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ラストフレンズ 〜永遠の友情

 窓からは燦々と太陽が輝いていた。天気予報によると今日も四十度近くまで上がるらしい。恐らく外は目玉焼きが出来るほどの炎天下なのだろう。正広はベッドに寝ている拓也に向かってカーテン閉めようかと声をかけた。だが拓也は首を横に振った。

「でも日光直接当たってるじゃん。眩しいだろ」

「いや、いいよ。俺もう少しこの光を感じていたい。だっていつ見れなくなるかわからねえもん」

 拓也の言葉を聞いて正弘は悲しくなった。ここは病院である。そして友人の拓也は今その病院で最期の時を迎えようとしている。

「そんなに悲しむなよ。俺はこれを定めって思っているんだ。死ぬその時まで生き尽くしてやるさ。だけど不思議なんだ。もうすぐ死ぬってのに、いやそうだからか妙に調子がいいんだ。多分これも死の前の打ち上げ花火みたいなもんなんだろうけど」

 そう言うと拓也は微笑んだ。正弘は目の前の拓也を見て居た堪れなくなって顔を背けた。あの美青年ぶりが嘘のような痩け切った顔。死相が出ているなんてもんじゃないデスマスクそのものだ。その哀れにも程がある顔を見ていると涙が出てきた。

「ご、ごめん、泣いちまって。辛いのはお前なのに」

「いいさ、俺だってお前に申し訳ないと思っているんだ。たった一人の親友をおいて去るなんてさ。……なぁ、俺もうこれからはこんな風に話すこと出来なくなるかもしれないから、お前に俺のことを全て話したいんだ。多分これが俺のラストメッセージだと思うんだ。だから聞いてくれないか?」

「いいさ」と正弘は答えた。拓也は親友の言葉に照れたように笑った。そして彼は話し出したのだった。

 拓也の告白は衝撃的なものだった。あまりにも衝撃的過ぎて脳が休息を求めるほどだった。正弘は友人の話を全て聞かなければという責任感と脳に休息を与えたいという思いで激しく葛藤した。その葛藤の果てに正弘は暗闇に落ちてしまった。

「おい正弘!何寝てるんだよ!俺の話はまだ始まったばかりだぞ!全くお前は昔からそうだよな。大事な時にいつも大ボケかますんだから」

「あっ、悪い悪い」と寝ぼけ眼の正弘は目をパチクリさせて謝った。正弘はその時空が真っ暗になっている事に気づいた。もう夜なのだ。だが拓也の話はまだまだ続くようだった。そうだよな、コイツの一生分の話だもんな。聞いてやるさ、お前が満足するまでな。正弘は今度は寝ないぞと心に決めて友人の話に集中した。

 時計が日にちを越え、太陽が再び登っても拓也はまだ喋っていた。正弘は時に激昂して身を振り乱して自分を語る友人の姿を見て胸が痛むのを感じた。だがそれ以上に辛かったのはどうしても睡魔の誘惑に負けてしまう事だった。正弘は拓也に何度となく怒られた。彼がちょっとウトウトすると点滴の針でプスリとやられた。正弘は拓也の点滴の針の跡が生々しい腕を見て大丈夫かと心配したが、拓也は昨日の死にかけぶりが嘘のように生き生きしていた。逆に自分の方が参ってしまいそうだった。

 その心配は見事に当たった。一週間ずっと病室に缶詰状態で拓也の自分語りを聞いていた正弘はとうとうぶっ倒れてしまったのだ。拓也は友人がぶっ倒れたのに慌ててベッドに備え付けのボタンで看護師を呼びそして自分の部屋に正弘を入院させてくれと頼んだのだった。

「これでずっと俺たち一緒だな」と拓也は痩せこけ切ったベッドで息も絶え絶えの正弘に言った。

「まだ俺の話は終わらないぜ。次は俺が小学校に入ってからの出来事だ……」

 こうして正弘は友人と二十四時間ずっと一緒に過ごす事になった。いつの間にか死にかけっぷりが嘘のように健康になった拓也はとても喜んで「やっぱり俺たちは友情で深く結ばれているんだな」とはしゃいでいた。だが正弘はとんでもなく嫌な予感がした。みるみるうちに痩せてゆく体。まるで一週間前の拓也のようだ。そうして一か月ぐらい経った頃、医師が正弘に向かって余命一週間を告げた。それをそばで聞いていた拓也は友人のために深く悲しみ、一刻も早く自分の物語を語り終えねばと眠っていた正弘を点滴針で何度もブッ刺してごめんなと謝りながら自分語りをしまくった。

 正弘は自分に下された宣告といつまで経っても自分語りをやめない拓也にブチ切れてこう叫んだ。

「お前一体いつ死ぬんだよ!死ぬ死ぬ言ってるくせに全然死なねえじゃねえか!」

 拓也は正弘に自分の話を邪魔された事にあったまにきた。せっかくお前のためにこんな命懸けで話してやっているのに。ああ!むかつくわ!拓也は正弘を点滴針で針千本してこう叫んだ。

「やかましいボケ!黙って俺の話聞け!俺はお前が天国に行くまでに全部語らなあかんのやぞ!」

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