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アフロばばあ 2話「怨み」 

目からあめちゃんをだして、頭をかじりにくるアフロばばあの話です。2話から読んでも大丈夫な内容です。

1話はこちら
https://note.com/natukuma/n/n01491021dd02

【あらすじ】
化け物が棲むと言われる、通称「怪物トンネル」で頭をかじられた女性遺体が見つかる。そこには、縮れ髪の中年女「アフロばばあ」がいたようで……。

2話「怨み」はここから

 帰る用意はできているのに、柏木奈々はその場を動けなかった。ファスト出版編集部は、不夜城だ。

といっても本日残っているのは、編集長の龍崎だけだった。

奥さんが実家に帰って以来、家に戻るのが苦痛なようだ。毒舌だが、案外センチメンタルなのかもしれない。

 奈々はここでゴシップ紙のライターをしている。政治、芸能、UMAネタから、犯罪系まで、あらゆるジャンルを扱う。新卒で入って13年になる。そろそろ転職をと思うが、居心地の良さから何となく続けている。

 それに恩もあった。入社してすぐに当時の彼氏との間に子どもができた。そのころにはもう堕胎できない週数まで育っていた。産むことを決意したら、彼氏と連絡がつかなくなった。

 ファスト出版のメンバーは、当時の奈々を全て受け入れてくれた。産休・育休だけではなく、復帰してからも何かと気に掛けてくれている。破綻した元恋人よりも近くの他人の方が、余程、頼りになることを知った。

「仕事終わったらとっとと帰れよ。チビに恨まれたくないからな」

 そう言うと龍崎は大きく伸びをして、事務の佐藤春美が持ってきたおにぎりにかぶりついた。

 編集長は、春美ママのおにぎりが大好きだ。春美は、制作部がいそがしくなると、一旦帰社してから簡単な差し入れを持ってきてくれる。30代独身なのに、他のメンバーからは春美ママと慕われている。春美メシは会社の文化になりつつあるのだ。

「編集長はまだかかりますか」
「ん? なんだ」

 もう口にはタバコをくわえていた。おにぎりを食べたら、1秒でも早くバルコニーに出て吸いたいようだ。

「帰らないかなと、思って」
「またアレか? 昨日も駅まで送ったじゃんよ。誰もつけてる感じなかったよ? 気のせいだって」

「でも外にいるとき、いつも誰かにつけられてる気がするんです。終わるまで待ってますから。駅がとなりのよしみということで」

 奈々はバッグを置き、再度席についた。編集長は大きなため息を吐き「わかったよ、じゃあ一服してからな」とひどく嫌な顔をした。 

 数日前から、外に出た途端、視線を感じるようになった。ちょうど、怪物トンネルで事件があって、1週間経ったころだろうか。

 最初に違和感を覚えたのは、会社帰りにコンビニで、ひとり息子の一樹に頼まれていたアニメキャラクターのシール入りチョコを購入したときだった。店内に人はいないのに、顔を見られている気がした。振り返ると、スナック菓子がきちんと陳列されているだけ。相変わらず店内の客は、奈々ひとりだけだった。

 しかし執拗に見られている感覚が消えず、顔がじりじりと熱くなっていく気がした。店の外に視線をうつしても、コンビニ前のむきだしの駐車場、その先の樹木が見えるだけで、人影は確認できなかった。その日、恐怖のため早々と買い物を済ませ、一緒に住む母と電話で話しながら帰宅した。それ以来、なるべく会社の人と帰るようにしている。

 編集長を待って一緒に会社をでた。
 藍色の空はどこまでも暗く、星一つ見えない。月明かりくらいあれば、少しは気持ちも晴れるのに。

 編集長は、奈々より少し前を歩きだし、キョロキョロと周囲を伺う。このエリアはお洒落なカフェなどがところどころにあるので、休日の昼間はとても賑やかだ。しかし夜になると、人っこひとりいなくなる。緩やかな橋村川の流れる音が聞こえるだけだ。

