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ドラマ脚本「同葬会」

【あらすじ】
 門前町の寂れかけた商店街。堀口彬は、その路地裏で葬儀屋を細々と営んでいる。ある日中学時代の恩師・本村公平が終活の相談に訪れた。公平先生はどうやら生前葬を希望しているようなのだが、半年後あっけなく亡くなる。公平の告別式。彬の同窓生でバンド仲間だった井上亘や山倉健介・真弓夫妻も参列する。同じバンド仲間の佐藤慎二の居酒屋で昔話に花を咲かせる彬たち。公平が生前葬をやりたがっていたことを知ると一同も興味津々。恩師が果たし得なかった生前葬を、同窓会形式でできないかと企画する。楽しい葬式…そのために三十五年ぶりのバンドを復活させようとする中年たち。地方の名もなき中年たちの「あがき」を描いた物語。


【主な登場人物】

堀口彬(50)  街の葬儀屋
堀口恵(23)  彬の娘
三島健介(49) 彬の旧友
三島真弓(50) 同右。健介の妻
井上亘(50)  同右。数学教師
佐藤慎二(49) 同右。居酒屋店主
佐藤充(20)  慎二の長男
落合紗栄(50) 彬たちの同窓生

本村公平(70) 彬の中学時代の恩師
本村響子(64) 同右。公平の妻


 【本 編

〇西濃二中・外観
  
  紅葉した山を望む、古びた本校舎。
  正門に「昭和〇年度 西濃市立第二中学
  校文化祭」の立て看板。
  校庭には、焼きそば屋など地味な出店。 
  体育館からは、ロックの音楽と歓声が漏
  れている。

 

〇同・体育館
  
  「音楽発表会」の垂れ幕。
  ステージ上では、在校生ロックバンドの
  「ザ・二中ズ」が演奏している。
  長髪を振り乱すドラム・井上亘(14)。
  ツッパリ系ギター・山際慎二(15)。
  地味なベース・堀口彬(15)。
  キーボード・藤沢真弓(15)。
  カリスマ性のあるボーカル兼ギター・三
  島健介(14)。
健介「みんな。もっとノッてこうぜ!」
  という檄に反応する聴衆の中学生たち。
  「三島先輩!」「真弓ちゃん、可愛い!」
  などの歓声が飛ぶ。
  背後の扉から、教頭が入ってくる。
教頭「な、何事です?これは」
  と、中の状況に目を丸くする。
  本村公平教諭(35)と妻で同僚の響子
  (29)が、教頭を見つけ駆け寄る。
公平「教頭。これはですね、いわば情操教育の一環でして…」
教頭「本村先生。音楽発表会にロックを披露することの、どこが情操教育なんですか?いったい誰が、そんな許可を?」
響子「私です。私が全責任を持ちますんで」
  と、ふたりで教頭を説得し始める。
  喧噪の中に、落合紗栄(14)。
紗栄「(意を決したように)み、三島く…」
  と声援をかけようとするが、壇上では健
  介と真弓のデュエットが始まる。
  周りでヒューヒューと囃す声。
紗栄「あいつ、バレンタインじゃ別の子にチョコあげとったに。あざといオンナだわ」
  と、シンセを弾く真弓を睨みつける。
紗栄「ふん。上から見下ろして、さぞかしええ気分やろな。でも人生はこれからだで」
  体育館を出ていく紗栄。
  画がフェードアウトしていき、ロックの
  音楽と歓声が蝉の声に変わっていく。

 

○宮前商店街

  字幕「35年後」。
  陽炎が立つ神社の参道。
  その脇にはシャッター商店街。
  青果店、煙草店、花屋や楽器店、路地裏
  には小ぢんまりした堀口葬祭がある。
彬の声「宮前の堀口葬祭です」

 

