」

明けましておめでとうございます。
今年もゆるりゆるりと綴ってゆきたいと思います。

新年早々であるが、早速昨年中に書こうと思って怠けて書けなかったことを書いてゆく。
季節感もへったくれも無いが、読んでいただけたら幸いである。

日本人は、一つの宗教に対する信仰心が他の国よりも薄いような印象がある。
お正月は神社やお寺で初詣をしたかと思いきや、翌月にはキリスト教圏のバレンタインデーで年頃の雌雄がドギマギし、結婚式は神前か教会で挙げることもしばしば。
秋にはケルト人の収穫祭であるハロウィンで仮装をし、冬にはクリスマスでケーキを頬張る。
ほぼキリスト教の行事をしているが、家には十字架じゃなくて仏壇と神棚が共存している。
それでいて、特に仏教に帰依しているわけでもないので、お釈迦様の誕生日の花祭で立像に甘茶を掛けるなんてことをするわけでもないし、玉串を奉納することもしない。
多分、一神教の国から見たら、ものすごく不可解だろう。
お前たちは何の宗教を、何を信じているんだ、と。

日本は古来アニミズム(精霊信仰)があり、「万物には魂がある」という概念が土着しているとされる。
いわゆる「八百万やおよろずの神」である。
だからか、「何だか分からないけど、罰当たりなこと」には敏感である。
豆腐の搾りかすを使っておからにしたり、割れた茶碗を金接ぎしてでも使ったり……とにかく、何かにつけて「あらゆる物への粗末な扱いは罰当たりな気がする」みたいな精神が根底にあるような気がする。
だから、何を信仰しているのかと言われれば、「目には見えないありがたい何か」なのかもしれない。

そんなアニミズムが存在する日本における文化の一つに、マンガ・アニメがある。
ジャパニメーションや「MANGA」は世界中のオタクたちを目覚めさせ、もはや世界規模の一大産業となっている。
その影響で、とある「争い」が度々起こるようになった。

カップリング問題である。

カップリングとは、「とある二人のキャラクターの間に恋愛関係、もしくはそれに似たような関係性(友情なども含む)が存在している」とみなす考え方である。
それは公式のものもあれば、ファン自身がそう考える非公式のものもある。むしろ、非公式の方が主流だと思う。
そのファンたちの妄想の賜物であるカップリングが、同人誌などの二次創作の新たな創作の源となり、また新たな妄想を産む。そうして、その作品に対する熱が各人の中で高まってゆくのだ。

ただ、そのカップリングは時にファンの中で対立を起こす火種にもなる。
同性同士のカップリングで受けと攻めがどちらかなんてものもあれば、「公式こそすべて!」と非公式のカップリングに冷たい目線を送るなんてこともある。
公式がそこの辺りの関係性をあまり明らかにしていないから、大抵はファンたちの頭の中での創造の内容がそれぞれ異なり、「意見の食い違い」に近いようなことが苛烈に繰り広げられているのである。

私には、これが宗教戦争に思えることがある。
スンナ派とシーア派、カトリックとプロテスタントのような血で血を洗う対立構造では無いが、「その信仰対象における思想の違い」が対立を引き起こしているので、カップリングは宗教的要素を含んでいると思う。
そう考えると、カップリング問題は八百万の神を信仰している日本における「宗教戦争」なのではないかと思える。
もちろん、素人の戯言なのでこの考えが間違っていることは分かっている。
ただ、この日本のカルチャー、特に「推し活」はもはや宗教じみているとは思う。この国において、「推し」こそが信仰対象であり、その推しに対する自分の姿勢こそが経典、教義なのである。
八百万の神の国に住む人の信仰も、また八百万なのだ。
そして、その信仰対象に対するスタンスの対立は、結構根深い場合がある。

私のペンネーム「高山めぐみ」の由来となった作品「名探偵コナン」にも、それは存在する。
それも、まあまあ互いに過激派がいる(と考える)対立構造が。

「名探偵コナン」は原作者の青山剛昌先生が明言しているように、「殺人ラブコメ」というテーマがそこにある。
主人公の江戸川コナン(工藤新一)が事件を解決するのと同時に、新一と幼馴染みの毛利蘭の二人を始めとした登場人物たちの恋愛模様も描かれる。
公式なので言えば、服部平次と遠山和葉の幼馴染み以上恋人未満な「鉄の鎖」の二人、劇場版のメインを張った高木渉と佐藤美和子を始めとした警視庁捜査一課の面々などがある。
中には、安室透と赤井秀一、灰原哀と吉田歩美、安室透と宮野志保……なんて、非公式の組み合わせも存在する。
そのカップリングをファンの中では「平和」「高佐」などと呼び、いろいろと各々が想像力を広げている。

