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深夜にトマトソースを煮る

ざくざくざく。ざくざくざく。キッチンのオレンジランプが白い玉ねぎを照らしている。深夜の灯りは境目が暗闇にとけてしまってあやふやだ。
ざくざく、ざく。ざくざくざく。シンクにはザルの中でパセリがぽたぽたと水滴を垂らしている。


困った。困った困った。布団の中で私は静かに困っていた。
ごろんと寝返りひとつうって、枕もとに手を伸ばす。パッとスマホに表示された時刻はさっき見た時から三分も経っていなかった。
困った。全然眠気がやってこない。それもこれも、つい昼寝が過ぎたせいだ。ぽかぽかした春の陽気にそそのかされた。

これはダメだと起き上がり、なにか飲もうと台所へ。体の内側から体温を上げてみてはどうだろう。
麦茶、ミルクたっぷりの紅茶、いっそチャイでもいいかもしれないな。生のショウガはあったかな・・・。
そうして気づけば冷蔵庫を物色している。寝かしつけることが目的だったのに。そしてまた、パセリがしんなり萎れ気味なことに気づいてしまったらもう止められない。
ニンニク。玉ねぎ。パセリ。マッシュルームは無かったからぶなしめじ。 トマト缶。食材を前に腕まくり。

こんな時間からなにを?咎める理性をなだめすかす。まあまあ、 寝付けない時間の有効活用。
まずはニンニク。皮ごとざくんと底面を切り、次いで包丁の側面でパタンと軽く押し潰す。破れめに爪を引っ掛けるとペロンッと剥けて気持ちがいい。
パッパッとカサカサした皮を払落し、粗目のみじんに刻んでいく。プワァン!としたニンニクの香りが指先につく。ふふ、明日顔を洗ったらニンニク臭そう。
ふがふがと小鼻をヒクつかせつつ、たっぷりオリーブオイルを引いたフライパンへ。低温でじわじわ温める間に、玉ねぎのみじん切りに取り掛かる。

ざくっ、ざしゅっ、ストン!これも皮ごと天地を切って、そのまま縦に真っ二つに切り分けて断面から皮を剥く。
外側は乾いて茶色くパリパリだけど、薄緑色から白へと変わるころにはしなやかさが指先から伝わってくる。水分たっぷり、瑞々しさを閉じ込める内部構造。
ざくざく、ざくざく。半玉切ったところで、ころころと転げ落ちる玉ねぎを一旦ボウルに逃がしてやる。
切り口から立ち上る香りがツーン!と沁みて涙がにじむ。眉間はぎゅっとシワがよって、ひどくおっかない顔つきだろうなと思う。
あ、こら、涙腺耐えろ。泣いちゃいけない。泣くと余計に沁みてくるんだから。
ときどき顔を背けつつどうにか刻み終え、じくじくじくっと鳴き始めたフライパンにざざざっと流し込む。ボウルに避けておいた残り半分と合わせたらこんもりした山になった。

じゃああ・・・。火を強めて軽く混ぜ、木べらをフライパンのふちに引っ掛けて、 ニンニクと玉ねぎ臭い手を洗う。
出来心でくんくん嗅いでみると、ツンツンかおる刺激臭。うん、絶対、寝る前にすることじゃないなと再度思う。
じゃああああ・・・。白い玉ねぎの波打ち際では薄黄色のオリーブオイルが寄せては返す。
玉ねぎがうっすら透き通り、心持ちカサが減った頃合いで石づきを取ったしめじを追加。じゃっ、じゃっ、揺すぶるともあっと水蒸気が立ち上った。
この組み合わせ、すごくイタリアンって感じの香りになる。鷹の爪を入れても良かったかも。
しめじが鍋の中でしんなりまとまったら炒めは終了。ぱかっとトマト缶を開け、とろろっと鍋に注ぎ込んだ。

トマトソース、というより、たぶんミネストローネに近いんだろう。ぐつぐつ煮え始めた鍋に思う。
パセリを入れるレシピはあまり聞かないし、マッシュルームだってしめじだって、ゴロゴロ主張が強する。
サラッとした、上等なケチャップソースのような、和風で言えばかつお出汁みたいな、なんにでも汎用がきく味わいとは全く違うけど、個人的にはトマトソースといえばパセリときのこ入りが王道だ。
というか、トマトソースの料理にはたいてい入れているから、ソースの段階から入れてしまうというだけの話になるかもしれない。
なんというか、出汁?が出る。気がしている。

フライパンを気にしつつ、ざくざくパセリを刻むと青く爽やかな香りがした。そのままで少し齧ってみると香りそのままの青さと爽やかさ、そしてほろ苦さ。
そもそもフレッシュパセリは、栄養もあるし風味もいいし、かなり重宝する食材の一つ。
タルタルソースや卵サンドに加えればグリーンが鮮やかできれいだし、歯ごたえも増しておいしくなる。
ミキサーにかけてパセリソースにするとジェノベーゼのようで魚料理によく合うけれど、さすがに夜更けに騒音は憚られた。
トマトの塊を木べらでつぶし、全体が馴染んで少し水分が飛んだところで 細かく刻んだパセリを投入。 ぽこぽこ泡立る真っ赤なトマトの海に濃緑のかけらが沈んでいく。
あとは塩コショウで整えておしまい。よし、できた。このまま鍋ごとゆっくり冷まし、朝になったら保存容器に詰め替えよう。
さ、洗い物をして、台所を片付けて・・・。

・・・とはすんなりいかず。出来立ての誘惑に負け、半枚だけと言い訳しつつトーストを焼く。お供はインスタントコーヒー、すご~く薄めに入れて、たっぷりのミルクで飲み頃に冷ましたもの。
こんがり強めに焦げ目をつけたトーストに、灼熱の湯気に気を付けながらトマトソースをたっぷり盛り付けて、ざくっ。
あちちっ!表面を滑り落ちてきたしめじが口に飛び込んできて一人で悶絶する。つるっとしたしめじは時として凶器になるから油断ならない。もがきながらどうにか奥歯で噛んで捕まえて、改めてトーストにかぶりつく。
ほわわっと抜けるニンニクの香り。トマトの酸味は角が取れて、火の通ったパセリは青さが飛んで、玉ねぎの甘みとしめじのうまみ。
サクッとしたトーストの表面にじゅわ~っと染み込み、香ばしさと柔らかさを絶妙に両立している。うんうん。たいへんおいしい。特に角のカリカリが格別の味わい。

深夜の夜食にふさわしいような気がして、台所で立ったままでもぐもぐ食べる。回したままの換気扇がブロロロロ・・・と低くうなっている。
こういう妖怪か都市伝説、探せば出てきそうな気がする。妖怪、小腹ヘリ。悪さは特にしな、いいや、ダイエットの宿敵なのは間違いない。
まあそれはそれとして。明日はこのトマトソースで、鶏肉でも焼こうか、それとも具材を足してちゃんとピザトーストにしようか。ベーコンを追加してスパゲッティにしてもいい。

たまにはこんな夜もある。おいしい、への下ごしらえ。