○堀口葬祭・事務所

  向かい合わせのデスクと固定電話がふた
  つあるだけの室内。
  堀口彬(50)が、町内会の名簿を見な
  がら電話で生前予約の勧誘をしている。彬「今日は社長さんは?…あ、ほんなら奥さんでもええんだけど。奥さん“終活”って知ってりゃあすかね?…そうそう、ほんで社長さんもそういう準備をそろそろされたらどうかしゃんと思ってね…」
  壁には葬儀や斎場、祭壇、棺桶などのサ
  ンプル写真。
  その中に混じって、中学の文化祭でのバ
  ンドの写真や七年前の家族写真(彬と亡
  き妻・寛子、娘・恵)もある。
彬「縁起でもにゃあとか思わんとってちょうよ。ほうなんだわ、死んでから慌ててやるより、ここだけの話お値段の方もお安くできるんだわね…」
  引き戸が開き、お盆を持った恵(20)
  が入ってくる。
彬「うん。だでね、その気になったらいつでも電話してくれるように旦那さんに伝えとってちょうよ。よろしくねえ」
  受話器を置いたところで、恵がうしろか
  ら声をかける。
恵「とうちゃん。お客さま」
彬「とうちゃんって言うな。ここは職場」
恵「じゃ、社長。本村さんて人」
彬「本村?ん、誰やろ?」
恵「奥の小汚い応接室に案内しといたけどさ。もうあのソファ買い替えよまい。社長」彬「おまえな、社長って言えばええわけやないって。言葉遣いも…」
恵「“おまえ”もパワハラだでね、社長さん」彬「…ま、ええわ。そこに名簿が置いたるで。勧誘の続き、やっときゃあよ」
  と言い残して、応接室に向かう。

 

○同・応接室

  彬が中に入ると、本村公平(70)が年
  季の入ったソファで麦茶を飲んでいる。彬「お待たせしました」
公平「おお、三つ子の魂だなあ。面影が残っとるね、昭和〇年度卒・堀口彬くん」
彬「…本村、公平先生?」
公平「三十…五年ぶりやな」
彬「(畏まって)あ、たいへん長らくご無沙汰しております。お久しぶりです」
公平「あはは、固い挨拶はなしで」
  公平が手招きし、彬も座る。
公平「ほんでも、えりゃあもんだなあ。今や葬儀屋さんも営業せなならんかね?」
彬「ええまあ。うちみたいな零細企業は生きてるうちに予約をもらっておかないと、大手に太刀打ちできないもんで。生前予約って言うんですけどね」
公平「生前…うん、なるほど。実はね、今日は相談事があって来たんだわ」
彬「先生が、相談ですか?」
公平「うん。なにせ初めてのことやから、何をどうしたらええもんかわからせんで」
彬「はあ。どういったお話で」
公平「実はさ…死んでみようかと思って」
彬「はい?」
  悪びれることなく、にっこり笑う公平。

 

○タイトル

  「同葬会」

 

○本村家・玄関先

  晩冬の午後。
  しんしんと降る粉雪が「忌中 告別式自 
  宅執行」の張り紙を濡らしている。
  中から読経の声が聞こえる。

 

○同・広間

  居間と寝室のつないで広間にしてあり、
  会葬者十数名が正座している。
  公平の遺影。
  導師の読経が終わる。
導師「では、ご焼香に」
  と、司会進行する彬に合図する。
彬「それではこれよりご遺族親族、ご来賓の皆様にご焼香のご案内をさせて頂きます。喪主様は正面にてお願い申し上げます」
  喪主の妻・響子(64)、凛とした所作で
  お線香を上げる。
  続いて親族が粛々と焼香していく。
  片隅で会葬者と名簿を照合している彬。  
  一般参列者の中に井上亘(50)の姿。
  彬と目が合い、軽く会釈する亘。
  最後方には三島健介(49)と真弓(5
  0)夫婦の姿。
  彬が見ると、健介は体を震わせている。
彬「…」
  亘の焼香番になったとき、健介がうめき
  声を上げる。
  隣の真弓が健介の体を支えながら
真弓「すみません。ちょっと失礼します」
  と、周りに恐縮しつつふたり中座する。彬「…」

 

〇手羽先「しんちゃん」

  商店街の一角にある居酒屋。
  山際慎二(50)が、暖簾を掲げる。
慎二「…雪か。夜まで降らなええけど」
  と、舞う粉雪を目で追う。
  「紗栄!待ちやあて!」という声。
慎二「ん?」
  慎二が見やると、はす向かいの落合家の
  玄関先にタクシーが停まっている。 
  家中から、卒業アルバムを抱えた落合紗
  栄(50)が出てくる。
  中学時代と違い、小太りのオバサン風。
  あとから母・薫(72)が追ってくる。薫「紗栄。あんた泊まっていかんの?」
紗栄「いいの。これ取りに来ただけ」
  と振り払うようにタクシーに乗り込む。慎二「紗栄?」
  発車するタクシーを見送る慎二。
慎二「…にしては、随分と…」

