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オールヌード

 画家澄川透は筆を置くと満足した表情でモデルの葛城エリカに絵が描き終わったことを告げた。葛城はホッとしたように姿勢を崩す。毎日の拘束からようやく開放されたのだ。半年間よくやってこれたと自分でも思う。毎日五時間ずっと同じポーズでいるのは、なまじ肉体労働などより遥かにきついものだ。だがそんなことも現代最高の超写実画家澄川透に描いてもらえる喜びに比べたら何ほどのことでもなかった。自分は今芸術の誕生の現場に立ち会っているとゆう喜び。それに比べたら同じポーズでいることぐらい何だというのか。彼女は澄川を見た。澄川もようやく作品を仕上げた喜びに安堵の表情を浮かべている。彼は葛城を見て笑顔でこういった。

「最高のオールヌードが描けたよ」

 葛城は完成した作品が見たかった。なんといっても彼女はある意味この作品の共作者でもあるのだ。澄川はモデルとしてやってきた彼女を最初は普通にヌードにして描いた。しかし彼は何度葛城のヌードを描いてもインスピレーションを得ることが出来なかった。何度も挑戦してダメだったので他のモデルに変えることも考えたが、思いつきで彼女に服を着させたままデッサンをして描いてみたら、不思議とどんどんインスピレーションが湧いてくるではないか。彼は早速筆をとりインスピレーションの赴くままに葛城を描いた。描いてるうちに彼の視線は葛城の奥底まで見通した。超写実主義とは写真のように目の前の対象をそっくりそのまま写せばいいというものではない。写真よりもさらに対象の奥深くを見透し、目をレントゲンより遥かに研ぎ澄ませなければならない。彼はその目で対象の裏側まで見通し、そして視覚で感知した現象を全て現すのだ。モデルの葛城エリカはそんな澄川のレントゲン以上に貫くような視線を感じ、その画家の視線に応えるために大理石のように静止し時間まで止めた。

彼女は立ち上がって背伸びをするとゆっくり澄川の下に近づきイーゼルにかけられた自らの裸婦画を見た。

「ぎゃああああああああああああああ!!!!! 何なのこれ! これが私だっていうの?」

 葛城エリカは絵を見た途端大絶叫した。彼女は目をひん剥き歯をむき出しにして叫びちらしている。澄川はそんな彼女に言った。

「何がなんなのこれだ。人の一世一代の最高傑作を。どう見ても君じゃないか! この髪の毛。この歯の並び。このシリコンが入った鼻筋。そしてそれらを覆う頭蓋骨。それに胸のシリコン。整脈。動脈。臓器。神経。私は君の細部に渡るまで描き尽くした。私の絵はとうとうレントゲンを超えてミクロの領域にまで達した。君に礼を言うよ。君のおかげで私はやっと超写実絵画を極めたんだ!」

「ふざけんな! こんなもののために毎日五時間も無駄にしてたのかよ! 私の時間を返せ!」

「何、時間を返せだと! 何を分けのわからないことを言ってるんだ! はて時間……。そうだ時間といえば私は君を描いているうちに大変なことに気づいてしまったんだ。君、ちょっとこの胃の辺りを見てみたまえ。描いてる間は君の気を悪くしないように黙っていたんだが、君どうやら胃に腫瘍が出来ているみたいだぞ。最初描いてる時は小さい腫瘍だったんだけど、今じゃこんなにデカくなってる。こりゃ多分癌だ。しかも末期だ。もう残された時間はないぞ! いいから早く病院に行き給え!」

「お前なんか死んでしまえ!」


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