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春眠暁を覚えず

 もう夏になろうとしているのに体はまだ春のままだった。春は目覚めの季節であると同時に睡眠の季節だ。人は生きるために目覚め、生きるために眠る。人生の半分は寝て過ごしているわけだ。睡眠は危険な誘惑だ。迂闊に寝入ったらいつのまにか時間をごっそり取られる。

 春生は彼女と公園の芝生に座って喋っていたが、喋っている最中についウトウトと寝てしまった。完全に熟睡した春生はとても楽しい夢を見た。彼女との結婚式。新婚旅行と初夜。子供の妊娠と誕生。子供の成長。春生は走馬燈のように現れては消えるこれらの場面を見て、自分たちもいづれこの夢のようになるんだと心が熱くなった。

 だが春生は突然の息苦しさと猛烈な痛みに驚いて目を覚ました。するとそこに老婆と見知らぬ連中が自分を見て泣いているではないか。

「おぢいちゃん!死なないで!」

 春生は何がなんだかわからなかったが、泣いている老婆の顔を見てビクッとなった。まさかお前は!

「ああ!あの思い出の公園に行けなくなるなんて辛いわ!さよならあなた!あなたと過ごした70年間一生忘れないわ!あなたもう少しで私も行くから待っていてね!」

「お父さん、私たちも絶対に忘れない!」

「おぢいちゃん、私たちも絶対に忘れない!」

「ああ!患者さんの脈拍がだんだん遅くなってきた。もう少しでご臨終か。皆さん患者さんが無事に三途の川を渡れるように念仏を唱えましょう」

 春生はあっという間に変わり果てた彼女と完全に知らない中年の男女とその子供らしき学生の男女を見て春眠暁を覚えずという言葉を思い出した。自分はあのまさにあの中国の故事のような状況になっていた。しかしなんで高校生から一瞬で老人になるんだよ!おかしいだろ!だが人生とは長いようで短い。寝ていたら一瞬で時は流れてしまう。悔やんでも泣いても失った時は戻ってこない。春生は寝ながら一生を過ごした事を恨んで叫んだ。

「まだ死にたくないよぉ!ていうか寝る前に戻りたいよぉ!」

 だがそれは不可能というものであった。寝過ごした時間は取り戻すことは出来ない。人生においては寝坊し遅刻してタイムカードに細工して時間内に間に合ったなんて小細工は出来ない。人生は短くも長い。それをどう使うかは本人次第だ。毎日の生活の中でプランを立てて限られた時間を有効に使うこと。それが人生を生きるという事だ。

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