見出し画像

『あの日、あの時』 --『欲の涙』番外編


 あの時はゴメン--。

 なんて言葉を直接言えたら楽なんだろうけれどね。

 大親友であるからこそ、縮めない方がいい距離ってのがあることに気づくのが遅かったのかもな、オレは。大親友ならなんでもうまくいくというワケでもないんだ。

 うまくいかないケースは利害が絡む。
 この1点に尽きる。利を追い求めるがあまり、熱くなりすぎて親友にも、その温度感であってほしいと願う。

 それが段々と押しつけに変わり、暴走する。突っ走っていることに気づけた時にようやく、縁が切れたと気づく。

 大親友との縁だから修復はできるが時間はかかる。そんなオレの恥ずかしい、過去に顔を向けてみようと思ってさ。

              ***
今、何してんだ?ジュンちゃん。

 夜勤かもしんないし、寝ているかもしんない。もしくは一人で車ん乗って、流しているのかもな。

 寝てるとすりゃ、でっけぇイビキかいて、奥さんにブチ切れられるんだろうけれど、朝には。

 今は真夜中だ。

 深夜の3時だ。--昔は、サークル・Kだったけれど、元号が変わった途端にファミマになったよ。

 あの場にいる。

 あの時は、さ。
 なんだっけ?タジケーって呼んでいたっけ。

 今はカタギだけど、タジさんの現役時代かなりヤバかった。廃番の真っ白なCIMA--それも車検に引っかかるシャコタン仕様でさ--に乗っていた。

 んでさ、一方のオレらときたら、手を加えてない紫のbBに乗ってさ。虚勢張って、スピーカーだけ高いのを積んでたよな。

 その、タジケーでの過去を思い出しながら、オレはセッタを肺の奥まで吸ってんよ。

        ***

 出会いは中3だから・・・23年くらい前に遡る。少林寺の道場でたまたま一緒だった。気が荒いから、ジュンちゃんは考えるより先に、誰かれ構わずブン殴っていたよな。

 オレもその被害者の一人。

 知ってたか?

 被害者の会みたいのがあって、ジュンちゃん、実は追われてたぞ。来たら、右フックでぶっ倒していただろうけどさ。

 で、あの日、あの時、さ。

 <ズドン!>

 鳩尾(みぞおち)に骨なんかないのに、すべてが砕けた気がしたよ。呼吸が出来なかった。てのも、不意打ち中の不意打ち。オレが道場に初めて入門した日、帰り際に前触れなくやってくんだからさ。

 喰らって動けなかった。

 が、ここはガマン。

 ハッタリで乗り切れんのは、歌舞くには必要なスキルなんだよ。そんなオレはハッタリかまして、動けないのに、ガン飛ばしていた。本心はビビって、足がすくんでたんだけどな。まあ、険しいツラしときゃあ、武者震いってコトになる。

 通用したよね。

 強がるのがオレのクセだから。--小学校の時はイジメられっ子だったんだよ。負けず嫌いだったのもある。ゼロサムでしか考えられない、コンプレックスのカタマリ。

 この手のヤツは、自己破滅するか、のしあがるかの二択しかない。

 イジメられっ子の俺は、中学に入ってから強くなってさ。このタイプは、筋金入りの不良になることが多い。

 奇跡的に俺は違った。

 地元の不良の人たちが、どんだけ腹黒いか、なんとなくだけど勘づいていたから、適度な距離を置く程度。

 さて、と。反撃のタイミングが来た。

 ジュンちゃんは案外ガードが甘い。オレは一気に左の胸筋んところを殴った。

 ジュンちゃんが腰をフルスイングさせるフックの達人なのに対して、オレは足で回す、ストレートパンチが、そん時は得意だった。

 リーチが長いヤツぁストレートに向いているかもしれない。ジュンちゃんは逆だったな、確か。

 <パン!>

 弾ける音がして、アタリってソッコーで分かった。で、イジメられたことのないジュンちゃんはさ、分が悪くなったら、幕引きする、というか出来る器用なタイプだったよな。

 「痛えな。オイ、名前はなんだよ?あ?」
 「カイ」
 「アテ勘はいいんだな。全然、重くないけれど」

 オレはナメられた気がして、地面にツバを吐いた。まだ続きのラウンドに持ち込もうか、ガチに考えていた。

 と、思いきや意外なひと言が--。 
 「お前、歩きか?窃チャの後ろ乗っけてやるよ」

 後ろに乗りながら、バレないようにこっそりと鳩尾を撫でていた。ったく。ぶっちゃけ、モーションが大っきいから、来るって分かるんだ。けれど、なぜかブルって固まっちまう。

 タジケーの駐車場で夜の11時に、初対面のオレに赤パッケージのウィンストンの8ミリを渡してきやがった。初めてのタバコだったからむせるに決まってんだろ?

