NBAメディア権、ほぼ完全ガイド
NBAの2025-26シーズンからの新しいメディア権の契約が結ばれました。その総額はなんと11年で$76B($1=¥150の為替レートで11.4兆円)になります。一時は現在の9年$24Bの契約の2倍くらいにしかならないのではないかと言われていましたが、蓋を開けてみれば年間ベースで2.5倍以上の契約になり、NBAの強さが伺える内容になったと思います。ちなみに契約金額の上昇率では全米最強のコンテンツと呼ばれるNFLのメディア権の2倍よりも上回りましたが、金額的にはまだNFLが1年$10Bなので、NBAの年間およそ$7Bは妥当なところではないでしょうか。とは言え、NBA杯や新しい「ストリーミング・パッケージ」を導入しなければ、ここまで大きな契約にはならなかったでしょう。アダム・シルヴァーやNBAのビジネスセンスが光ります。
そして、これまで40年近くずっとNBAを放送してきたTNTが契約をゲットできなかったという波乱もあり、なかなか話題がつきない契約交渉になりました。
そこで今回は、この9年ぶりの契約更新になったメディア権を全力で取り上げたいと思います。
NBAメディア権について
Forbsによると、NBAメディア権はBRIの50%以上を占めるそうで、それだけに、メディア権の売上がサラリーキャップに大きく影響してきます。サラリーキャップはチーム構成のベースになるので、皆さんもかなり気になる数字なのではないでしょうか。そのため、まずはこの新しいNBAメディア権がどれだけサラリーキャップに影響していくか見ていきたいと思います。
2024-25シーズンのキャップ上昇率は3.6%に止まりましたが、今回のメディア権更新により、その2025-26のサラリーキャップ上昇率は10%にまであがると予想されています。このまま何事もなくサラリーキャップが毎年10%づつあがっていけば、このメディア権が終わる2035-36シーズンにはサラリーキャップが$401.1Mと来年の3倍近くにもあがります。
スーパーマックス契約の1年目で比較すると:
2024-25: $52.3M
2025-26: $54.1M ←ここからの5年スーパーマックスは$313M (ジェイソン・テイタム)
2026-27: $59.5M
2027-28: $65.4M
2028-29: $72.0M
2029-30: $79.2M
2030-31: $87.1M ←ここからの5年スーパーマックス契約は現在のレブロンのキャリア年棒を超える$505.5M
2031-32: $95.8M
2032-33: $105.4M←ウェンビーのスーパーマックスの初年度(仮)
2033-34: $116.0M
2034-35: $127.6M ←クーパー・フラッグのスーパーマックスの初年度(仮)
2035-36: $140.3M ←ここからの5年スーパーマックス契約は$814.2M
すさまじい世界ですね。もちろんこの間にパンデミックやブラックスワン的な恐慌などがない前提ですが、このメディア契約ひとつですごい事が起こっているように見えます。
これほど大きな影響を与えるメディア契約はどのような内容で、どのように交わされたのでしょうか。
その前に、今回のメディア権をめぐるドラマの主要プレーヤーを紹介します。
NBAメディア権のプレーヤー
まずは新しいメディア権を獲得した3つのプレーヤーから。
ザ・ウォルト・ディズニー・カンパニー(以下ディズニー)
誰でも一度はその名前を聞いた事があるコンテンツ界の王者ディズニーです。
ディズニーはアメリカでは映画スタジオやテーマパークなどの他にも地上波のABCとケーブルのESPNを所有しています。ディズニーはABCとESPNを通してNBAを放送し、パッケージとしてそれらをDirect TVなどのケーブルTVに卸したりもしています。
また、数年前にディズニーのCEOに電撃復帰したボブ・アイガーは、ABC時代にABCスポーツで実力を認められてディズニーの出世街道を駆け上がった、スポーツに理解あるCEOと言われ、NBAの大ファンとしても知られています。サンズの売却の時には買収グループのひとりとして名乗りあげるのではないかとの噂も出たほどでした。NBAコミッショナーのアダム・シルヴァーとも関係は良好です。
コムキャスト(以下NBC)
NBCユニバーサルを子会社に持つコングロマリットで、地上波とケーブルの収益は全世界4位。その名の通り、地上波のNBCと映画スタジオのユニバーサルを運営しています。NBCはマイケル・ジョーダンの全盛期でもある1990~2002の間にNBAを地上波で放送していました。テーマソングの「Roundball Rock」をどこかで聞いた事があるNBAファンも多いのではないでしょうか。
NBCはストリーミング・サービスであるPeacokを所有しています。Peacockのサブスク登録者数は3300万人。来年「Roundball Rock」も復活するそうです。