そんな中で、絶大な人気を得ている宗派がある。
それが江戸川コナンと灰原哀の二人のカップリング、通称「コ哀」である。

灰原哀について詳しく語るのは今年公開の「黒鉄くろがね魚影サブマリン」公開後の投稿に持っていきたいので詳細は端折るが、簡単に彼女について説明すると、元「黒の組織」メンバーで本名は宮野志保。コードネーム「シェリー」として新一がコナンになるきっかけとなった毒薬「APTXアポトキシン4869」の開発を行った人物である。
APTX4869を服毒して自殺を図ったものの、コナンと同様に体の幼児化が起こり、組織を脱出。現在は組織の追手から逃れるためにコナンの秘密を知る阿笠博士の家で匿われながらコナン同様小学一年生として暮らしており、事件解決の際のコナンの相棒的存在として活動することも多い。
私自身も、一番好きなキャラクターである。

「コ哀」というのは、そんな二人の関係性に「恋愛関係が存在している」とみなすカップリングである。
実際、コ哀関係の二次創作はかなり多く、灰原の片思いなこともあれば、相思相愛として描かれたり、元の姿である新一と志保の姿で恋愛をする「新志」といったカップリングも存在する。
それ故か、「灰原哀こそがこの作品のヒロインだ」という人もいる。
元々、新一が17歳で宮野志保が18歳と年齢的にもお似合いの二人、そういうカップリングが生まれるのも、無理はない。

実際、今年公開の劇場版「黒鉄の魚影」のティザーや特報が公開された時、コ哀派は大きく賑わった。ようやく、私たちの時代が来たんだ、と。
コナンはティザーで「死ぬな灰原――」と語り、灰原は特報で「助……け……
て」と語る。それだけで、互いを信頼する二人の関係性が滲み出ている。

ただそこに異を唱えたのが、新一と蘭のカップリングを支持する「新蘭」派である。新蘭派の中には、コ哀派の叫ぶ関係性は邪道とみなす人も存在する。私たちこそが正統なんだ、お前たちのはただの妄想なんだ、と。
私はそういう原作の内容や青山先生の発言のみを強く信仰する人たちを「原理主義者」と呼んでいる。

誤解の無いように言っておくが、私は決してそういう人たちを貶めると言った意図はない。単にこの対立構造の持つ厄介さを語りたいだけである。

この作品は「殺人ラブコメ」、もっと言えば「いかにしてコナンは新一に戻り、蘭と永遠に結ばれるのか」という長い長い道のりを描いた作品である。
そのことからも、新一と蘭のカップリングが正しいことは自明であり、「ヒロインは毛利蘭」なのもまた自明である。
何せ、25年かけてようやく晴れてカップルとなったのだ、この二人の関係性が嘘であるはずがない。
だから「灰原哀こそがヒロイン」というのは、新蘭支持者にとってその事実に大きく水を差す考えであり、「灰原哀」という存在自体が新一と蘭の関係性を考える上での異物なのだ。

また、その原理主義者にとって鼻持ちならないのが、コ哀の関係性で用いられる「相棒」という表現である。
互いの正体を知っていて、事件解決において互いに信頼をして協力し合う関係性はまさにホームズとワトソンであり、「二人は相棒である」という考えは一般的にも定着しているかと思われる。

ただ、その「相棒」という考え、「灰原=ワトソン」という考えは原理主義者にとっては誤りだという。
それは以前、青山先生がテレビのインタビューでこう言ったからだ。

「コナンにとってのワトソンは蘭である」と。

ワトソンはいつもホームズのそばにいて、時々ホームズがワトソンのことを「そんなことも分からないのかい?」と馬鹿にする。その関係性が、コナン(新一)と蘭の関係性とぴったり当てはまる。だから、「ワトソン=蘭」であり、コ哀における「相棒」としての関係性は存在しない、というものである。

では、そんな原理主義者の人たちにとってコ哀のあの関係性は何なのか。
その人たちは明言していないが、「そんなものはない」「妄想」というものがそれに近いかと思われる。
劇場版において、コナンが灰原のことを「――助手じゃなくて、相棒かな」と発言してはいるが、それはあくまでも「劇場版というパラレルワールド上での発言」「脚本家の主観」であり、原作公式の見解ではない。だからあの二人の間には「相棒」「運命共同体」なんて関係性は存在しない、何も無い――そういうことのようだ。

では何故、あんなにコナンと灰原は信頼関係を築いているのか。
相棒で無ければ、何なのか。
原理主義者の人に訊いてみたいが、何も答えてくれない可能性もある。
むしろ、灰原のことを訊かれて余計に激昂する可能性だってある。
それくらい、コ哀の関係性は厄介さを孕んでいるのだ。

その原理主義者の方たちの考えを観て、私も一灰原哀ファンとして色々考えた。
考えた上での私の結論は、二人の関係は「共闘関係」であるというものである。

原作では、「灰原哀」という名前はコーデリア・グレイ(灰)とV・I(哀)・ウォーショースキーという二人の女探偵から阿笠博士が名付けたと語られている。
もちろん、それは公式の情報であるが、その後に青山先生は雑誌での俳優・佐藤健との対談でこう語っている。
「灰原哀の《哀》はアイリーン・アドラーの《アイ》だ」と。

