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上京

上京してもろくなことはないと父は言った。東京なんてロクでもないところだ。俺も若い頃は夢を見て東京に出たもんさ。だけど見なよ。俺は東京に出たせいでせりにかけられて食われるところだったんだぞ。当時は築地市場だったっけ。東京に出た俺はすぐに捕まってそこに閉じ込められたんだ。それから俺はせりにかけられたんだけど、間一髪のところで助かった。市場のオヤジの手が滑ったんだ。俺はそのまま海に逃げたね。だけど逃げられたはいいものの、足を二本無くしちまった。おかげで俺はヤクザと間違われちまう。俺はヤクザじゃなくて芸人になりたかったんだ。昔たこ八郎って芸人がいただろ? あんなふうになりたかった。アイツは偽物のタコだけど俺は本物だから俺のほうが売れると思っていたのさ。だけどそんなのは甘い考えだったよ。そんなものじゃ売れはしなかったんだよ。普通のタコは食べられるのが関の山なのさ。だから東京なんて行くんじゃねえ。行ったってたこ焼きになるだけだ。父は蛸壺の中で僕にそう説教をした。だけど僕は別に芸人になりたいわけじゃない。僕はただ東京で鯛焼きが食べたいだけなんだ。僕は父に尋ねてみた。鯛焼きって食べたことあるかと。すると父はとんでもない。鯛なんか食べられるわけないじゃないか。と怒ったように答えた。そうして父と話していると蛸壺がエレベーターのように上に運ばれているような気がした。いや気がしたじゃなくて誰かが蛸壺を引き上げていた。


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