 それを見て、「オーイ、マジでウケるわ。カイちゃんよ!」って、大笑いしてたな。裏声で。
 「ヤニは・・・」
 「ムリすんなよ、カイちゃん」

 そこから話が弾んだ。
 カイちゃんかよ。

 初対面なのに、さ。

 別れ際に「オレのクラスのヤツぶっ飛ばそうぜ。明日な」と、ジュンちゃんは言った。

 その晩。

 打ち解けたんだかなんだか分からず、鳩尾をいたわりながら布団に横たわっていた。

 これが、オレとジュンちゃんとの、初めての出会いだった。

 夜中--。

 朝が見えつつある。

 もうすぐでセッタは切れる。本数がなくなってきた。旧タジケーでまた買うか、シケモクを吸うか。

 くだらないのに、どっちにするか迷っている。

 シケちまった思い出を、シケモクの紫煙で吸って吐くのもアリ。シケちまった思い出に、訣別するもアリ。紫煙は、また違った上り方をするだろう――下らねえよな。笑えるかもしんないけど、こんなちっこいことにこだわるようになったんだよな。

 タジケーに10代くらいのガキたちが来た。コイツらもたむろすんだろうな。オレらがそうしてきたように。

            ***
 さっそくジュンちゃんのクラスに乗り込んだ。

 3年3組だ。

 A、B、Cみたいに、アルファベットで並ぶのは概して私学が多い。オレらが通っていたのは、公立。地域柄ここらへんの公立中学は柄が悪い。その悪と誘惑に、10代で染まらないよう、あえて私学に通わせる親も多かった。

 通っていた中学――悪さしか取り柄がない、小学生たち。近い地域の、二つの小学卒業生を、無理まとめた、ネジの外れた中学校だ。
いや、ネジどころじゃない。

 もうボルト自体が錆びすぎていて、ガキたちがいつ折っても問題はない。そうすれば、中学自体がぶっ壊れるだけ。案の定そうなったんだけど。

 まあそれは別の話。

 気が向いたら話すよ。

 オレはジュンちゃんのことを3年生になって、同じ中学の同級生と知った。のちに分かったのだが、ジュンちゃんはオレを知っていたとか。目立つタイプでもないのに。

 「なんで?」というのが本音。

 オレは群れたりするのがイヤだった。一人で過ごす時間が多かったんだ。で、ジュンちゃんは、群れてしかモノを言えなかったり、動けないヤツらが大嫌いだとか。

 ジュンちゃんには舎弟がいたのな。

 過去に一度、不良たちが群れてジュンちゃんをボコしたとか。それから、ジュンちゃんは「群れ」が嫌いになったようだ。

 さて。

 さっそく3組に着くと無言で、アゴでどこの誰を狙うかジュンちゃんが指示。どうやら、この組の「小山の大将」はジュンちゃんが先に、ノシちまったようだ。

 てなわけで、コザンバメたちを片っ端から--モグラ叩きのゲームみたく--消していった。オレはストレートパンチが得意だ。

 ソッコーで出せる。なんだけど、一番の決め手は前蹴りだ。近距離では不利--。わりと距離を置いての攻防に自信があった。

 ジュンちゃんは、別。

 近距離ファイターって言ったらいいのかな。ケンカじゃ一発タイプ。そんなもんで、すぐ片づけていた。オレも時間はジュンちゃんよりかかったが、カタがついた。

 全員歯向かえないようにしておいた。
 ゼロサムだからなのかな。
 退路を残させるわけにはいかない気がするんだ。
 強迫観念みたくな。

 ジュンちゃんはまったく計算していなかったんだろうけれども、オレが「狩った」連中のなかに、オレをイジメていたヤツが居た。

 「殴りすぎだ」――さじ加減の分かる、ジュンちゃんはすぐ止めに入る。「もういいだろ?」と言って、ソイツのサイフん中からゼニを取りだしていた。

 ズルいよな。見せ場を作っておいて、ちゃっかりネコババなんてよ。

 そんな具合に、オレたちは自分達のテリトリーをつくり上げた。不良たちとは距離を置きながら。この絶妙な距離感、バランスを保つのが、中学時代に骨が折れた、一つの「仕事」みたいなモンだった。

