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野生に帰る

 ジョニー・コーガンは友人ロバート・サンダースに常々こう言っていた。

「人間はいつか野生に帰るのさ」

 ロバートはこれがただの気取った戯言でないのを薄々勘づいていた。

 サバンナは俺たちの遠い故郷さ。

 最後にそんな言葉を友に残してジョニーは街から消えた。

 ジョニー。ロバートは街を去った友人を思い浮かべてこう呟く。

「友よ。お前は野生に帰れたかい?」


 その数年後、ロバート・サンダースはアフリカ中部の某国のプロジェクトに抜擢された。

 ロバートこの辞令に大喜びし妻のキャッシーに思いっきりキスをした。

「全く俺はどうなっちまったんだ。思いがけぬ抜擢。しかも懐かしの友がいるアフリカ。いや、勿論君もいる」

「ハニー、友っていつも話してくれるジョニーの事?野生に帰るためにサバンナに行ったっていう」

 ロバートは頷きジョニーを思い出す。キャッシーに野生に生きるタフアイツをみせてやりたい。俺たち夢そのもののような。


 都会から離れたらそこにはサバンナが広がっていた。ロバートとキャッシーはボロボロのレンタカーで道なき道を進む。

 転がるバッファローの死体。こちらを睨む原野の百獣の王。運転中のロバートはそれらを見て震えた。

 ジョニー、生きているのかい?まさか君もあのバッファローみたいになっていないだろうね。

 だんだん陽が沈んでいく中車は激しく音を立てて進む。ろくに走らないオンボロ車。全く大失敗だぜ。

 ジョニー、どこにいるんだい?俺だよロバートだよ。今日は俺のワイフを連れてきたんだ。彼女もお前に夢中だぜ。

 ロバートはキャッシーを見た。しかし彼女は彼を見ずに目を剥いて真後ろを見つめている。

「見てロバート!槍持った猿が全速力でこっちにやってくるわ!」

「なんだって?」

 確かにそうだ。いや違う。ロバートは薄暗くなってきたサバンナを目を凝らしてみる。

 猿は確かに全速力で走っているが、その猿の後ろをライオンが追っかけいる。

「キャッシー!大変だ。ライオンが猿を追っかけてやがる。下手したら俺たちも危ない。アクセルを全開にするぞ」

「ダメよロバート。そんなことしたらあのベイビーはライオンの餌食よ!一旦速度を緩めてベイビーを車の上に乗せてあげて」

 動物好きのキャッシー。ハニーわかったよ。乗せていくさ。

 ロバートはアクセルを緩めた。それを見た猿が全速力で車の上に飛び乗る。いい子だベイビー落ちるなよ!

 激しく唸るエンジン。その音に僅かに怯む百獣の王。ベイビー、お前のまんまおあづけさ。ロバートは全速力でライオンを振り切った。

 ロバートは街が見えてきたところで車を止めた。するとキャッシーはすぐさま車から飛び出して車の上の猿を抱きしめる。

「オーベイビー!怖かったわよね〜」

 キャッシーは運転席のロバートに猿を見せにくる。猿は無邪気にキャッシーの豊満な乳房を揉んでいる。

 キャッシーは猿のイタズラにノーと言って軽く叩くジェスチャーをする。すると猿は気まずそうにロバートを見つめて口を窄めた。

 口を窄めた猿を見てロバート何故かジョニーを思い出した。チッなんで猿見て友達の事思い出すんだ?

「そろそろ猿を離せよ。今日の捜索はやめだ。ジョニーの捜索は次の休みにしよう」

 キスをせがんでいた猿はジョニーという名前を聞いた途端ピクリとふるえた。

 ロバートはその震えを見て愕然とした。猿怯えたような顔。アフリカに行く時、未知の世界への旅立ちに怯えるジョニーの顔にそっくりだった。

「おいジョニー」

 とロバートは思わず猿を呼んだ。すると猿はジョニーと聞くなり浮気の現場を見られた間男みたいにプルプル震え出した。

「お前まさか……」

「ロバート!ベイビーを友達の名前で呼ぶなんてどういうつもり?ベイビーわけがわからなくて怖がっているわよ」

「いやただの気の迷いさ。さぁもうその猿を置いて街に帰ろう」

「ねぇロバート。このベイビーうちで飼わない?あなたさっきベイビーをジョニーって呼んだわよね?私このベイビーが彼の生まれ変わりのような気がしてきたの」

 キャッシーの言葉を聞いてロバートは背筋が寒くなった。彼はキャッシーから猿を無理矢理引き剥がして地べたに下ろした。猿はイヤイヤ言って噛みつこうとするが知ったこっちゃない。


「ねぇロバート。またサバンナ来る?」

「いや、やっぱりサバンナは危険だしこんな冒険は何度も出来るもんじゃない。それにもうジョニーは……」

 キャッシーはロバートの複雑すぎる表情を見て涙を流した。


 夕闇の中街へと車を走らせている中ロバートはふと昔の親友の言葉を思い出した。

「人間はいつか野生に帰るのさ」

 ロバートは人間だった頃の友人の顔を思い浮かべてこう突っ込んだ。

「お前野生に帰りすぎだろ!」


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