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文トレDAY53 22-完成は次のはじまり

プロジェクトが後半にさしかかっていた。
会議の場所は三重の現場に変わっていた。
私は設計後、ベンダー(舞台照明納入施工業者)の立場として現場にいた。TEの時代から6年ほど時間が経過していた。
「アンカー」という言葉すら知らなかった若造が、(文トレDAY41 9- 転職・転職・天職)
今、日本初のライブパフォーマンス施設のプロジェクトに関わっている、それも大役を任されて、建設現場に立っている。「夢のような話だ」でも夢ではなく現実だった。

今日は、アメリカからジョージが進捗状況の検査と定例会議のため現場入りしている。それにあわせ、ケントたちも現場にきていた。

いつものように会議が進行する。会議は、ジョージ、ケント、川村、電気工事施工チームから2人、施主サイドの担当者1名、ゼネコンの設計担当1名、そして私の合計9名。

ケントさんには事前に確認する項目を日本語で共有してあったのでその内容を英語でケントさんが報告する形でスタートする。普通の通訳者なら日本語で伝えたい内容を一つの文章ごとに英語に変換する。そして、ひとことづつ日本語に変換する。
そのため、専門用語が出てきたりすると混乱する、専門用語の概念をアメリカ人、通訳者、日本人とも知っている場合は何の問題もないが、アメリカ人と通訳者がその専門用語の概念を知らない場合、日本人がその専門用語をまた別の専門用語を使って説明することになる。
通訳者がまた別の専門用語をすでに知っているのあれば、わからない専門用語をアメリカ人に説明することができるが、また別の専門用語の概念がない場合は、会話は暗礁に乗り上げる。

それと、日本人の業界人が知っている専門用語の概念と、アメリカ人の業界人が知っている専門用語の概念が微妙に違っていることがよくある。
双方、解った風で会話を続けるとあとで問題が発生する。

ケントさんは、日本人の業界人が持つの舞台照明の専門用語の概念と、アメリカ人の業界人(海外全般)が持つの舞台照明の専門用語の概念を知っている。逆にいうとケントさんがいなければ、会話が成立しない可能性というか、成り立たない。

面白い話がある。電気工事会社からの質問である長さについて質問があったとき、ジョージの答えを6フィートと訳さず、約1間(けん)と翻訳した。尺貫法は建築業界ではもはや過去の話、電気工事会社は慌てて、1間って何ミリ?ですかとケントに質問する場面があった。


山のような打合せ、設計資料、英文の資料と日夜、私は向かい合った。舞台照明の専門知識は、このプロジェクトが始まる前は、皆無に等しかったが、ケントさんやほかのスタッフに教えてもらって何とかなった。

TE時代には、関係しなかった大規模な現場、ゼネコンという言葉は新聞やテレビでしか聞かなかったが、このプロジェクトで初めて共同で作業をさせていただくことになった。痛い思いでもあるが、完成させることができた喜びはそれをいい思いでにさせてくれる。

引き渡しが完了した。

このプロジェクトは私の人生の中で重要な意味を持つことになる。

完成させること、結果を出したという達成感はもちろんあった。



でも、実はそれ以上にこのプロジェクトで得た大切なものがあったのだ。

私の前には、仕事の方法を指示する口やかましい上司はいなかった。
お手本となるロールモデルもいない。
どういうやり方がいいか、自分ですべて考えて、時には人から助言やリソースを受け取り、その形をつくってきた。自分で作るのは、それを知ってる人から教えてもらうのに比べて効率の悪い、時間のかかることなのかも知れない。
しかし、その環境が、私に与えられたことは、宝くじが当たるよりも、もっともっとラッキーなことだったのだ。

当時の私はまだそのことに気づいていなかった。

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