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『欲の涙』19

"Revenge is like the sweetest joy"--「復讐は至高の喜びみたいなもんだ」

(Tupac "Hail Mary" 拙訳)


 長野の結束バンドを外した谷川は涼しい顔付き。オレはあ然とした…というか何が起こっているのか、その背景すらもが掴めない。

 「谷ちゃん…」
 「潜入だからね。黙ってたんだけど」と小声で谷ちゃんは言った。流れ作業のように、拳銃を三上の手元に置いた。

 「俺たちはいなかった。それで良し。だよね?カイくん。坂本さん、アンタも出んぞ」

 オレはうなずくだけだった。その姿を谷川は見ていないだろう。無言で事務所を出、ふたたび不夜城のネオンにオレたちは照らされた。

 数着メートルなのか、数キロメートルなのかは分からない。距離の感覚が、マヒするほど、急いで裏道を右左に曲がった。ただ、目的地まで、ネオンの色が変化していったことは正確に記憶している。

 青から赤、赤から黄色、黄色から緑…と、街そのもの街にしかない、夜の色彩を放っていた。すれ違う人びとは正気がないように映る。それくらい、ネオンが生き生きとしていた。

 谷ちゃんが突然止まった。

 「事務所の掃除よろしく。怪我人二人」と言い、なにごともなかったかのように、電話を切った。続けて「坂本さんよ、”あそこ”でいいか?」
 「出てもらうよう指揮する」と、今度は坂本に覇気があった。いつもと異なるオーラを放っている。
 --コイツは一体何モンなんだ?と、自問した。答は返ってこないのだろう。探して見つけるモンでもなさそうだ。長野は、ただただ口元を抑えている。コイツは戸惑うゆとりすらない。とにかく走ることに必死。逃げているように映るが、オレたちからは逃れられていない。

 --迫ってくる影。もう追ってこない。それに囲まれている状態にあるのだ。

 走り進めた先に、誰も入らないようなオンボロの居酒屋があった。店が人を呼んでいるように思えてもおかしくないくらい、孤独に佇(たたず)んでいる。

 ポツンと。時代に取り残され、人びとに見捨てられたかのように、一軒の居酒屋が佇んでいた。まるで人が入ってくるのを望んでいるかのようなわびしさを放っている。

 「待て、谷ちゃん。人いたらどうすんだよ?長野もいんだぞ」
 「まあ、大丈夫だから」
 「安心しろ、中山」と今度は坂本がやけに強気だった。

 どうなっているんだ?オレは有機体のように光を放つ街の一角に、佇んだ居酒屋に向かう。店に入る--それだけの単純な話なのに、頭のなかで情報の整理が追いつかない。

 「俺が先に手を打ってあるからな」と、坂本。コイツも得体の知れない存在だ。出会ってからは見下していた。しかし、ここ一番の大詰めで、正体不明な存在に。

 「中山。俺の見せ場だ、こっからは。冗談なしだぞ」と本気な面持ちで、その言葉には、重みがあった。
 中に入るや否や、客を含め、店員もいない。

 一言目。「どうなってんだ?」
 坂本は「実は俺は公安のS(スパイ)なんだよな。先手打つのは余裕なんだ」と言ったあと、「カイくん、ごめん。実は俺さ、破門喰らってないんだよね。内部を壊すよう指示受けてモグリで、状況把握してたんだわ。内部破滅のシナリオ通りにいったからバンザイなんだけど」と、続けて微笑みながら「ことの経緯(いきさつ)を話さないとカイくん納得しなさそうだからな…なかなかクセ強いし」
 「坂本さん、あんたはSって…あんなに忠誠心あったじゃねえかよ」
 「ハム(公安)が狙ってたのは二人。長野と三上。ほかは関係なし」
 「というと?」
 「今回の失踪なんて、正直いうとどうでもいいんだ。三上をはじめ、組そのものが壊れちまえばいい。そんだけ」
 「で、俺は上のモンにモグッてこいと言われただけ。なかなかめんどくさかったよ。中島と伊藤っていうザコ達をツブしてからモグリの増堂一家の組員になったわけだし。すげえ間接的だったけれど組員だったんだよね」
 「俺は任務も終わったわけだし、ここら辺でお別れにすっかな最後の話し合いってこと」--「派手にやってくれていたんだよ、増堂一家は。谷川やお前は、破防法指定での監査対象外。三上は色んなヤツからみかじめ料をとっていた。今井もその一人。で首回らなくなったから、実行犯になっただけだね。やらかしていることっつったら…極右政党のケツ持ちなんだよ、三上は。東都戦争後に分断されちゃ困るだろう?」

