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満月の夜に(「公園の童話」より)
毎年桜の花が咲きだすと、公園の係の人たちが花見客のために、提灯の準備を始めます。
去年じいさん桜の周りには、花を下から照らし出すライトも取り付けられました。ますます見事な夜桜に、大勢の人がやって来て口々にじいさん桜を褒めて行きます。若い桜はそんなじいさん桜をいつも誇らしく思っておりました。
夜の花見の客が増えだすと、若い桜がうきうきするのに対して、じいさん桜がますます無口になっていくことは若い桜も気づいておりました。それでも前は ぼちぼち昔話なんぞを話してくれていたのに、去年からのじいさんときたら提灯の準備の始まる頃から、むっつりと押し黙ったまま何一つ答えてもくれません。
お喋りすずめが言いました。
「じいさんは五月蠅い歌が嫌いなのよ。花見の客の歌ったら全く酷いものだもの」
知ったかぶりのカラスが言いました。
「じいさんはオイラがゴミの置き土産を喜ぶのが気に食わないのさ」
春風がふわりと口を挟みます。
「違うわ。桜じいさんは威張ってると思われるのが嫌なのよ。一番の人気者は桜じいさんなのは皆、認めてるのにね」
若い桜は みんなのお喋りを聞きながら、どれもそのようであり、でもやっぱりどこか違うような気がするのでした。
桜じいさんの足元で昼寝していた黒猫がのっそり起き上がります。
黒猫はじいさん桜を首を伸ばして見上げると、慌てて飛び立つすずめをチラと横目でみただけで ツイとどこかへ行ってしまいました。誰もその棲家を知らず、いつからこの公園にいるのかもわからない黒猫、じいさん桜と同じくらい長生きしてるという噂のある黒猫です。
*
「桜じいさん、今日はいいお花見日和だね」
「今日の夜あたりは随分と人が集まって賑やかだろうね」
「じいさんの足元は一番人気だから、ほら、もうこんなに早くから場所を取ってる人がいるよ」
若い桜は じいさん桜の心の内が解らないまま時々話しかけてみましたが やはり じいさんは黙々と見事な花を咲かせているだけです。
*
ある日、久しぶりに黒猫がまた桜じいさんの足元にやってきて、一声
「ミャウ」と鳴きました。
若い桜はそのとき、じいさん桜が久しぶりに
「ほぅ」と 、ため息とも返事ともつかない声を出したのを聞きました。
その夜のことです。
大勢の花見の客のそれぞれの宴がにぎやかなその時に、どうしたことでしょう、フイっとライトが消えました。続いて連なって揺れている提灯も消え 辺りは漆黒の闇になりました。
一瞬のざわめきの後、誰とはなしに空を見上げると、雲の間からそれは美しい満月が現れ、じいさん桜を上から柔らかな光で照らしました。若い桜は、お月様に照らされてため息がでるほど美しいじいさん桜を見て、じいさんが一度だけポツリと言った「お月様に申し訳ない」という言葉を思い出しました。
*
「何でまた 電気が一斉に消えちまったんだろう」
「まぁいいさ、すぐに復旧したことだし。どこからも苦情が来なかっただけでも 儲けものなのにさ、なんとオレなんか、今日褒められちまったんだよ、素晴らしい夜桜でしたってさ。オイ黒猫、お前昨日の晩、電気に何か悪さ しなかっただろうな?」
じいさん桜の周りを掃除する公園の係の人たちの足元で 黒猫は目をつぶったまま耳だけピクン、と動かしました。
≪満月の夜に≫ 了
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