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どこか胡散臭い印象があるものの…『東洋医学はなぜ効くのか』を読む

国内有数の薬品メーカー「ツムラ」が製造販売する漢方薬の供給量が、ここ20年で約3倍にまで伸長しているという。

需要が拡大した要因は、医薬品不足か、健康志向の広がりか……。ハッキリしたところはわからない。が、なんにせよ、漢方薬のニーズは高まっている。

そうした世間の流れとは裏腹に、俺は漢方をはじめ、東洋医学なるものを基本的に信頼していない。

明白な化学式のもと製剤された「クスリ」の方に“効き”を実感できる“気がする”し、「人生のあらゆるステージに寄り添うことで、自然の叡智を科学することで、一人ひとりのすこやかな日々の力となっていきます」(引用元:ツムラ公式サイト)……なんていった観念的な売り出し方も、漢方薬、東洋医学と距離を感じる一因だった。一歩間違えばスピリチュアルに転んでしまうかもしれない。そんな恐ろしさもある。

なんにせよ、俺は身体に不調を抱えたとしても、漢方薬を積極的に服用しない、医師から処方されても「どうせ大して効かねえだろ」と、自己判断で省いてしまいさえする人間だ。

しかし、しかし。私文中退の俺でも理解できる程度に目線を落としながら科学のおもしろさに触れさせてくれる……。そんな、存在として信頼を寄せている「講談社ブルーバックス」が刊行した『東洋医学はなぜ効くのか』がベストセラーになっている。

「ほうほう。ブルーバックスが言うなら、まあ話だけでも聞いてみましょうか」

して、読んだ。医師にかかってもなかなか良くならない体調不良を抱えているから、といった背景もある。

書籍では、鍼灸や漢方の効果効能が、いかなる機序で発動しているのか、一つひとつ研究成果が概説される。

代表的なものとして挙げられるのがエフェドリンです。日本の薬学の祖とされている長井長義博士は、1887年に生薬であるマオウからエフェドリンという純物質を単離・同定することに成功しました。その後、エフェドリンに気管支拡張作用があることなどが確認され、現在も(注:西洋医学における)鎮咳薬として使われ続けています。
東洋医学と西洋医学は、異なる視点やアプローチを持っています。ですが、近年では両者の統合も進んできています。

漢方薬に含まれる成分が、そのまま西洋医学で利用されている例が紹介され、東洋医学の効能の正当性がーー西洋医学の見地からーー強固される。

よく使われるアスピリンなどの解熱剤は、COX2→PGE2の経路を抑制することで解熱作用をもたらしています。同じ解熱作用でも、葛根湯とアスピリンで、作用する所が異なるのです。
一方、葛根湯がウイルスの増殖を抑えるメカニズムについては、ケイヒの薬理成分がマクロファージやT細胞、NK細胞などの免疫細胞に作用し、IL-12やIFN-γなどの炎症性サイトカインの産生を増やすことで免疫細胞を活性化させ、インフルエンザウイルスの増殖を抑えることが明らかになっています。

症状に対する最終的な作用は同様でも、漢方薬と西洋医学の薬でメカニズムが異なることもあるのだとか。こんな具合で、理詰めで東洋医学の胡散臭さが解きほぐされる。

そもそも、こうした漢方薬に対しての注目度の高まりは、20世紀中頃以降の話。東洋医学が人体にもたらすメカニズムを科学的に解明しようという動きが加速したらしい。ひとつのきっかけとなったのは、1971年にニューヨークタイムズが報じた中国の鍼麻酔……鍼灸の鎮痛効果を利用し、麻酔薬を使わずに開腹手術がされたというセンセーショナルな報道だった。

実際、鍼治療に関するランダム比較化試験の報告数を1990年時点と比較すると2002年に至るまでで15倍強に増えている。東洋医学が傍流とみなされず、注目度が高まっていることがわかる。

これまで「体内の水の巡りを整えて身体のバランスを取り戻す」といったフワッとした効能が表されてきた漢方薬・五苓散の機序が明らかになる部分は、人体の不思議っぷりが端的に紹介された箇所。