NBCユニバーサル・メディアグループのチェアマンであるマーク・ラザラスは、1999~2003の間にTNTスポーツのプレジデントを務め、2003~2008の間はTNTを所有するターナー・エンタテイメント・グループのプレジデントでした。彼はTNT時代にNBAコミッショナーのシルヴァーとの関係を築いていて、それが今回の交渉にも活きたと言われています。また、TNTが「Inside The NBA」という番組でチャールズ・バークレーを雇ったのもラザラスの元ででした。いわゆる生みの親とでも言えそうです。
NBCは昨今スポーツにも力を入れていて、オリンピックは全ての競技・イベントをPeacockでストリーミングしていて、その内容も絶賛されていました。
Amazon Prime Video(以下アマプラ)
ご存知アマプラ。読者の中にも会員になっている方は多いのではないでしょうか。それは全世界でも言える事で、アマプラのサブスク登録者数は全世界でディズニー+を超える2億人に達し、アメリカ国内では1.8億人もいるそうです。全米人口のおよそ半分以上がアマプラと契約していることになります。
アマプラは去年からNFLを獲得し、「サースデーナイト・フットボール」と銘打ってNFLをストリーミングし、視聴者数が24%もアップして大成功を収めました。その功績を得て、今シーズンからはNFLのプレーオフもストリーミングをする予定だそうです。
アマプラはNBCと同様にライブスポーツをプッシュしてして、プレミアリーグやリーグ・アンなどの権利も買っています。アメリカでは今年から広告入りサービスを導入。これが広告主からの受けも良いため、ますますスポーツに力を入れていくのではないかと言われていました(後に詳しく取り上げます)。NBA獲得もその戦略の一環だと思われます。
そして、次が悲しくもNBAのメディア権が得られなかったプレーヤーです。
ワーナー・ブラザーズ・ディスカバリー(以下ワーナー)
その名の通り、映画スタジオのワーナー・ブラザースとケーブルチャンネルのディスカバリーが合併した会社。ケーブルのTNTやTBS、ストリーミングのMax(元HBO)を所有。Maxのサブスク登録者数は全世界で1億人。ワーナーはその他にもディスカバリー・チャンネルやCNNを所有しています。
現在TNTでNBAを放送中ですが、その契約も今シーズンまでとなりました。
このNBAメディア権で避けて通れない人物がいます。それはワーナーのCEOであり、ハリウッドのヴィランと揶揄されるデヴィッド・ザスラヴです。
ザスラヴは評判がすこぶる悪く、WGA(脚本家組合)がストライキしている時にカンヌで盛大なパーティーを開いて白い目で見られたり、コストカットのため、映画やアニメなどのプロジェクトやハリウッドで長年愛されてきた映画チャンネルをキャンセルしたり、従業員をリストラをしてきましたが、その裏ではフリーキャッシュフロー(株価ではなく)と連動した$50M近くのボーナスを受け取ってたなど、よろしくない話ばかり出てきます。
そのような人物なので、ボストン大の卒業式でのスピーチでは卒業生からブーイングを受けてしまいました。
なんとザスラヴは、2022年には「NBAを持つ必要はない」と強気発言もしています。
そして、肝心のザスラヴのビジネス手腕がどうかと言うと、かなり微妙です。彼がワーナーのCEOになってから株価は$36.6(2021年の5/5)から$8.05(2024年の8/25)と80%近く下落中。長期有利子負債が2024年の6月時点で$37.2B。2024の1Qの売上は$9.96Bで前年度同月日で7%下落。経常利益はおよそ20%落ちて$2.1B。
最近では格付け会社のS&Pがワーナーの債務問題への懸念を表明し、今後の見通しを安定的からネガティブに引き下げましたが、なんとか信用格付けの「BBB」を維持している状況になっています。
財務的にはかなり苦しいため、独占交渉期間よりもかなり前からNBAの試合を放送する権利や人件費を含むその運営費など年間$2B以上も払い続けられるのか心配されていました。
このような財務事情もあり、株主の利益を最大化するための選択肢として、スタジオからケーブルとストリーミング・サービスを切り離す売却案も出ているようです。また、他のネットワークかストリーマーとの合併も選択肢としてあがっている噂もあります。そのためザスラヴは企業合併の規制を緩和しそうなトランプ政権の誕生を望んでいるとも言われています。
NBA的には数年後にどこがオーナーになっているかわからないTNTに長期的な試合放送を託したくないでしょう。
TV業界について
NBAのメディア権についての理解を深める上で、アメリカのTV業界の現状を知るのは欠かせません。なぜアマプラはNBAを欲しがり、NBAは40年付き合いがあるTNTを切ったのでしょうか?少し遠回りになりますが、アメリカのTV業界について軽く説明します。
アメリカのTV業界には大きく分けて、地上波、ケーブル、ストリーミングの3つのビジネスモデルがあります。
中でもトラディショナルな地上波とケーブルのビジネスはシュリンクしていて急激に衰退しています。その主な理由は視聴者の高齢化です。