 下に何人もの【舎弟】を携え、ジュンちゃんは学校で【恐れられる】ようになっていった。多分、当時のオレは、ジュンちゃんの行動力と、支配力に圧倒されてもいた。

 ともに他の中学校を襲撃するなど、行動が過激になればなるほど、ジュンちゃんとの距離は縮まった。

 気がついたら、親友のような関係にあったんだ。中学3年生ん時には、毎日一緒でチャリに二人乗りで、登下校していた。

 「夜空ってキレイだよな」とジュンちゃん。妙にロマンチストで、空とか光景に感動するタイプでもあった。
 「別に」
 「カイちゃんは変なとこでシラけるんだよな。オレには分からないよ」
 「ジュンちゃんの感性も分かんないや」と返した途端に、後ろに乗っているオレに、パンチを出してきた。

 だから反則だって。

              ***
 オレら二人は、別の高校に進学。


 ジュンちゃんは悪の吹きだまりみたいな高校へ。オレは地元に居るのは、どっかシラける気がしたから、別の地域の下の上レベルの高校に通っていた。

 で、別々の道をそれぞれが歩むようになっていた――。もう連絡もとっていなかったし、お互いがそれぞれの高校で友人をつくるようになっていった。

 ジュンちゃんと再会したのは、高校3年の3月ごろ。

 何をやっているのか、だいぶ気になった。一方で、自由奔放なタイプだから、ジュンちゃんはジュンちゃんなりに高校生活を満喫しているのだと思ってもいた。

 高校で親友ができたのかもしれない。どうなのか訊くこと自体、野暮(やぼ)に思えた。

 ところが、だよ。

 久しぶりの再会時に度肝を抜かれた。

 「久しぶり」と、真冬のとある日に、オレの高校に車でジュンちゃんが迎えにきた。乗っているのは、紫のbB。

 絶版車でさ、今となっちゃ。当時はかなり人気あったんだよ。今じゃ、乗っているのはごくわずか。そんなモンさ

 下りてきたジュンちゃんに声をかけた。「久しぶりだね」
 「おう。少年院いたからね」
 なんと応えたらいいのか・・・寒い場面にしちまったな。と、引きつっていると、「まあ乗んなよ」と。

 出院したヤツに罪状を訊くのはタブー中のタブーだ。訊いたとしても、反応に困るのがオチ。

 「んで、高校は卒業できそうなの?」
 「中退したよ。ネンショーに送られる一歩前の段階でね」
 「もったいねえだろ。オレは大学行くぞ」
 「ケイちゃんは勉強できるほうだったしな。どうなんだろうね、大学ってのは」
 「ヒマなだけじゃないかな?」
 「次は大学の下見に行こうぜ」

 と、その日は会話が弾んだ。

 受験が終わって、大学に入るまではかなりヒマしていた。その時に、オレには彼女ができた。とはいえ最初から冷め切ったムード。直感で、別れるのは大学に入る直前か入学直後と思っていた。

 会ってもいなかった。

 1日に2〜3通くらいそっ気ないメールをする程度。

 そんな関係。
 「元気?」
 「うん」
 「おやすみ」

 ――こんなんだ。終わりはすぐに来るに決まっている。

 その代わりジュンちゃんと会う頻度は増えた。オレに女ができたことは黙っていた。どうせ別れる間柄だし、と思っていた。

 だからなのか、口にするのがダサく思えた。話したのは別れた時。そのタイミングで、ジュンちゃんにもっかい腹パン喰らったんだけど。

 ――「隠すなんてな!裏切んじゃねえ!」ってブチ切れてた。

 高校時代には共通の友人や知人、他には友人の友人が三人死んでいった。

 ネンショーボケしていた、ジュンちゃんは知らなかった。そのくだりを、大学に入る少し前の段で話した――「マジかよ・・・」と泣いていた。中には面識のないヤツもいる。正直ドライな言い方をすれば、「どうでもいい」んだ。