  

〇本村家・広間

  真弓と健介の席が空いたまま、葬式が喪
  主挨拶へ移る。
彬「それでは、故人の奥様で喪主の響子さまよりご挨拶を賜りたいと存じます」
  彬に促されてマイクの前に立つ響子。
響子「本日は私の夫・本村公平のためにお集まり頂き、深く感謝申し上げます(一礼)。幸か不幸か私ども夫婦には子どもがおりませんので、この世に思い残す心配事もなかったものと思います」
  最中に真弓だけが参列席に戻ってくる。彬「…」 
響子「あとは残った私がしっかりしてさえいれば、夫も安らかに眠れることでしょう。本村は湿っぽいことが好きではありませんでしたので、皆様方もどうか故人を笑顔で見送って頂きますよう…」
  空いた健介の席を気にする彬。

 

〇ビジネスホテル・外観~紗栄の部屋

  安っぽい外観のホテル。
  狭い部屋の中で、冷蔵庫から酒類を出し  
  てテーブルに並べる紗栄。
  テーブルには固定電話機と住所録のコピ
  ーも置いてある。
  「3年A組足立隆」の電話番号を赤ペンで
  なぞる。
  意を決したように、電話をかけ始める。紗栄「…あ、足立さんのお宅ですか。私、西濃第二中学校同窓会実行委員の鈴木と申します。隆さんはご在宅でしょうか?…あ、はい…そうですか、今は大阪で…」
  紗栄、「足立隆」を○で囲って「大阪」
  と書き込む。
紗栄「いえ。GWあたりに同窓会を企画しておりまして、その通知をご実家にお送りさせていただこうかと…はい」
  などと話しながら、缶ビールを開ける。紗栄「ちなみに今隆くんはどんなお仕事を?あ、建設関係?…もし差し支えなければ会社名を…いえ。隆君優秀だったから、きっといい会社にお勤めだろうなって…」
  送話器に手を当てて、一口すする。
  窓外では雪も止み、夕日が輝いている。

 

○火葬場

  夕焼け空に火葬の煙が立ち上る。
  考え事をしながら、それを眺める彬。
真弓の声「(うしろから)公平先生が天国に昇っていくんだね」
  はっと振り返る彬。
真弓「アッキー、ひさしぶり」
彬「アッキーはやめろって。ダンナは?」
真弓「…ご迷惑をおかけしてごめんなさい。なんだか感情移入し過ぎて気分が悪くなったみたいで、ひとりで帰しました」
彬「ま、本葬は独特の緊張感あるでな。でも、このためにわざわざ東京から?」
真弓「ううん。先月から実家に里帰り中」
彬「…」
亘「おお。やっぱ真弓やな。結婚式以来か」
  と、うしろから声をかける。
真弓「あ、亘?嘘?」
  真弓、亘の薄くなった頭をつい凝視。
亘「(自分の頭を撫でなでて)これのこと?嘘って言いたいのはこっちだわ」
真弓「ごめん。そういう意味じゃないのよ」亘「こうなる予感があったから、中学の頃長髪にこだわってたんだわ。きっと」
  真弓と亘、ふたりして笑う。
彬「おい」
  他の参列者が不審げにこちらを見る。
  亘と真弓、咳払いして取り繕う。
真弓「(小声で)私ら授業中もこんなだったもんで、よう公平先生に怒られとったわな」
亘「(小声で)だちかんぞ!ってな。な、終わったら慎二の店に行けせんか?バンドメンバーだけでプチ同窓会やろう」
真弓「でもアッ…堀口くんは仕事やろ?」
彬「いや。夕方には終わるから、先に行っといてくれたらあとで向かうわ」
  と、言い残して焼き場に戻る。

 

○手羽先「しんちゃん」(夜)