ハリウッド・レポーターによると、現時点で、地上波のプライムタイムの視聴者の年齢の中央値はなんと64.6歳になるそうです。ニュースのビッグ3の平均年齢は69歳にまであがります。
ケーブルの視聴者年齢はもう少し若いですが、かつては若者がこぞって観ていたMTVの年齢中央値は51歳、Foxのザ・シンプソンズの年齢中央値は51.6歳と高齢化が進んでいるのがわかります。
*アメリカの2024年の人口3.5億人の中央値は38.3歳(ちなみに2024年の日本人口年齢の中央値は日本語でググってもデータが出てこなかったので、英語のサイトを調べると49.4歳でした)
北米のケーブル顧客数は2010年の1億人から2023年には7220万人に減っていて、2029年までには6000万人に減ると予想されています。このようにワーナーが所有している多くのチャンネルを流しているケーブル・ビジネスは斜陽産業として知られています。
ケーブルが衰退している理由のひとつにケーブル特有のバンドル方式があげられています。顧客はいくつかのチャンネルをバンドルした料金をケーブル会社に払うのですが、そのバンドルの中には全く観ないチャンネルもあり、無駄なお金だと感じているようです。若者たちはもうそのような無駄に高額な料金をチャージされるサービスに加入しないという実情があります。簡単に言えば、観たいものにしかお金を払いたくないと言う事でしょう。
若者たちがどこへ流れたかと言うと当然ストリーミングになります。同じ番組でも若い人たちは地上波ではなくストリーミングで視聴してるようで、例えば「Abbott Elementary(アボット・エレメンタリー)」というコメディーの中央値はABCで61歳で、ストリーミングでは36歳になるようです。
ここからが本題です。TVといえば広告です。そして、そのTVを支えている広告主が最も欲しがる視聴者は、当然高齢者ではなく購買力のある若者になります。最も購買力があるデモ(デモグラフィー)は18~49歳の層で、日本でいうところのM1、M2、F1、F2に当たります。広告主もこのデモが得られる番組に高い広告料を払います。
そして、そのデモのお気に入り番組がライブ・スポーツなのです。
その熱狂的なファン数を年齢別に分けると次のようになります。
・18~34歳:36%
・35~44歳: 37%
・45~64歳: 27%
・65歳~ :17%
これは広告のホットゾーンとかぶります。
そのため、スポーツは北米でホット・コモディティーになりつつあり、今回のNBAのメディア権について、ハリウッド・レポーターから「どのようにNBAのスラムダンク契約がTV界を再編するのか〜ハリウッドの巨額な富の移転を促し、予算を筋書き(脚本)のある番組からスポーツに変えるかもしれない〜」という見出しの記事も出た程で、メディアは少しでも若いユーザーを取り囲むためにスポーツコンテンツを欲しがっています。
そのせいもあってか、NBAはこの10年で視聴者数が下降気味であるにも関わらず、メディア権においてはその影響はまったく見られませんでした。
過去10年のNBAレギュラーシーズン視聴者数(ABC、ESPN、TNT)
2013-14シーズン:195万人
2014-15シーズン:180万人
2015-16シーズン:192万人
2016-17シーズン:175万人
2017-18シーズン:189万人
2018-19シーズン:179万人
2019-20シーズン:155万人
2020-21シーズン:136万人
2021-22シーズン:161万人
2022-23シーズン:159万人
2023-24シーズン:156万人
そして、広告に強いのがストリーマーです。というのも、TVと違ってユーザーの細かいデータが取れるからです。それらのデータをどこまで広告主に渡して営業をしているのかは不明ですが、デモの年齢は確実に渡っているでしょう。
ストリーマーはユーザーの年齢層もケーブルよりも若く、アマプラのメインのデモは18~44歳になっています。アマプラにとっては「スポーツ」がいちばんハマるコンテンツになり得ます。それに比べ、ケーブルは全体的にブーマーズと呼ばれる団塊世代の57~75歳がメインのデモになっています。
このように、ストリーマーとスポーツの相性は良く、アマプラがNBA獲得に乗り出したのも経営判断的には当然のことだったように思います。安い広告入りプランをプッシュして広告で売上を伸ばそうとしているNetflixも今後F1以外にもライブスポーツに参入してくるかもしれません。スポーツはストリーミングが主要な戦場になりつつあるようです。NBA的にも、もし次の10年間をケーブルかストリーミングに賭けるなら、ストリーミング一択になるしょう。
話がNBAからだいぶそれた感がありますが、ここからが本題のNBAのメディア権についてのまとめになります。
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