思い出の居場所(「公園の童話」より)

ガツウン…ゴツウン…

ツンと冷えた空気を震わせて 
大きな建物を取り壊すような音だけが 遠くから響きます。

子ども達の冬のお休みも終わり 
公園にも またいつもの日常が戻ってきました。


このところ ベンチの不機嫌なことはこの上なく 何につけてもブツブツと文句ばかり言うので 黒猫でさえ、ベンチの傍に近寄りません。

その理由はといえば 子どもたちが木に引っ掛けた凧を取るために ベンチに土足で上ることなのですが、

ある時は大人に 別の木の傍に引きずっていかれたことまであり、

「凧揚げなんて迷惑千万。あんなものは即刻やめさせるべきだ。」

凧を持って近づいてくる子どもを見るだけで、ベンチはもう あからさまに嫌な顔をします。


カラスはカラスで 白鳥たち、池の水鳥ばかりが人気なのが気に入らない様子ですが、

「そのわりに おこぼれ貰って喜んでるじゃない。」

スズメたちにからかわれては 
プイと怒ってどこかへ飛んで行ってしまうという有様でした。

 *   *   
「桜じいさん、解かった、解かったよぉ。」

息せききって 一羽のスズメが飛んできました。


「あの音ね、工事の。古い方の小学校、取り壊しなんだって。」

「『古い方』って?桜じいさん?」

若い桜がじいさん桜に尋ねます。


「古い…か。あれが建って、そうだな40年、いや もっと経つのかな」
じいさん桜がゆっくりと 記憶をたどるように言いますと

「フン、いずれにせよじいさんに較べりゃヒヨッコの部類なんだがな。」
ベンチが苦苦しげに口を挟みました。

じいさん桜の言葉の続くのを待って 久しぶりに皆が集まり出しますと
いつもの黒猫も何処からかゆうるりと姿を現し じいさん桜の根元の北風の当たらない場所を選んで座りました。

「子どもの数が増え続けた時代があった。」

じいさん桜の思い出話が 静かに静かに始まります。

「まだこの公園もこんな風には整備されていない頃の話だ。畑ばかりだったこのあたりの土地に、家がたくさん建ったのだ。

どれも大きな家ではなかったけれどもね。小さな子どもが二人くらいいる、若い両親がちょうど欲しくなるような ささやかな夢をかなえてくれる、そんな家たちだった。

子ども達が通う小学校が、そのまん中に建てられた。それがその『古い方』の学校だ。」

じいさん桜が話すのを止め、皆が耳を澄ますと
遠くから解体作業の音が響きます。

その音はまるで、身体を失っていく小学校の。嘆く声のようにも聞こえるのでした。

じいさん桜は、静かに息を継いで話を続けます。

「子どもたちの数が増えるのに合わせ 小さな四角いコンクリートの校舎は 右に左に増築を重ね、遅れて体育館が建ち、プールが出来た。

学校の近くの古い団地も 大きなマンションに建て替えられていくと、また子どもたちが大勢入ってきて 小学校には渡り廊下で繋がった新しい校舎もできた。

授業の始まりや終わりを告げるチャイムの音や 子どもたちの元気な声は 風に乗ってよくここまで響いたものだ。」
「そうそう、その学校よ。でも もう使われなくなって 何年も経ってたんだって。」
スズメが、羽をパタパタさせて言いました。

「子どもたちが少し減ったって言っても まだまだいたんでしょ?いったい どこに行ってしまったの?」
若い桜が不思議に思って聞きますと

じいさん桜はいつものように長い合間をおいて つぶやくように語り続けます。

「そのうち大きなマンションが、少し離れたところにいくつも建った。
そう、子どもの数はそれからまだまだ増えたのさ。 あまりに増えたので 少し離れただけの所に もう一つ小学校ができたほどだ。

そのために 同じ学年の友達たちがふたつの小学校に分けられてしまって、悲しい思いをしたんだよ。」


「だけどその子たちが大きくなって 小学校を出てしまった後、今度は入ってくる小さな子が、どんどん少なくなってきたのよね。」
おしゃべりスズメが フゥとため息ついて言います。

「古い方の小学校はその後閉校して、その役目を新しく出来た方に譲ったんだね。」

──いやだよお こわさないでおくれよぉ。ここは 子どもたちの 大事な思い出の場所なんだよぉ

校舎が泣きながら訴えているような気がして 若い桜は 胸がクツクツ痛みます。

「小学校として使われなくなってからも 色々な催しや地域の人たちために 使ってはいたそうだけれどね。今度はすっかり建て直しして、えっと、何になるんだって?スズメや?」
じいさん桜が聞きますと 

「お年寄りのための建物ですって。」
スズメは じいさん桜に聞かれるのがさも得意だという風に、クイと首を長くして答えます。

「そんな風に壊してしまっていいの?桜じいさん?卒業生たちの思い出の場所が なくなってしまうんだよ。校舎の悲鳴が聞こえるよ。こわさないで、こわさないでって」
若い桜はたまらない思いで じいさん桜に問いかけました。

じいさん桜はすぐには答えず 誰も何も言いません。

「見てごらんお前さん。ほら スズメ、校舎に伝えてやるんだな」
長い沈黙のあと、ふいにベンチが若い桜とスズメに言いました。ちょうど年配の男の人が ベンチの前を通りすぎるところでした。

その人は立ち止まってしばらく空を見上げ 耳を澄ませ、遠い物音をじっと聞いている様子でした。

その人はひと言も言いませんでしたが 解体の音を風の中に聞いて 何かを思っているということだけは若い桜にもわかりました。

そして若い桜はその日から何回も、通りかかる何人もの人が 取り壊されていく校舎の声に耳を澄まし 何かを思い出したり語り合ったりしている様子を 見かけたのでした。


「校舎がいくら解体されても、そう、どんなに形がなくなっても……」
じいさん桜はひとり言のようにつぶやきます。

「大丈夫、あの小学校を大切な思い出として思い出す人が居る限り、本当の意味では なくなってしまいはしないのだよ。」
じいさん桜は誰に言うとはなしに続けます。

「建物のかたちこそなくなってしまうけれど 数知れない思い出のかけらとなって何処にでも それは在り続けるのだからね。

そして 残されたグラウンドの土にも、新しい建物の上を通り過ぎる風にも、子どもたちの歓声や足音や 懐かしい思い出の風景は、きっと感じ取ることができるのだ。そしてまた 新しい思い出を そこに積み重ねていくことができるのだ。」

風の中に、空気の中に 誰かの大切な思い出が きらめくかけらとなって漂っているような気がします。

若い桜は そのかけらたちが風に運ばれて それぞれの心に帰っていくことを想像しました。

そしてまた、これから新しく建つという施設に お年寄りや地域の子どもたちの笑い声が響く日が やってくるのを思い描きます。 

それはとても幸せな気持ちになる風景であり じいさん桜の傍に皆が集まるときには 誰からとはなしに、そんな建物の将来の姿を 語り合うのでした。


               思い出の居場所(了) 

私の通った小学校がモデルです。思い出深い校舎、校庭も、今は随分と姿と変えました。あの頃新しく出来たすぐ傍の学校は まだ子供たちの元気な声が 響いているようですが、随分人数は減ったみたいです。


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