 泣いているその場面、というか車内、にはジュンちゃんの女もいた。

 あとあとの話になるけれども、この女に振り回されるハメになったんだよ。恋は盲目ってよく言うよな。典型的なのがジュンちゃんなのかもしれない。

 後ろにいた女が「ジュン!そんなん気にしないで早くCCCに行こうよ!ねえ、カイちゃん?」と。CCCは峠の名前。

 初対面なのに、「カイちゃん」かよ。というか、少しは空気を読んでくれよな。ジュンちゃんは悲しみに暮れているのにさ。

 CCCの一番上に進むと、キレイな夜景が一望できる。

 ジュンちゃんの女、Aちゃんとはよく来ていたとか。それも、さ。ウケるのがその日「行こう」って誘っていたのは、ジュンちゃんサイドだ。

 言っただろう?ロマンチストなんだよ。

 一方のオレは、さ。シラケっぱなし。

 そん時カタチだけ付き合っていた女がCCCに行きたいとか、絶景が好きとか…並べる言葉になかなかついていけなかった。

 何がいいのかさっぱり分かんない。今も。

 多分、こん時からオレの元カノの花奈とはすれ違っていたんだと思う。ジュンちゃんとAちゃんとではよく行ったんだけどね。これもヘンなモンだよな。

 確かにキレイで心を奪われることはあった。

 だからって、何度も行きたい気持ちにはならなかったけれども。覚えたてのジョイントをAちゃんと三人で回して、夜景を眺たりも。

 確かにTHCのおかげか、絶景が輝いて見えることもあった。THC様さまだ。コイツの作用がなかったら、絶景もただの無機質な、夜のネオンにしか見えなかったんだろう。

 そんな感じで、オレが大学に入るまではジュンちゃん、Aちゃんとオレ三人でブラントを回し吸いしては、時間を潰していた。

 Aちゃんがやらかしたのは、オレが大学に入って間もないころ――浮気だ。

 まさか、という気持ちと、どうせ、という思いが絡み合った。

 「Aちゃんはやらかすな」と、直感的に思っていた。初対面でオレの連絡先を訊いてきたこともあったから。あえて言葉にしないのが、オレなりの優しさなんて格好つけていた。

 が、裏目に出たってワケか。

 オレが浮気の兆候を感じた日のこと--。

 ジュンちゃんが自販機に飲みモン買いにいって、bBの中が二人だけになった、ほんの10分程度の間のことだ。

 なんてこともない、ただの連絡先交換と思えたのも束の間。オレが応えるスキを与えずに、
 「ジュンには内緒でね」と、人差し指を口に当てた。このしぐさから「やらかす」と読んでいた。
 「ごめん今彼女いるからさ」と小さな声で--同時にハッキリと拒む言い方で--突き放そうとした。さすがに相手の思惑通りに動くのはイヤだ、と。
 「そっか…大学でいいオトコいたら紹介してね」と、陽気に返した。長年の親友である、オレからすればかなりイラつく態度だ。

Aちゃんに浮気性な一面があるのでは?と斜に構えていた。

 で、良くない意味でカンが当たった、決定的な日が来た。

 ちょうど入学したての日のこと--ジュンちゃんからひっきりなしに電話がきていた。入学の手続きだったり、入学金の納付だったり…慌ただしい時期に着歴を残しまくんなよ、とピリついていた。

 「もしもし?結構着歴多かったけれど」
 「Aが浮気してるかもしれない!
 「え?」
 「連絡がないんだ。とにかく今、そっちに向かうから!」

 そっちってキャンパスのことか?かなり遠いぞ。夜になって捜しまわんのか?なんて「その日」が長引きそうだと予感した。

 当たりだった。浮気も夜中まで引っ張ったのも。

 車でキャンパスまで来たジュンちゃんの顔には、焦りでかいた汗が浮かんでいた。そんなことで血眼変えなくても、と切り捨てようとしたオレは、つっけんどんな対応をした。

 「てか何が根拠なの?」
 「連絡がつかないんだ。俺にはわかる」というジュンちゃん。確かに、当てずっぽうではあったが、嗅覚は鋭い。
 「で、どこ行くよ?」
 「CCC」。夜景を一望できる、あの峠のことか。
 「こっからどれくらいかかるか分かってんの?」
 「3時間。21時には着くでしょう」

