小料理屋の悲劇 #5
*この物語は、『新潟市中央区オステオパシー(整体)』の施術者が創作したフィクションです
最後の重要参考人・田部正人だが、越潟駅近くの自宅マンションは留守だった。その時点で午後8時半を過ぎていたが、まだ職場から戻っていないのだろう、と織部は言っていた。織部によると、田部は単身赴任で越潟に来た会社員で、建設用資材を製造・販売する会社の越潟支店に勤めているらしい。
そこで、「会社に行ってしまいましょうか」と上川が言い出したが、「さすがにそれは強引すぎるだろ」と織部が拒み、一度電話をしてみることにした。そして織部が田部に電話をかけると、田部は電話に出て、自宅近くのキャバクラにいる、と言った。仕事をしていたのではなく、仕事を終えて遊んでいたわけだ。
私たちは、数分歩いて田部のいるキャバクラ『アリバイ』に向かった。越潟駅前は大小のビルが立ち並び、飲食店、その他各種の店舗、ホテル、会社のオフィス、などがエリアごとに集まっている。そしてその一角には、キャバクラなどの接待飲食店が集まるエリアもある。『アリバイ』が入るビルにも、キャバクラ、スナック、バーなどが集まっていた。
露出の多い華やかな衣装の女性たちと、それを目当てに店に来る男性客たちで、店内の席は8割ほど埋まっているように見えた。20代半ばと思われる黒服の男性店員、そして田部自身が許してくれて、私たち三人は田部のいる席に通された。スーツ、制服、私服の私たち警察官三人が席に着く姿は目立つだろうと、私は思った。そして私たちが着席すると、田部の接客をしていた女性たちは席を離れてくれた。妙に警察を厚遇してくれる店だ。何かやましいところでもあるのだろうか。
三人で田部を囲むようにしてソファに腰かけた。スーツ姿の田部は、中背で小太りで、眼鏡をかけていた。黒髪を分けている、赤ら顔の男だった。39歳らしい。やはり主に上川が、話を聞き始めた。
「午後11時を過ぎて『癒し安らぎ』を出た後、まっすぐ自宅に戻られたそうですが──」
すると田部は、合掌して頭を下げながら言った。「すいません、実はそれ、ちょっと事実と違ってまして……!」
「え?」上川は一瞬驚いた顔をして、チラリと織部を見て、話を続けた。「まっすぐ帰宅したわけではないんですか?」
「はい、そのつもりでしたし……、自分は事件と関係ないので、面倒だと思って言わなかったんですけど……、あの日、確かに『癒し安らぎ』を出たらタクシーをつかまえて、自宅のあるこちら方面に向かいました」それは、織部によるとウラが取れているそうだ。「でも、タクシーを降りたらもうちょっと飲みたくなって……、あの日も、ここに来てたんです」
「じゃあ、それを証言してくれる人が、この中にはいますね?」周囲を見回しながら上川が言った。
「はい、黒服の人も、女の子も、何人かは間違いなく証言してくれると思います」
「じゃあ、ちょっと確認させてください」そう言って上川は席を立ち、黒服や店の女性たちに順番に話を聞いて回り始めた。私服の普通のお兄ちゃんのような上川が、警察手帳を見せながらキャバクラ内で聞き込みをしていると、何だか冗談のようにも見えて私は少しおかしかった。彼は、田部の方を指差しながら話を聞いて回っていた。何人かは、私たちの席まで近づいて、田部の顔を確認していた。
一通り話を聞き終えると、上川は再び席に戻ってきた。そして言った。「今の時点で4人の人が、一昨日の午後11時半前には田部さんがここにいたことを、証言してくれました」
田部はほっとした様子だった。キャバクラ『アリバイ』にて、彼のアリバイは証明されたのだ。「すいません、お手数をかけてしまって。でもこれで、私が事件に無関係だと、わかっていただけましたよね?」
「そうですね……」笑顔を見せた上川だが、目つきは鋭かった。「ところで田部さん、一つ疑問があるのですが、田部さんの職場もご自宅も、この近くですよね?」
「はい」
「どうして、小町にある『癒し安らぎ』に行かれてるんですか?ちょっと遠いように思えるのですが……」確かに、歩いたら30分以上はかかる距離だ。だから彼も一昨日の夜、タクシーでこちらまで戻ってきた。
「ああ、たまたま、昨年こちらに転勤になったときに、歓迎会の二次会で同僚の人に連れて行ってもらって、それ以来なんです。料理もおいしいですし、女将さんの人柄とか、お店のアットホームな雰囲気も良くて、それ以来よく行ってるんです」
「そうですか……。どれくらいの頻度で行かれてたんですか?」
「月に1回……ぐらいですね。芽衣ちゃんに聞いてもらえれば、それもわかると思います」
「アルバイトをしていた、江藤芽衣ちゃんですね?」
「はい」
「芽衣ちゃんは、去年の5月から『癒し安らぎ』で働いていたそうなんですが、ちょうど、田部さんがこちらに来た頃になりますね」
「そうですね。でも私、芽衣ちゃんの前にあそこで働いてた子にも会ってるんです。というか、1回だけ会ったことがあります。今お話しした、去年の4月の、私の歓迎会の二次会のときです。その時は、芽衣ちゃんじゃなくて、たしか……、心(こころ)ちゃんっていう女の子がいたんですよ。芽衣ちゃんより少し年上で、23、4に見えました。実際はわかりませんけど。でも、確か5月になってからですけど、次にあそこに行った時には、芽衣ちゃんに変わってたんです」
「どんな人でしたか?その心ちゃんという人は」
「1回会っただけですからね、それも、連れられて初めて行ったときに。だから、特に印象はありません」田部は笑みを見せて首を振った。しかし、すぐに顔つきが変わった。「あ……、でも、女将さんが妙なこと言ってたな……」
「何ですか?」
「『悪い癖のある子だから、やめてもらった』って……、何だか嫌な顔をして言ってました。何か問題があってやめたのかもしれませんね」
「田部さんも、その詳しい事情はご存じないんですね?」
「はい」
「でも、何か問題があってやめてもらったというようなことを、女将さんが言っていたと?」
「はい」
「すばらしい!」上川は笑みを浮かべて田部の肩を軽く叩いた。「すばらしいことを教えていただき、ありがとうございました」そう言われた田部は、不思議そうな顔をしていた。
そして上機嫌で、上川は田部の話を聞くのをやめ、私たちは店を出た。上川は決定的な何かをつかんだのだろうと私は思ったが、やはり彼はそれについて語ってはくれなかった。ただし、帰りの車に乗り込むと、上川は言った。
「織部さん、これからある人物を、張り込みしてもらえないでしょうか?もしかして事件が動くかもしれないので。そしてそうなれば、事件は解決できそうです」
「え?どういうことだ?ある人物って、誰だ?」
「江藤芽衣です」
「江藤?彼女がホシなのか?」ホシとは、犯人のことだ。
「彼女が誰かと会ったら、事件が動いて、解決するでしょう」相変わらず上川は、もったいぶった返事しかしなかった。
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