  喪章を外し、自分の体に塩を振ってから
  暖簾をくぐる彬。
  まばらな客席の奥のテーブルで昔話をし
  ている真弓、亘、前掛けを着けた慎二。慎二「らっしゃい…って何だ、葬儀屋か」
  慎二は客あしらいを息子・充(22)に
  任せて、自分はビールを飲んでいる。
彬「何だとは何だ。おまえもいつか俺のお世話になるんやぞ」
  と、言いながらテーブルに着く。
彬「俺車やから、ノンアルコール」
  充がノンアルのジョッキを持ってきて、
  彬の前に置く。
彬「(充に)だいぶ様になってきたなあ、跡取り息子」
慎二「たわけ、甘やかすな。跡取らすかどうかは、こいつの精進次第だわ」
亘「へ。嬉しいくせに」
  はにかみながら一礼して、下がる充。
  真弓がジョッキを挙げる。
真弓「堀口くん、お疲れさま」
彬「(ジョッキを挙げて)公平先生に」
  全員が表情を引き締めて献杯する。
   × × ×
  手羽先を肴に、だいぶ酒が進んでいる。慎二「俺は店があるで行けんかったけど、どんな感じやった?」
真弓「人気者の公平先生の葬儀にしては、ちょっと寂しかった気がせん?」
亘「俺は、今日はきっと教え子たちが数百人集まって、各世代の代表が感動の弔辞を読み上げて、最後は全員で『贈る言葉』を大合唱して先生を送ると思ってたけどな」
彬「それは、数学教師・井上亘の願望やろ」亘「(溜息)何十年も身を粉にして、最期はあんなもんなんかなあ」
  場が少ししんみりする。
彬「…実は公平先生、亡くなる半年くらい前にうちにいらしてな。生前葬をやりたいっておっしゃって」
慎二「生前葬って、要は葬式のリハーサルみたいなもんやろ?」
彬「形式的にはな。ただ普通の葬式とは逆で、故人の側が参列者みんなに感謝の言葉を伝えたり、カラオケやビンゴゲームとかして楽しい時間を過ごせるわけよ」
真弓「ほんなら、ホントに死んだときは?」彬「面倒な通夜とか告別式を省いて、家族だけの密葬で済ませる。聞いたら先生の身内は奥さんだけやったから、死んだあと手を煩わせたくなかったんかもな」
慎二「で、引き受けたんか?」
彬「うん。いくつかプラン立てて資料は送ったんやけど、返事聞く前に脳梗塞でな…」
  また少ししんみり。
亘「あ、思い出した。前にテレビで観たけど、有名なミュージシャンが“生前葬ライブ”いうのをやっててさ。俺てっきり引退するのかと思っとったら、その人『おかげで初心に戻れたから、新たな気持ちで頑張ります』って、その後も活躍しとったな」
彬「まあ確かに、人生をリセットして再スタートさせるきっかけになるのかもな」
慎二「おもしろい。乗った!」
彬「は?」
慎二「生前葬ってバラすんやなしに、いっそ死んだことにして参列者の反応を見るってのはどうや?誰が泣いて、誰が香典いくら包むか気になるでな」
亘「どっきり、か?」
彬「そんなことしたら、それこそおまえロクな死に方しいせんぞ」
慎二「なら、嫁にだけはバラしとくか。どっきりには、仕掛け人が必要やもんな。ウン」
  慎二に呆れる彬。
  真弓は、みんなの会話をトロンとした目
  で聞いている。
真弓「お葬式かあ。もう私らもそんなこと考える歳なんやなあ…」
  と、その場にうつ伏していく。
  亘、意味ありげに彬の肩を叩く。
亘「ほら、送らせてやるで。焼けぼっくいに火つけてこい!」
彬「はあ?」
慎二「何?ふたりつき合ったことあるんか?じゃあ健介とは?え、どういうこと?」
亘「ああ、慎二は知らんかったか。中学二年のバレンタインデー事件…」

 

〇西濃二中・2年B組教室(36年前)

  真弓(14)が、チョコレートと手紙を
  彬(14)の目の前に差し出す。
彬「(面食らった表情で)え?俺?」
  真弓、にっこり微笑んで頷く。
真弓「手紙も添えておいたで、ちゃんと読んでくれなあかんよ。アッキー」
  教室中の生徒が注目している。
  その中に健介(13)と紗栄(14)の
  姿もあり、ふたりとも険しい表情。
真弓「手紙読んだら、うち電話してね」
  真弓が教室を退出した途端に、嵐のよう
  な歓声とツッコミが始まる。

 