 それ以上は何も言い返さなかった。車内でも気まずい空気が流れるだけ。音楽を流しながら、ジュンちゃんはいつも以上に飛ばしていた。国道で100kmを超える速さで。

 急いだ甲斐(かい)あってか、21時前には着いた。

 峠を上っては下って--ひたすらこの繰り返し。浮気した相手の顔は知らない。アテになるのはAちゃんの顔だけ。何回、往復を繰り返したか。

 「そろそろ引き返そうぜ。もうムダだろ」といった矢先だ。Aちゃんの浮気現場を見つけたのは。--峠の上りきったところにある、駐車場でカーセックス。

 「よし」と確信のある掛け声をジュンちゃんは放った。呼応するタチで、オレはうなずくだけ。こういう場面では言葉は要らない。

 「お取り込み中スミマセンね」と、オレが切り出した。ジュンちゃんがカーセックスの現場を見たら取り乱すか、相手を袋叩きにするだけ。それだけは避けたい。続けて「車内点検、というかこの車種探していたんだよね。いくらで売ってくれんの?」と、浮気相手のTに不意打ちのあいさつを見舞ってから、右足の前蹴りを腹に喰らわした。

 Tが嗚咽の声を上げているうちに、Aちゃんには服を着るよう目配せした。裸の姿を見たら動転するに決まっている。

 「ジュンちゃん、コイツ。手が悪さしちゃうらしいよ」
 「オメェ!」と言ってフックを何発も浴びせていた。「ここらへんにしなよ」と声をかけても意味がなさそう。

 攻撃するなら、と冷めた目で流していた。その間オレは、Tの車内をくまなく調べ上げた。何を持っているのかが気になって仕方がなかった。なかなかの車両だ--マットブラックのセルシオ。いかにも地元のヤンキーが好きそうな車種。

 「何か」コイツにはあると踏んでいた。

 当たった

 50gを超える量の大麻を詰め込んでいた。ソイツをひっそり、忍び込ませたオレはジュンちゃんの車ん中に入れた。ジュンちゃんがまだ殴っている。一方オレはとんでもない戦利品をどうするか考えていた。

 Aちゃんは正直どうでも良かった。
 が、マシンガンのように話すAちゃんの言い分を訊いていた。

 どうやらTは風俗の内勤。接するうちに好意を持つようになったとか。卒業してからすぐに風俗嬢になったようだ。

 ただ、それはジュンちゃんにはなかなか言えない。
 その葛藤をTに打ち明けたら情が映ったとかなんとか。
 「そうなんだ」と冷たく返した。Aちゃんの言い分を鵜呑みにするだけ損しそうで。

 ジュンちゃんも経緯を訊いたようで、二人の言った内容はほぼ合致。Tがどうなるかなんてどうでもいい。早くこの大量のネタをさばきたかった。 
 「あーーーーー!」とTの声が聞こえた。
 どうせクサのことだろうと踏んでいた。その叫び声を耳にした瞬間、オレは大量のネタをジュンちゃんに見せた。

 「へへ」とジュンちゃん。

 さっきまでの引きつった表情は、すっかりと消え去っている。のちにTがタジさんの敵対組織にケツを持ってもらっていたと分かり、あらぬ方向へと話は進んだ。

 Aちゃんとは別れることになったよう

 ところが、だ。

 フシギでたまらないのが、別れを切り出したのは、Aちゃん。ジュンちゃんは最後まで、付き合いたかったよう。少なくともオレの神経では理解できない。

 親友言えど、違いはあるからね。

           ***
 オレらはTからいただいたクサをさばきまくった。

 地元で、大学で。派手にやったもんだから、本職にバレるのは時間の問題だった。たまっていたクラブでジュンちゃんと、オレの胸ぐらをつかんできた男三人--正体はTのケツ持ちの組員

 そこにはTもいた。「どうだ?」と言わんばかりの笑みを浮かべていた。

 オレらはクラブの別室に連れて行かれた。
 「黙っていてくれればいいんだ。口にしたらそん時ぁ別なのはアンちゃんたち、分かってんだろう?」と一番強面な組員に詰め寄られた。