アイリーン・アドラーとは、「シャーロック・ホームズ」シリーズの一篇「ボヘミアの醜聞」に出てくる女性オペラ歌手であり、「ホームズを出し抜いた数少ない人物」として、ホームズが一目置く存在である。
そんな女性から灰原は名前を授かったとするならば、青山先生にとって灰原哀は「コナンに比肩する能力を備えた人物」であり、「コナンが一目置く存在」でもあると考えられる。

一目置いているからこそ、コナンは灰原に色々と頼みごとをしては参謀として動いてもらうことをしているのであり、それが「相棒」として読者の目には映ったのだろう。
また、ワトソンは軍医、宮野志保は科学者と専門とする分野に重なる部分があることも、その認識を強めさせているのだと思う。
もちろん、青山先生が「ワトソンは蘭だ」と言っているのだから、真の相棒は蘭であるが、灰原にもベースはアイリーン・アドラーながらも「ワトソンの要素が混じっている」と考えた方が良いのかもしれない。

また、アイリーンは得意の変装術でホームズを出し抜いた後、夫と共にイギリスを去ってしまう。つまりは、青山先生の語る「ワトソンはいつもホームズのそばにいる」という相棒の要素をアイリーンは持っていない。
それはすなわち、「灰原はいつかコナンたちの元から去る存在」であるということにも見て取れる。
そういう点からも、コ哀の関係性は「相棒」「運命共同体」というよりも同じ敵(黒の組織)に対して立ち向かおうとする「仮初めの共闘関係」「共同戦線」、されど信頼関係は不変と言った方が相応しい、そう思うのだ。

ホームズのアイリーンに対する感情に恋慕が混じっていると言われることもあるのでとても微妙なところではあるが、コナンと灰原の関係はそんな恋慕で片付けられるようなものでは到底ないし、何しろコナンには灰原の姉の宮野明美を死なせてしまったという灰原に対する大きな「枷」がある。
それに対するコナンの「償い」、コナンや少年探偵団、阿笠博士や蘭たち周囲の人間が作ってくれた「自分の居場所」に対する灰原の「恩」、秘密を共有し、共に苦しめられた対象に立ち向かおうとする二人の「絆」……とにかく色んなものが複雑に入り混じった上に、あの二人の関係性が成り立っているのである。

別に私のこの見解でコ哀過激派に対する矛を収めてくれとは言わないが、「何にもない」「妄想」と一蹴されるのはあんまりだと思うので、そういう考え(コ哀の恋愛感情や関係性)もあるんだ、ということを原理主義者の方にはどうか受容してほしい。

私自身、コナンの恋愛感情がずっと蘭に向いていたことは分かるし、コナンと灰原の間には名状しがたい空気が漂っていることも分かる。
ただ、ゴールはあくまでも「新一と蘭が元の生活を取り戻して、永遠に結ばれること」であり、それは替えようのない事実である。
そして、灰原はいずれ米花町から去ってしまう存在であることも、想像に難くない。
そう考えると、原理主義者の方の意見は間違っていないということになる。

もちろん、原理主義者の方が嫌悪しているのは「コ哀は正式なカップリングである」という認識に対してであって、その二人の関係性を真っ向から否定するものでは無いだろう。
そして、コナン(新一)の恋愛感情が蘭に向いている限り、コ哀はいつまでも非公式のままであることは、コ哀派は胸に留めておくべきだろう。
また、新蘭派の中には坊主憎けりゃ袈裟まで憎い理論で灰原まで嫌いになるケースもあるようなので、信仰心が強いことは自分の視野を狭めて思想が先細りしてゆく危険性を持っていることだけは、言っておきたい。

互いの宗派が仲良くなれたら、どれだけ殺伐としたTwitter上での空気が薄まるだろうか。
それぞれがそれぞれの信仰に敬虔であるが故に、互いの溝は埋まらない。
それが見ていて結構侘しい。妄想したっていいじゃないか、と。
蘭がヒロインであることは変わりないのだから、それ以外の空白ぐらいはみんなが好きに遊んでほしいと、一人の作品のファンとして思う。

最後にもう一つだけ。
創造主・青山剛昌は、二次創作に対してこう言った。

「愛のある二次創作はいいよね」

キャラクターへの愛は推し活の源である。ただ、強ければ強いほど他の信仰に対する抵抗感や嫌悪感を生んで、余計な傷を周りにつける。
だから、仮想のカップリングを描く時には、キャラクターへの愛だけでは無くて、オリジナルに対する敬意も持ち合わせている必要がある。
でないと、生み出したものはひどくつまらないものになる。

オリジナルに比肩することはあっても、オリジナルを超えた二次創作は存在しない。
宗派はそれぞれ違っても、頂点に君臨するものはひとつしかないのである。

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