見出し画像

比較的飼いやすい猫です

「とてもおとなしくて人懐っこい女の子ですよ、はじめての方でも比較的飼いやすい猫ちゃんだと思います。」

7年前、たしかに店員のお姉さんはそう言った。
ガラスのむこうにいる毛むくじゃらの小さな命は、とても弱々しく「やっと生きてます」という感じだったことを覚えている。

その日、はじめて猫を抱いた。
お姉さんからその毛むくじゃらを渡されてきごちない手つきで受け止めた。
あたたかくて、お腹のあたりに触れた時、心臓のトクトクという音が指先から伝わってきた。
抱きしめる強さを間違えたら、簡単に殺してしまいそうで抱くのがこわいと思った。
その毛むくじゃらは、されるがままにわたしの腕の中におさまってキョトンとした顔で見上げていたが、わたしはすぐに横にいた母にバトンパスした。

もともと小さい頃に猫を飼っていたことがある母は、かわいいねえかわいいねえと慣れた手つきで抱きかかえ、鼻をツンツンと触っていた。
ロシアンブルーとペルシャのミックスで、グリーンの綺麗な瞳はロシアンブルー、白くて柔い綺麗な毛皮はペルシャから受け継いだようだ。
どちらがお母さんでどちらがお父さんかは聞かなかったけれど、今になって考えてみると聞いとけばよかったなあと思う。
家族ではじめて猫を飼うと、母がお姉さんに伝えた。
お姉さんはこう言った。
「この子はおとなしいですしはじめての方でも比較的飼いやすい猫ちゃんだと思いますよ」と。

グリーンの綺麗な瞳、白くてふわふわの毛、飼いやすい猫。
わたしはこの子がいいと思った。
「お母さん、わたしこの子がいい」
母もそうねと笑いながら、その毛むくじゃらを指先であやしていた。

そんなこんなで、その毛むくじゃらがうちに来た。
わたしは、その毛むくじゃらに名前をつけた。
グリーンの目がとても綺麗で、響きが可愛いから「みんと」と名付けた。
人生において、命あるものに名前をつけるというのは、そう経験できるものではないし、とても神秘的で尊い儀式だと思う。
もっと言えば、名前をつけるではなく、名前をつけさせてもらうが正しいかもしれない。

あれから7年経った今、この子にすると決めた理由に関してわたしはみんとに謝りたいと思った。
その理由は、飼いやすいという言葉に惹かれてしまったことだ。
猫を飼ったことがなく、はじめて抱いた時の不安や恐れも相まって、お姉さんの言った「飼いやすい」に気持ちが流れてしまった。
たとえ凶暴で、やんちゃな子だと言われても「この子がいい」とお母さんに言えるような意志の強さは、あの時のわたしにはきっとなかった。
そんな単純な理由で迎えてしまってごめんねと思う反面、大人しくて比較的飼いやすいってお姉さんに言わせた毛むくじゃらでいてくれてありがとう、とも思う。
だって、もし凶暴でやんちゃな子だったらわたしはみんとと出会えてなかったからね。
わたしはお母さんとお父さんの子に生まれてよかったと思っているけれど、みんとはわたしの家族になれてよかったと思ってくれているのだろうか。

確かにみんとは粗相もしないし、お姉さんの言ってた通り大人しくて「比較的飼いやすい猫」だけれど、病院がすごく嫌いで病室で大騒ぎすること、診察が終わって病室から出ると「あの子すごかったね」みたいな顔で見られることは、お姉さんには秘密にしといてあげるからね。
でも、あたたかさも内包されたその「あの子すごかったね視線」は、恥ずかしい反面なんだか嬉しいんだから不思議だ。
例えるなら、電車で無邪気さゆえに自分の子が知らない人に挨拶して「すみません、〜くんだめでしょ」と親が謝っているとき。
そのときの親の気持ちに似ていると思う。
子に注意するけどほんとに怒ってはないし、恥ずかしそうだけどなんだか少し嬉しそう。
「〜さんちは偉いわね、でもうちの子なんて〜」から始まるうちの子トークも、大体自分の子を下げているようでなんだかんだダメなとこあるうちの子も可愛いと内心思っているわけだ。
たぶん、わたしもそんな感じ。
子供はいないし、まだまだ結婚する歳ではないけれど、きっと「みんと」という名前をつけさせてもらったあの日から、わたしは愛情を知った。
いっしょに長生きしようねと、思う。

この記事が参加している募集

#ペットとの暮らし

18,218件

#猫のいるしあわせ

21,849件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?