 ここで一悶着する必要はない。

 そう判断したオレは「引っ込めますよ」とだけ。ジュンちゃんは首を縦に振った。相手方もTの失態を知られちゃ困る。

 ユスルんじゃなくて口止めしたほうが効率がいい、という算段。

 ヤクザモンがやたらめったら抗争好きというのは、少し違う。

 最終目的はカネだ

 そこにたどり着くのに手っ取り早い方法は何か、つねに計算して動いている。--暴対法の締め付けが厳しくなってから、この「損得勘定」を強く意識し始めたように思える。

 それで。

 M会の組員から解放され、無事に帰れると、安堵していた。だが、希望的観測に過ぎなかった。厄介なことになった--タジさんが来たんだ
 どうやらTがM会の人間に会うのに、タジさんとも連絡をしていたとか。骨の髄までバカだ。

 「オイ、テメェ勝手にTから奪ってさばいてんじゃねぇぞ!」と、当時イケイケだったタジさんは、ドスの利いた声でオレとジュンちゃんを威圧した。続けて「Tはオレのケツもちだぞ?分かってんのか?オイ!!!」と凄んだ。

 待て待て。

 Tのケツ持ち組織はM会。

 タジさんの敵対勢力で今、クラブにいると伝えるや否や、その勢いと怒りの矛先を、M会に向けていた。もちろんTにも。Tは2枚舌で動いていた。

 本当はM会に面倒をみてもらっているんだ、Tは。タジさんは全く関係ない。同時に、分が悪くなるとタジさんの組の名前を出していた。

 タジさんがブチギレるのは当然だ。

 M会の組員三人とT、オレにジュンちゃんとタジさん--。奇妙な絵面で、後にも先にも、このメンツが揃うことはないハズだ。Tの顔はすっかり腫れていた。組員にヤキを入れられたのだろう。

 タジさんが「T!!!テメェ、名前出してんみてぇだな?オイ!」と威勢のいい声で、顔面が仏になっているTに畳み掛けた。

 「M会さんの方がたよぅ、コイツは俺が面倒をみています。けど、実際のとこはM会さんに世話になっているのか確認したいんす、それ以外は何も揉めるつもりはないです」

 三人のうち一人が奇妙な笑みを浮かべて「そう」とだけ。その一言がタジさんのケツに火を点けた。「次、俺と組の代紋だしたらそん時ぁタダじゃおかねぇぞ、オイ!!!」とタジさんは言い放った。

 ことの経緯を整理して話し、揉めることなく無事にその日は帰れた。今後なにかイザコザがあるのは、この時点で勘づいていた。タジさんの連絡先を交換しておいた。

 ここが全ての始まりとも言ってもいい。

            ***
 一週間後のこと。

 オレとジュンちゃんはタジさんに呼び出された。場所は例のタジケー。そこで待ち合わせし、話を進めた。--ヤクザモンに呼び出されたら、いい話も悪い話もない。ただ、言われたことに従うだけだった。

 「お前ら二人でずい分派手にやってるらしいじゃん。シマ荒らしする前にさっさとクサ遊びはやめろ」とクギを刺された。続けて、
 「まあTの件もある。お前らには借りもあるよ。いいよ、俺の名前使って。その代わり商売を手伝えよな」

 「商売」=シノギ

 名義貸しから始まり、クスリ、飛ばしの口座売買、闇スロの経営やら色んな仕事をタジさんは抱えていた。同時に暴対法の強化で表立って、タジさんは動けなくなりつつもあった。

 ましてや、タジさんはフロント企業を興す予定で忙しかった。そこで捕まるリスクの高い仕事はオレらに割り振られたというわけだ。それにトラブルの仲介もある。

 「〜のケツ持ち」と名前を出すヤツはいる。それがヨタだったり。色んなケースがある。そん時に相手との調整役をするのが、オレらの務めでもあった。やることは決まっている。

 ヤクザモンが介入するほどでもない問題の解決役。現場の実行部隊として動け、という指示だった。

 それを受け、オレはさらに自分の懐を潤わせるハラでいた。ジュンちゃんも。売上のいくらかをタジさんに上納する仕組みで、しばらくはジュンちゃんとオレとで、荒稼ぎしていた。

 順調だ。このままオレはタジさんから離れ、自分で切り盛りしたい気持ちが昂じていた。

 そん時にはやや気持ちのすれ違いがあった気がする。

 ジュンちゃんが乗り気じゃなくなったのは、この下請業務を任せられて3年ほど経った頃。大学は1年の中ごろに中退した。タジさんの依頼を片っ端からこなすので精いっぱいだった。