「怪しい車もねえし、平気だろう。行くぞ」

 路地からでて川沿いを真っ直ぐ歩きだす。

「編集長、そういえば怪物トンネルの事件追ってましたよね。進展あったんですか」
「ねえよ。例のアカウントに連絡入れてみたけど返事なし」

 化け物トンネル事件が起こった3日後、突如SNSにピノキオのイラストを使用しているアイコンのアカウントが誕生した。

 【怪物トンネル事件の犯人を探しています。もしかしたら「アフロヘアのばばあ」が犯人を知っているかもしれません。橋村市近辺に出没するアフロヘアの中年女性の情報を教えてください】

という謎の投稿が話題となった。

 瞬く間に「アフロばばあ」は、トレンド入り。アフロヘアの女性はこぞって「私アフロだけど、殺してません」と投稿。アフロヘアのインフルエンサーには殺害予告が届く騒ぎとなった。アカウントは半日もしないうちに閉鎖された。

「橋村市の言い伝えによると、怪物トンネルには昔から顔の大きい怪物の話がある」
「知ってます。トンネルには化け物が棲んでいて、眼が合うと斧を持って追ってくるとか、振り向くと化け物がついてくるとか」
「もう一つあるんだとさ」

 龍崎が橋村市に先祖代々住んでいる人に以前、ツチノコの取材で話をしたことがあったそうだ。そのときに怪物トンネル付近には顔と体の大きい幽霊がいるが、人はその幽霊を見ると「怪物」だと思うので、悲しくなって人を殺すようになった……という伝説が残っているらしい。

「幽霊と怪物は違うから、間違って見られることに悲しんでいるということでしょうか」
「幽霊は死者、怪物は死んでいるとは限らんからな。そして、幽霊はなぜか細くてはかないイメージだ」
「ルッキズム……」
「幽霊になっても、なお外見でとやかか言われるなんて、切ないよな」

 駅に近づくにつれ、人の姿がぽつぽつと見えるようになってくる。駅の向こうには飲食店が多くあるので、酔っ払ったおじさんの姿もあった。中には段ボールを持って「祈りましょう」と繰りかえす中年男性の姿もあり、そこだけが時を忘れたかのような独特のリズムを刻んでいた。龍崎と奈々は「祈りましょう」おじさんを優しく避けながら、駅構内へと入っていく。

 終電間近なので電車は混んでいた。
 龍崎は最寄り駅に着くと、電車から降りる際、奈々にタブレット型のミントを手渡した。それは奈々がいつも食べているものと同じだ。

「俺には辛すぎる。じゃあ、明日な!」

 ドアが閉まった。奈々は思わず笑いながら、タブレット型ミントをパーカーの腹部にあるポケットにしまった。一駅揺られ、最寄りの橋村駅で降りる。駅周辺には飲食店は多いが、少し歩くと薄暗い通りになる。奈々はケータイをしているフリをして、足早に歩きだした。

 しばらくすると、背後から足音が聴こえてきた。やはり付けられていたのか。

 悪寒がせり上がってくる。
 奈々の歩く速度に合わせて、足音も速くなる。シャカシャカと衣がこすれる音がする。カーブを曲がると、壁に落書きが描かれている薄汚い壁の前を進んでいく。

 シャカシャカシャカシャカ。

 音が速くなっていく。このままでは家が知られてしまう。奈々は、普段使わない路地に入り、走った。何個目かの角を曲がり、咄嗟に右側にあった建物に飛び込んだ。

 橋崎医院と書かれた看板は、傾き扉は半分壊されていた。傾いた扉の内側に身を潜める。床に手をつけると、ぐにゅっと柔らかく薄気味悪い感触がした。恐る恐る見ると、使用済みのコンドームがしばられて放置されていた。思わず放り投げる。

 カウンターの横には、待合室があり、さらに奥には診察室があった。床には患者が履いていたであろうスリッパが無造作に放置され、その横にビール缶が転がっていた。

 不意に、扉がギイギイと音を立て、動いた。きっと隙間風。そうに決まっている……心の中で繰り返した。ギイギイ……再び扉が動く。

 胸の内側から、さざ波がわいた。消えずにくすぶり、嗚咽がでそうだった。

 外で木々が騒ぐ音がする。ふたたび、どこかの扉の開く音がした。奈々は入ってきた扉から飛びだそうとした。だが足音が近づいてくる。

 慌てて四つん這いでカウンターの裏側にまわった。

「ひゃあ!」

 テーブルに何かが横たわっている。人に見えた。が、よく見ると骸骨だった。奈々は再び叫びそうになり、自分の口を塞ぐ。きっと模型に決まっている。そうに決まっている……。自分に言い聞かせながら、カウンター下部におでこを押しつけた。

