40代正社員ワーママ退職⑥【メール文あり】退職あいさつ
退職を告げたのち、あわただしく1か月が過ぎ、退職あいさつを考え始めました。まずは、遠く離れた海外取引先と支社のかがたたへ、メールでのごあいさつ文を準備することにしました。
前回までのお話はこちらをどうぞ
参考資料を集める
退職あいさつメールを受け取ったことはありますが、作るのはこれが初めてです。そこで、参考資料を探すところから始めました。
過去の退職者のメール
自分自身のメールフォルダを探してみましたが、過去の退職者のメールは保存していませんでした。
ネット検索
世の中便利なもので、「退職」「メール」「あいさつ」と検索すると、さまざまなテンプレートがヒットしました。
note退職エントリ
この記事もエントリしている「#退職エントリ」にはたくさんの方がたの退職エピソードが書いてあります。退職あいさつについてそのまま原文を載せている記事もありました。
気が付いたこと
テンプレートでは伝わらない
ネット検索では便利なテンプレートがたくさんありました。でも、正直、なんだか自動返答のようで心がこもっていないように感じました。
昨今、ChatGPTなど、退職あいさつのメールを作ってくれるAIもあるでしょう。でも、わたしは、自分のことばで伝えたいと思いました。
借りた言葉では伝わらない
noteの#退職エントリにはすばらしい退職スピーチがいくつかありました。よし、そのまま参考にさせてもらおうか、と思ったのですが、やはり自分がこの会社で生きてきた18年間とは違う。自分の言葉で、自分の力で考えてみよう、と思いました。
自己反省文はいらない
会社で働いた18年間を振り返っていると、「あれがダメだった」「これも失敗した」「もっとこうすればよかった」と自己卑下の念が募ってきました。「自分は何もできなかった」とつらくなってきました。
でも、退職のあいさつで、反省文を聴きたい人がどこにいるでしょうか。聴く方が辛くなってしまいます。反省文はやめようと決めました。
BCCではなく個別に送る
ネット上で調べると、「退職の挨拶メールを多くの人に贈る場合は、BCCでメールを送信する」とされていました。しかし、お世話になった方々にBCCで一斉メールで連絡する、というのはわたしはできませんでした。それに、主に海外へのメールですから、BCCでありふれたタイトルのメールだと、即、ごみ箱行きです。そこで、時間の許す限り、個別に送ろう、と決めました。
退職者のあいさつを目の当たりにして
一足先に2月末に退職する社員のかたが、最終出社日にあいさつしてくださいました。そのかたは、営業出身でお話が上手。メモを見ながら、約5分。入社前の面接時のエピソード、この会社とおじいさまとの闘病生活、ご自身とこの会社の出会いの感動的なエピソードも盛り込んでありました。さすが営業さん、すごいなあと感服しました。
でも、正直に言うと(本当に失礼なのですが)、印象には残りませんでした(本当にすみません)。そのときは感動!と感じたのは確かです。でも、30分後、頭の片隅にそのエピソードは残っていませんでした。
「退職者のあいさつなんて、あまりだれも気にしてない」ということがわかりました。だから、メールも、あいさつも、気負う必要もないんだ、「自分が伝えたいことを伝えればいいんだ」と気が軽くなりました。
あいさつの骨子(過去、現在、未来)
メールを書き始める前に、作った骨子です。ストーリー仕立てになるように考えました。
同期の言葉を思い出す(過去)
「これまで学んできたこと(過去)」について書き始めると、黒い感情、後悔、悲しみが襲ってきました。
「あんなことを言ってしまった」
「もっとこうしておけばよかった」
「期待してくれたのに応えられなかった」
ぐるぐる考えていたとき、ふと、産休に入る前に同僚が送別会でかけてくれた言葉を思い出しました。
「1年後の復帰を待ってるよ。でも、もし退職してしまうんだったら、明るく、幸せそうに退職してね。残された自分たちが辛いから」
そうだ!明るく笑顔が伝わるメールにしよう!と決めました。
バトンを渡す気持ちを伝える(現在)
お詫びではなく、感謝の気持ちを書こう、と決めました。自分はこの会社からいなくなるけど、「自分が仕事を引き継いだ仲間をよろしくお願いします」という気持ちを込めようと決めました。
これまでやってきた仕事のバトンを渡すつもりでメールを書こう、と決めました。
先のことは未定とする(未来)
実は、わたしは退職後、自分のやりたいことでフリーランスとして生きていこう、起業しようと決めていました。でも、フリーランスとして生きていけるかどうかは全く分かりませんし、また、どこかで日雇いや派遣社員、契約社員として働いているかもしれません。それに、フリーランスとして生きていこうという覚悟は、会社員の世界に生きようと覚悟を決めている方たちには響かないことは薄々感じていました。
そこで、先のことは未定と伝えることに決めました。
無駄かもしれない
自己満足かもしれない
でも、自分がやりたいようにやればいいのだ、と言い聞かせました。
実際送ったメール文(一部改変)
海外取引先社長さま用、国内外社内用、そして適応障害になったときの元上司にも15年ぶりにメールを送りました。最後は「お忙しいところ返信には及びません」で結び、たとえ返信が返ってこなくても自分の気持ちが整理できるようにしました。
海外取引先社長さまたち
国内外社内用
適応障害になったときの上司用
メールの送信ボタンを押すのに勇気がいりましたが、一通送ってしまえば、あとは気持ちが切り替わり、どんどん、あいさつをしたい方に向けて少しずつメールの文面を変えて、送りました。
この後、自分は自分で「メールの返信」という新たな仕事を作ってしまったということに気が付いていませんでした…
次に続く
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