 軌道に乗れば乗るほどジュンちゃんとの「温度差」を強く感じるようになった。年数を重ねるごとに如実で、一刻も早く抜け出したがっている様子。そんなジュンちゃんを見、「ハンパ」と内心では蔑んでいた。

 --「カイちゃん、子どもができた。どうにか終わらないか?地に足をつけて生きたいんだ」

 その一言に激昂した。

 「ったく、なんで黙ってたんだよ!」と、例のタジケーでbBの中でブチギレた。オレらはシマを拡大していた。タジさんはフロント企業の受注案件で遠くに離れていた。

 「示しつかねぇだろう?どうすんだよ!」と立て続けにオレはジュンちゃんに詰め寄った。威嚇していたのは事実。ただ、根底には「これからどうすれば」という焦りもあった。

 もう20代半ば。これ以外でどう生計を立てればいいのか皆目検討がつかなかった。環境の変化--。ジュンちゃんには「守る家族」と「守る責任」がある。 

 一方、オレにはない。ただただ、稼ぎたい。それでハバを利かせたい--感情が突っ走り過ぎていた。

 そんな具合に、見えないところで気持ちの変化、温度差はあったのだろう。シグナルを見逃していただけだ。

 雨が降り始めた。

 ジュンちゃんは「俺らの関係だろ?どうにかしようぜ。それにカイちゃんだっていつまでこんな危ない橋、渡るんだよ」
 「ここまで来てどう戻れって?」
 「終わりにすればいいじゃん」
 と言った後に、オレはbBを降り、降りしきる雨の中アテもなく歩いた。行き先は不明。「どこだっていいよ、もう」と、人生の座標軸もどうでもよくなった。

 この日がジュンちゃんと最後の会話となるのも知らず。

 自暴自棄ってこういうことなのかな。

 ジュンちゃんなしではオレは動けない。というか、今までみたくことを運ぶのは無理難題。「ここから消えよう」--その言いわけと軽はずみな足取りで、オレは都内を転々とした。

 もうここには居場所がない--。それしか頭になかった。タジさんが戻ってきたら、とかそんなんは一切頭になかった。

 のちに分かったのは、オレが去ったことでジュンちゃんはかなりヤラレたとか。家が燃やされる寸前だとか。色んな噂が耳に入ってきた。同時にオレの噂も、そっちに届いていたんだろうけれど。

 共通の知人伝えにジュンちゃんの結婚相手や娘の話も聞いた。どうやら、鬼嫁でジュンちゃんのいびきや行動にケチをつけては、キレてその都度夫婦喧嘩をしていたとか。

 写真も見た。娘さんが生まれて3年経ったころのそれだ。オレはその子に会うことなく、去ったもんだからどんな子なのか知る由はない。他に入ってきた情報--タジさんはパクられて地元で動けなくなったらしい。

 「らしい」でとどめてあるのは又聞きのまた聞きはウソもある。脚色されてしまうことも。正確なことは直接足を運ばないと、分からない。

 持っていかれた段で、ジュンちゃんは【商売=シノギ】から足を洗って、今ではどこかの中小企業で「一般人」として働いているとか。--全部、伝聞をつなぎ合わせた、オレのストーリーになるから、齟齬はあると思う。

             ***
 もう朝になる。

 たまに歌舞伎町を離れて、地元に戻っては、ジュンちゃんを探している。といっても、再開した時になんて話せばいいか分からない。それなのに、だ。

 さっきまで旧タジケーにたむろしていた、ガキたちはどこかへ消えた。代わりに、土木関係の仕事に就いていると思われる、いわゆる「ヤカラ」な人たちがゾロゾロやってきた。

 こん中にジュンちゃんのように第二の道として、ドカタになった人もいるんだろう。オレはそういかなかった。地元を抜け出したのが、今の生活の始まりとも言い換えられそうだ。

 セッタの紫煙に思い出を馳せながら、もう帰ってこない、時間は逆には動かない、と照れくさい説教を自分にしていた。

 さあ、歌舞伎町に戻るか。

 哀愁と思い出を背に、地元に別れを告げた。

           (了)

この記事が参加している募集

スキしてみて

文学フリマ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?