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ベンチ(「公園の童話」より)
公園のじいさん桜のそばに 古いベンチがひとつ、あります。
そのベンチのところにある日少女がやって来て立ち止まり、話しかけました。
「わたし、あなたを知ってる。小さい頃お母さんとしゃぼん玉を持ってよく来たわ。しゃぼん液の蓋が上手く開けられなくって、ここで全部零しちゃったことがある。ねぇ、ベンチさん、覚えてる?」
「さあてね、大勢の子どもがここでしゃぼん玉をしたがるさ。そして子どもはよく零す。おかげでこっちはベタベタさ。迷惑な話だね」
ベンチが何と返事したか気にする風もなく
「ふふ、なんだか懐かしいね」
少女はベンチをそっと撫でて、スキップしながら行ってしまいました。
*
またあるときは青年がやって来て、言いました。
「ああ、このベンチだ。小学校の初めての遠足でお弁当を食べたっけ。
一緒に食べようってどうしても声を掛けられなくて一人でここに座ったら、友達がひとりまた ひとり、寄って来た。一緒に食べよう、いいベンチ見つけたね、って」
ベンチはまた 気難しく呟きます。
「小学生は泥んこ靴で足をブラブラさせるから嫌いだね。なのに、沢山の子どもがわたしに座りたがって喧嘩する」
青年も、ベンチとその辺りの景色を懐かしそうに見渡して
「あれから友達が沢山できたんだ。あの日のお弁当は最高に美味しかったよ」
そして何度も振り返り振り返り、行ってしまいました。
*
このベンチで、赤ちゃんにミルクを飲ませたのがとても懐かしいというお母さんにも、初めてできた恋人とドキドキしながら座ったわ、というお嬢さんにも、ベンチは同じようにつっけんどんに答えます。
そんなベンチの態度を見るにつけ、若いさくらや季節の風たちがはらはらしたりいらいらしたりするのに、じいさん桜は穏やかな顔のままベンチの答えを黙って聞いているのでした。
*
お喋りすずめが公園の工事の話を聞いてきたのは、じいさん桜の花の時期が終わって公園に静けさが戻った頃でした。
「古ーいベンチなんてさ、この機会に一掃、なんてことになるんじゃない?」
カラスが勢いづいて言うと、すずめたちも
「そうそう、新しくってお洒落なベンチ、別の公園で見た。あんなベンチなら ここに似合うわよ。ねぇ、桜じいさん」
じいさん桜が返事をするかわりに、根元で昼寝していた黒猫が
「ミャウ」
一声小さく鳴いて、のっそりその場から離れて行きました。
*
ベンチの下に黒猫が潜り込んだ時 、お婆さんと若い娘さんがやって来て座りました。
──おばあちゃん、おばあちゃん、思い出す?初めてここが公園になったとき、 家族で競争してこのベンチに座ったんだってね。
おばあちゃん、桜の季節は賑やかだけど、おばあちゃんはこのベンチに座って見るどの季節の風景もひとつひとつ、大好きだったんだってね。
おばあちゃん、そんな話を私が小さいときからいっぱいいっぱい、してくれてたんだよ。おばあちゃん、おばあちゃん、何か思い出した?
娘さんが話しかけると、お婆さんは静かに顔を上げ辺りを見回し、小さく微笑んで、ベンチのペンキの剥がれたところをそっと指でなぞりました。ぼんやりとどこかを見ているようなその瞳に、柔らかい光が宿ったように見えました。 じいさん桜は、そんなふたりの座るベンチの上に静かな木陰を作り、さわさわと 優しい葉っぱの音を聞かせてやりました。
*
ベンチの上で黒猫が動きませんと報告を受けた公園の管理の人が駆けつけたのは、そのベンチを運び出す予定の日のことでした。
「たかが猫一匹で どういうことだ」
管理の人が見にいくと、どうしたことでしょう。
カラスたちとすずめたちが、ずらりと並んで行く手を邪魔します。ベンチの上にはいつもの黒猫がどっかりと座り、近づこうとすると威嚇の声を出しジロリと睨みます。カラスもすずめも、ベンチを少しでも動かそうものならいっせいに飛び掛ってきそうな様子です。
**
じいさん桜のそばに古いベンチがあります。ペンキを塗り替えられ修理され、古いけれども それは大切にされています 。
ベンチは このごろこんな風につぶやきます。
──覚えていてくれて有難う。思い出にしてくれて有難う。それは何よりも幸せなことなのだね……なぁ、さくらじいさん。
そう言ってからコホンと咳払いしてはまた、気難しい顔をして黙り込むのでした。
「ベンチ」(公園の童話より) 了
ネットで物語を綴り始めたのはずいぶん昔。
書き溜めたものを 見直しながら少しずつUPし直していきます。
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