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レイキとスピリチュアル

前回の「レイキは宗教か?」では、レイキと宗教はまったく違うという話をしました。
しかし、「五戒」の説明でも書いたように、悟りがどうのこうのという話は、どう考えてもスピリチュアル的です。
なので、レイキとスピリチュアルの関係を説明しておきます。

スピリチュアルとは何か?

そもそもスピリチュアルとは何かという問題があります。
Wikipediaには、以下のように書いてあります。

英語のスピリチュアル(英: spiritual)は、ラテン語の spiritusに由来するキリスト教用語で、霊的であること、霊魂に関するさま[1]。英語では、宗教的・精神的な物事、教会に関する事柄、または、神の、聖霊の、霊の、魂の、精神の、超自然的な、神聖な、教会の、などを意味する[2]。キリシタン用語としては、ポルトガル語読みでスピリツアル、すぴりつあると表記される[1]。

キーワードは、霊的、霊魂に関すること、超自然的な、などですね。
キリスト教が大前提の社会では、教会に関する事柄もスピリチュアルと表現されるそうですが、日本では一般的ではないでしょう。

こうしてみると、超自然的で霊魂に関することを語るのなら、スピリチュアルと言えそうですね。
そういう意味であれば、レイキはまさにスピリチュアルでしょう。

手から目に見えない氣(靈氣)が出て、それで病気や怪我が癒えるだなんて、今の科学からすれば超自然的です。
それに、「なぜ遠隔ヒーリングができるのか?」で遠隔ができる理由を書きましたが、すべての本質はエネルギーであり、エネルギーには時空の概念がないからです。
魂もまた、生命エネルギーそのものと言われます。だから時空を超えて感応することができます。
レイキは、スピリチュアルであるからこそ成り立っているのです。

レイキとはどんなものか?

レイキがどんなものかは、前にも紹介した「公開伝授説明」の中で臼井氏がこう語っています。

「私が多年辛苦錬終に霊秘を感得したる、霊と肉とを救うべき法術であります。」

また、これは心霊療法かという質問に対しては、こう答えています。

「然り、心霊的療法とも謂うことが出来ますが、多くは物質的療法とも謂うことが出来ます。其訳は術者の身体の何れの処よりも気と光を放射します。殊に目、口、手より多く発現します。故に患部を二三分凝視しますか、呼気を吹き掛けますか、手で撫でますか致しますと、歯痛、疝痛、胃腸病、神経痛、乳腫、打身、切疵、火傷、其他腫れ痛むが如きに立所に痛みをさり、腫れがひきます。併し個疾はそうも参りませぬ。幾回かの治療を要しますが其の個疾と雖も一回の治療で効果を覚えます。」

なぜ物質的療法と言うかと言えば、ただ念じているだけではなく、実際に手を当てて、そこから光を放射しているからです。
その光(氣)は、人間の体全体から出ているものですが、特に目や口や手から多く出るとしています。

ではこれが、長年修行した臼井氏だけの法術かと言えば、そうではないと言われています。

否々萬物生を享けたる者は何万でも天恵として治療の霊能を備えて居るものです。草木禽獣魚虫皆然りでありますが、殊に人間は万物の霊長でありますから、一層著しく発現するものであります。それを具体化したものが臼井霊気療法として世に顕れたものです。

つまり、生命というだけで「治療の霊能を備えている」のです。
特に万物の霊長である人間は、著しくそれが発現するのですから、誰でもレイキができて当然なのです。

前に紹介した「手の妙用」の吉田氏は、次のように言っています。

「自然の大慈悲たることを身をもって証明するものが、これから説く「手当療法」である。ほとんどどんな病気も手で診断ができ、同時に治療ができる。しかも自分に与えられているこの二本の手がそれであることを知ると、大自然のありがたさが、自分自身で知りうるのである。
 人生は信仰でいっさいが解決されるということは決してウソではないのである。」(p.48 - 49)

手当て療法ができるのは、大自然の摂理であるということです。
そして、そういうことができるということから、宇宙は一体化した生命であり、生命は光だという結論を導き出しています。

「してみると、光が万物の根源ということになる。
(中略)
 二つの生命ある細胞が合して、一つの生命となった。それは個体であると同時に波動である。
 その根源は何かと追求してゆけば、源は光であるということになる。光が生命の根源となり、光が生命であるということができる。」(p.68)

このように、レイキの本質を追求していくと、生命の根源にまで行き着くことになります。
ですから、レイキはスピリチュアルだと言えるのです。

人間はスピリチュアルな存在

そもそも人間は霊的(スピリチュアル)な存在だと言えます。
そう言わないと、説明できないことが多々あるからです。

思考はどこにあるのかと問われても、上手く説明できません。
脳の機能だとも言えますが、脳が仮死状態にあった時でさえ、思考が働いていたことを脳神経学者が自らの体験で語っています。
興味のある方は、「プルーフ・オブ・ヘヴン」をお読みください。
他にも臨死体験の報告は多数あります。精神の働きを脳の機能とは言い切れないのです。

また、心はどこにあるかと問うと、たいていの人は胸に手を当てます。
どうして頭ではなく、胸なのでしょう?
英語では、心臓も心も同じハートです。

感情は、ハートで感じると言います。
精神(理性)が司る思考と、感じる感情は別物だと感じているのですね。
私が推奨している「神との対話」では、こう言っています。

「感情は、魂の言葉だ。」(p.15)

私たちを霊的な存在だと考えると、これまでの人間活動の多くが納得しやすくなります。
宗教的な活動も、人間が霊的な存在であることが前提です。
悟りを得ようとする精神活動も、また同様です。

なぜ人間はレイキができるのかという問いも、霊的な存在であることを前提にすれば理解しやすくなります。
私はここで、それを前提として書いてきましたが、もしその前提がないとすれば、多くのことが説明不能になります。

信じるかどうかは人それぞれですが、私は、霊的な存在であることを前提とした方が、生きやすくなると思っています。
それは、もう1つの活動である「幸せ実践塾」でも同様です。

絶対的な真実を探そうとするのではなく、自分自身の真実を探すことです。
どう考えれば自分が最もしっくりくるのか。
それを絶対的なものと考えず、自分のものとすればよいのだと思います。


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さすが!見る目がありますね。(キラン!)
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こんにちは! レイキ療法師のアカさん(赤木 篤)です。 レイキは、日本発祥のヒーリング手法ですが、欧米に広がっています。 私は、日本伝統の靈氣と西洋レイキの両方を学び、今はナチュラルレイキというものを考案して、それを広めています。
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