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公園の童話

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じいさん桜と公園の仲間たちの物語です。
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桜じいさんの話(「公園の童話」より)

その公園には、年寄りの それは立派な 桜の木があります。 花の頃になると、電車や車に乗って、遠くの町からも たくさん人がやって来て、 思い思いに 写真を撮ったり お弁当を広げたりします。 隣に植えられた若い桜は、そんな人々の桜を見上げる時の表情を見ると、 桜であることを誇らしく思うのでした。 * 若い桜がその か細い枝にやっと、かたい芽を少しつけた時、一人の老人が うつむいたまま通り過ぎました。 「桜じいさん、私には よく 解らない。もうすぐつぼみがふくらむのに

ベンチ(「公園の童話」より)

 公園のじいさん桜のそばに 古いベンチがひとつ、あります。 そのベンチのところにある日少女がやって来て立ち止まり、話しかけました。  「わたし、あなたを知ってる。小さい頃お母さんとしゃぼん玉を持ってよく来たわ。しゃぼん液の蓋が上手く開けられなくって、ここで全部零しちゃったことがある。ねぇ、ベンチさん、覚えてる?」  「さあてね、大勢の子どもがここでしゃぼん玉をしたがるさ。そして子どもはよく零す。おかげでこっちはベタベタさ。迷惑な話だね」  ベンチが何と返事したか気にす

満月の夜に(「公園の童話」より)

 毎年桜の花が咲きだすと、公園の係の人たちが花見客のために、提灯の準備を始めます。 去年じいさん桜の周りには、花を下から照らし出すライトも取り付けられました。ますます見事な夜桜に、大勢の人がやって来て口々にじいさん桜を褒めて行きます。若い桜はそんなじいさん桜をいつも誇らしく思っておりました。 夜の花見の客が増えだすと、若い桜がうきうきするのに対して、じいさん桜がますます無口になっていくことは若い桜も気づいておりました。それでも前は ぼちぼち昔話なんぞを話してくれていたのに

やさしい黒、やわらかな闇(「公園の童話」より)

 公園の秋も過ぎてゆき、じいさん桜のきれいに紅葉した葉もすっかり落ちてしまいました。 「なんだか寂しくなっちゃったね、桜じいさん」 立ち止まって眺めていく人もなくなった自分達の裸んぼの姿を少し不満げに見ながら、若い桜は言いました。 「やって来るのは 猫だけだ」  じいさん桜の幹は立派で太く、冷たい風をしっかり遮ります。葉を落としたこの時期には、そばに気持ちの良い陽だまりもできます。黒猫はいつもどこが公園の中で一等暖かいか知っていて、のそりやって来てはうつらうつら眠っ

思い出の居場所(「公園の童話」より)

ガツウン…ゴツウン… ツンと冷えた空気を震わせて  大きな建物を取り壊すような音だけが 遠くから響きます。 子ども達の冬のお休みも終わり  公園にも またいつもの日常が戻ってきました。 このところ ベンチの不機嫌なことはこの上なく 何につけてもブツブツと文句ばかり言うので 黒猫でさえ、ベンチの傍に近寄りません。 その理由はといえば 子どもたちが木に引っ掛けた凧を取るために ベンチに土足で上ることなのですが、 ある時は大人に 別の木の傍に引きずっていかれたことまであり

綿毛の空 たんぽぽのユメ(「公園の童話」より)

さくらじいさん 素敵なお天気ね。 ねぇ、見て 綺麗な まあるい ふわふわ頭になったでしょ? もうすぐ タネ 飛んでいくの。風にふうわり飛ばされて 新しい命 広げるの。 あ、でもね 誰かにぷぅって 吹いてもらう、そういうのも 好きよ。 どうしてって? あ、誰か 来た。見ていてね、さくらじいさん。        *  *  *  * さくらの木さん さくらの木さんお久しぶりですね。あなたを見にやって来ました。 子ども達が小さかったころ それはしょっちゅうあなたの下で