近年、五苓散が体の水分調節のメカニズムに作用していることが科学的に明らかになりました。そのカギを握っていたのは、私たちの体の細胞を囲む細胞膜にあるアクアポリンというタンパク質です。細胞の内側と外側を結ぶ水専用の通り道になっていて、細胞内の水分量を調節しています。1992年に発見されて以来、人では13種類が確認され、体の部位によって、その分布が異なることもわかっています。
熊本大学などの研究チームは、脳などに多く存在するアクアポリン4に注目し、人為的に体内の水分量を過剰にしたマウスを使った実験を行いました。このマウスは、何も処置をしなければ、過剰な水分が脳の血管などの細胞にあるアクアポリンを通過し、脳内の水分量が増加してしまいます。しかし、五苓散を投与した場合、その成分によってアクアポリンの通り道が塞がれることで水を通すはたらきが阻害され、脳内の水分量の増加が抑制されることがわかりました。

言わずもがな、動物実験であるだけに、その確度がヒトにそのまま当てはまるとはいえない。とはいえ、アルコールによって破壊された俺の身体にとってーー東洋医学ジャーゴンでいう「気血水」という考え方での「水」に最も課題を抱える俺にとってーー五苓散がもたらす効果効能(さまざまな浮腫、急性胃腸炎、下痢、吐き気の改善)は、自身の症状と照らし合わせて、極めて、極めて魅力的だ。読みながら興奮を覚える。

とはいえ、漢方薬……。俺が信頼する方のクスリの世界でメカニズムが解明されつつある。とはいえ、漢方薬……。抵抗心はゼロにはなっていない。

同じ病気でも証(その人の状態[体質や体力、症状の現れ方などの個人差]をあらわすもの)が異なれば、処方される漢方薬も異なりますし、自分が飲んでいる漢方薬が、同じ症状の他人には効かない可能性があるのです。もしかしたら、読者の皆さんの中にも、「他人に勧められた漢方薬を飲んでも効果が感じられなかった」という経験をされた方がいらっしゃるかもしれません。また、この証ですが、現代の医学では客観的な指標がないため、西洋医学では理解が難しく、漢方の専門家によっても診断が異なることも少なくないと言います。

なんて記述もある。漢方薬そのものに、ある程度確実とされるロジックのある効果効能が認められていたとしても、同じ症状だからといって万人に通用するわけではなく、誰にどういう漢方薬が合うかはブラックボックスに近いというわけだ。

書籍では、米軍が耳ツボの研究をしている(転じて東洋医学はスゴい)なんていった眉唾モノとも思えるエピソードも取り上げられているし、医療なんてのは日進月歩の世界。さらに、人体のメカニズムすべてが現時点で解明されているわけではない……。それだけに、書かれている「東洋医学のスゴさ」をすべて鵜呑みにしてしまうのは、信頼を寄せているブルーバックスだとしてもどうなのか。

監修に携わる、砂川正隆(昭和大学医学部生理学講座生体制御学部門教授)、伊藤和徳(明治国際医療大学鍼灸学部鍼灸学科教授/鍼灸学部長)、今津嘉宏(藤田医科大学医学部客員講師/芝大門いまづクリニック院長)という人たちがどこまで信用に足るのか。ディープインパクト、オルフェーヴル、キタサンブラックといった並びなのか。それともプレゼンタロウ、ハルウララといった並びなのか。門外漢の俺には検討もつかない。

しかし、しかし。発売から2ヵ月足らずで4刷6万部の売上を記録しながら、専門家から目立った反論が出ていない。ということは、内容に致命的な誤りはないのだろう。俺はひとまずのところ、そんな風な理解で読み終えた。

そして、これまで「なんとなく胡散臭いから信じられない」なんていう、極端な私見で避けがちだった漢方に手を出してみるのも悪くねえかもしれないな、という感想に落ち着いた。

医師への相談はせず、ひとまずこの五苓散を注文した。これで少しでも健康な身体を取り戻せればよいのだが。はたして。

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