親父と林檎
「ちょっと聡。あんた暇な時でいいからうち来てくれない?困ったことになってるんだよ。いいね?じゃ」ガチャン。
母親からの留守電メッセージ聞いた俺はすぐさま消去ボタンを押した。
しばらくなりをひそめて連絡してこなかった母が留守電にメッセージ吹き込むとは。
何なんだ。母の困った事って。おそろしい。知りたくない。怒ると仁王像そっくりになる母の顔を思い出して俺は嫌ーな気持ちになった。背筋がゾクッとした。
不吉な予感しかしない。
この前の連絡は親父が死んだ知らせだった。
俺は仕方なく母のところに行った。
親父は骨になってみすぼらしい木箱に収まっていた。
むき出しの木箱の中には骨壷が入っているのだが、外側は安っぽい木箱だった。
母がどういうつもりでこの木箱を選んだのか、大方値段が1番安かったのだろうが、あまりにみすぼらしいので俺は胸が痛くなった。だが、そんな事を言った場合母が逆上して喧嘩になるのは目に見えていたので黙っていた。
俺は親父の変わり果てた姿を見ても大した感慨もわかず、母も険しい顔をするばかりで、結局親父の好物だった(ねこまんま)を供えて酒盛りをして通夜としたのだった。
そして酔い潰れてふたりで雑魚寝をした。
夜中に母のうるさいいびきで目覚めた俺は親父を見た。
親父は四つん這いになって座卓の上のねこまんまを食っていた。
親父は「聡。来てくれたんだなぁ」とそれはそれは嬉しそうに言ったのだ。俺は悪酔いして悪夢を見たのかと思った。
夢だとしても親父の笑い顔が記憶にこびりついて消えなかった。
親父、そんな何の邪気のない顔をするな。
俺はあんたをぶん殴って家を飛び出したんだぞ。そんな嬉しそうに笑いかけるな。
俺は哀しかった。
あの通夜から親父の事は頭の片隅にずっとあった。自分がやましかった。
親父は亡霊となってまだこの世をさまよっているのだろうか…。
親父に対して俺はひどい倅だったろう。しかし、母に口汚く罵られた俺としては実家には近寄りたくなかったんだぜ。
だから親父にしてやれる事なんて何にもなかったんだ。
親しそうに俺の名前を呼ぶな。
親父。俺を倅だと思わないでくれ。
俺を生まなかったものと思ってくれよ。
無理だろうけどさ。
それに死んじゃったんだもんな。
俺を思うもなにも無いはずだ。
じゃあ成仏してくれと願うしかないか。
しかし、親父は四つん這いでねこまんまを食うなんて、畜生道に堕ちたかな。
成仏なんかできないのか。
そうだったら親父かわいそうだな。
俺はそんな事で頭が一杯になった。
「ちょっとォ!さとちゃんボーッとしてんじゃないよ!焼き鳥だっつってんの」
マスターの怒声が響いた。
俺はハッとして慌てた。目をあげると坊主頭のマスターがすぐ近くに立っていた。
俺は反射的に飛び退いた。
「おめぇーは目を開けながら居眠りでもしてるのか!早く出前頼んでよ。焼き鳥大皿盛りふたつだよ。お願いね!」
「はい!すんません!」
俺はバーカウンターの横の受話器を取り上げた。急いで出前メニューをめくる。
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