 「東都戦争」--都道府県の間で勃発した戦のことだ。一都三県の連合対府道県の連立で本格戦争になった。一都三県連合は北と西の両方から攻められたが、勝ち抜けた。

 ことの発端は「自治権」だった。とりわけ都政は国政とは別で「都独自」の政策実現が--厳格にはタブーだが事実上、国政は見て見ぬフリ--早い段階で出来るようになり、各地方自治体の中で都は有利な立場にあった。

 都の条例・法案は他近隣三県でも適用可能となった。三県は都合が良かった。国の定めた「〜法」「〜条例」は地域によっては合わなかったりする。地域独自のそれらを共有することで、一都三県はいい思いをした。加えて三県は県独自の政策を、県議会で立案、決議、施行まで進めた。

 こうした具合に、三県は都の政策を土台に各県にとって独自の政策を採り入れた自治県となっていった。米国の州を思い浮かべるとわかりやすいのかもしれない。

 が、この動きに対して府道県連立--政令指定都市のある、道県の両方が連立軍を樹立。要するに、都心部だけ自治権を持つのはおかしい、それを見放す政府の省庁が都内に集中していることもおかしい…と、かなりの反撥(ぱつ)心で、東京に攻め込んできた。

 苦戦したものの一都三県が勝利を収めた。--これが東都戦争。

 結果、一都三県は独立した、自治体となった。一方、都は多箇所が攻撃で倒壊してしまい、復旧の公共事業数は増えた。そこから都と国政の不祥事や癒(ゆ)着が急増し、都内の治安は悪くなってしまった。

 治安の悪化に伴って公安の破防法監査対象に指定される政治結社・団体や宗教団体が増加。公安は大忙しになったが、警察庁も事後対応に追われる自体に。

 公安と警察が切り離された。険悪な仲になり、極論、事件を事前に防ぐのが公安、事後処理が警察といういびつな構図になった。関係修繕に向かいつつあるが、まだ途上。

 都内は無法地帯化しつつあるんだ。

 さびれた居酒屋--オレを含め長野と坂本、谷川の四人が揃っている。それぞれが違う肩書きだ。オレに肩書きなんてあんのか?妙に萎縮してしまった。ランクづけがあると、よく働いているわりに低く評価されるのは、オレみたいなハンパ者だ。

 「谷川、コイツを警察署に連れてってくれよな。ハムとしちゃぁ、都合が悪いんだよ。俺がコイツを連れていったとしても検事は取り合わないだろうしよ」
 「タクシー手配しないと」と言いながら、谷川は「ごめん」のポーズでオレを見た。
 「あ、中山。証拠として、みたいなこと言ってくるハズだよ、デコ連中は。携帯渡すよ。証拠詰まっているからな。で、中山はボコボコにされていてヤバそうってことで、警察署に連れていって、すぐ帰れば平気。発見者の事情聴取受ける前に帰っちゃいな」と言ったあとに、携帯を二台投げた。
 「片方は警察署用。もう片方は中山用。裏取引の内容でも『喫茶店のオーナー』と話しなよ。十分証拠になるから」
 --なぜ会うことを知っている?と得体の知れない恐怖に蝕まれた。その正体を明かすかのように「あそこの店長ハムだよ」と、添えた。全て筒抜けだったのか…

 「引き渡したら、ここに戻ってきてくれないか?」と谷川。

 と、言われオレは長野を椅子から拾い上げた。宙に浮かんだ瞬間、椅子を思い切り蹴った。長野は逃げられないとおもったのか、緊張した表情だった。蹴った真意は、ここにいる自分がみっともなく思えたから。

 下らないんだ、理由なんて。

           (続)

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