 ドアの開く音がした。
 何者かが入ってくる。
 鼻歌が聴こえてくる。とてもゆっくりゆっくり。

 一つひとつの音に目があるかのように、その音は用心深く闇に溶け込んでいく。ゆっくりすぎてよくわからないが聴いたことのあるフレーズだが、思い出せない。しかし確実に近づいてくるのは、わかる。

 奈々は目を瞑り、極力小さくなった。
 足音は奈々の前のカウンターで止まった。自分の呼吸音が煩わしい。テーブルの上の横たわる骸骨らしき物体に同化するイメージで呼吸していくが、そう思えば思うほど心臓音が大きくなっていく。

 鼻歌はカウンターの前から聴こえる。ゆっくりゆっくり。調子外れだがディズニーソングのような気がする。少しだけ高音部にうつり、低音部にいくと鼻歌はもう唸り声として、闇に響き、静かになった。

 どれくらいそうしていただろうか。しばらくすると、足音は再びドアのほうに向かい聴こえなくなった。

 奈々はじっとしたまま、耳を澄ます。やはり足音は消えていた。 

 奈々は安堵の息を吐き、ゆっくりと顔を上げカウンターから目を覗かせた。

 目の前が、真っ黒になっていた。
 顔を上げる。黒いティーシャツ姿のおばさんが立っていた。ボサボサの頭からなのか、くぐもった臭気が漂ってくる。

「よくも、アフロばばあ!」

 女はそう言うとカウンターに飛び乗り、奈々の髪の毛わしづかみにし、振り回したかと思うと、ボールのように蹴った。奈々はテーブルに頭をぶつけ、床に倒れた。女は床に降りると持っていたナイフを振り上げた。

「やめて!」

 奈々は女を蹴飛ばし、夢中で立ち上がりドアのほうへ走った。

 女は叫びながら奈々のパーカーの帽子部分を引っ張り、正面に回り込む。そして思い切り、奈々の腹部にナイフを突き刺した。
 奈々はその場に倒れ、目の前が真っ暗になった。

***

 目を開くと、編集長がいた。奈々は周囲を見回す。白い壁、白い天井、点滴。ベッドのまわりにはカーテンがめぐり、隙間から別のベッドが見えた。どうやらここは、病院のようだ。

「きゃあ!」

 病院という単語で、先程の記憶が鮮明に蘇ってくる。奈々は布団を頭から被り、パニックになった。

「どうした、柏木。安心しろ。ここは国立セントラル総合病院だ。ほら、深呼吸、深呼吸」

 編集長と一緒に深呼吸をする。周囲を見渡す。白くて清潔感のある病室。床には酒缶もコンドームも落ちていない。それに窓からは陽光が注いでいた。

「さっき先生も呼んでおいたから、もうじき来るはずだ」
「すみません……」
「何言ってんだ。俺こそ、悪かった。きちんと家まで届けるべきだった。申し訳ない」
 編集長は立ち上がり、頭を深々と下げた。
「そんな、頭を上げてください。編集長は何も悪くありません。それより……」
 と言いかけたときに、病室の扉が開き医者と看護師が入ってきた。

「また夕方にくるから。あ、お母さんとても心配してたぞ。さっきまで居たけど、一樹君が熱をだしてるらしくて戻っていった。多分明日またくると思うぞ。じゃ!」

 そういうと編集長は出ていった。
 しばらく検査や警察からの事情聴取が続き、落ち着いたのは夕方になってからだった。医者によると、腹部を刺されたが、ちょうど編集長がくれたタブレット型ミントケースに刃先が少し当たったことで力が緩和され、致命傷に至らなかったそうだ。

 ちなみに犯人の女は、その場で逮捕された。なぜ狙われたのか、それはまだ分からないとして警察は教えてくれなかった。

 ひとりになったとたん、疲れがふきだしてくる。知らぬうちに、うとうとと寝てしまった。

 目を醒ますと、鬼の形相をした男の顔があった。

※3話へ続く→少々お待ちください。


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