〇手羽先「しんちゃん」

  眠っている真弓をよそに、小声で話を続 
  ける慎二、亘、彬。
慎二「へえ。ほんでほんで?」
亘「それで怒ったのが健介や。もともとうちらのバンドって、健介がピアノ弾ける真弓の気を引くために始めたもんやろ?俺なんか祭りの太鼓叩いたことあるいうだけでドラムやらされて、彬はポール・マッカートニーと同じ左利きやからベースやれって」
慎二「俺は、本気でジミヘン目指してたけどな。ま、ええ。要は、泥沼の三角関係やな?」亘「(指を振り)ノンノン。四角関係」
慎二・彬「四角?」
亘「覚えとるか?落合紗栄」
彬「ああ。確か…〝ミス二中”やな」
慎二「…」
亘「キレイ系の落合、癒し系の真弓。わが校が誇る二枚看板やわな。このキレイ系が、健介に片思いしとったらしい。つまり…」
  紙ナプキンに「落合紗栄→三島健介→真
  弓→堀口彬」と書きつける。
亘「見よ。このくんずほぐれつの四角関係」彬「いや、ありえんって。そもそも…」
慎二「ちょっと待て。じゃあ、中学時代に修羅場ランババンバが?」
亘「うむ。あったに違いない」
彬「(吐息)四角も三角もないわ。健介と真弓は、中学からずっと両想い。示し合わせて高校も大学も一緒にするくらいの徹底ぶり、っておめえらも披露宴で聞いたろ?」
慎二「なんや。修羅場はなしか。あ、でも落合さんは…」
  と、スマホのSNSを開く。
  セレブ然としたドレスに、モデルのよう
  なスタイルの紗栄の写真。
慎二「旧姓落合…現・榊原紗栄はやな…中三の冬から東京に転居。大学卒業後も都内の製薬会社に勤務。33で取引先の病院院長と結婚…今じゃ可愛い息子もいて、豪邸で幸福な生活を送っている…とさ」
  盛大な結婚式や海外旅行、豪邸の前での
  家族写真などがスクロールされる。
亘「ほええ。ミス二中は、大人になってもリア充ちゅうわけか」
彬「(慎二に)ん?おまえ、何で落合さんのSNSなんかチェックしとるん?」
慎二「ああ。あの子の実家って、うちのはす向かいでタバコ屋やっとるんだわな。それが今日昼過ぎやったかな、彼女らしい女性を見かけて。ちょっと気になったもんやから、調べてみたんだわ」
彬「そら、実家ぐらい帰ることあるやろ」
慎二「ま、そうなんやけど…さてと…癒しのお姫様も寝てまったし、そろそろお開きにするか。(奥に)おい、勘定」
  充が奥から来て、卓を片付け始める。  亘「ええ?あした定休日やろが。もそっと飲もまい」
慎二「あかん。防犯協会の用事がある」
  言いながら、さっき亘が書いたナプキン
  を前掛けのポケットにしまう慎二。
彬「ああ、青年団でパトロールとかするやつ  か。ご苦労なこっちゃ」
慎二「葬儀屋、不倫は今や立派な犯罪や。おまえらをラブホとかで見かけたら…」
  と、彬の手首に手羽先で手錠をかける。慎二「逮捕しちゃうゾ」
彬「だからあ!」

 

○ビジネスホテル・紗栄の部屋

  ベッドに寝そべる紗栄。
  傍らには、赤ペンで様々な情報が書き込
  まれた3年A組のコピー。
紗栄「A組は八人…二、三万ってとこ?」
  コピーを置いて、卒業アルバムを開く。 
  文化祭の頁には「ザ・二中ズ」の写真。紗栄「青春してるでしょ?てか」
  さらに、文化祭のイベントらしい「ミス
  二中コンテスト」のスナップも。
  優勝者の襷と紙製ティアラを被った、若
  き日の自分の写真に思わず微笑む紗栄。
  隣に目をやると「ベストカップル賞」の
  健介・真弓の2ショット。
  顔を寄せ合い仲睦まじいふたり。
紗栄「(鼻を鳴らし)頼むからふたりとも、不幸になっててくれよな」

 

○霊柩車の中(夜)

  運転する彬、助手席には半寝の真弓。
彬「(独白)癒し系アイドルが、なんで葬儀屋の息子にチョコを?か」
  ちょっと顔がにやつく彬。
真弓「…霊柩車で送ってもらうなんて、一生に一度の経験かもね」
彬「(慌てて)起きてたんか?」
真弓「今日は楽しかった…あ、お葬式に出て楽しかった、はないか」
彬「標準語に戻ったな」
真弓「え?ああ、みんなと喋る時は出ちゃうよね、方言って」
  しばらく黙るふたり。
彬「なんで…」
真弓「実家に戻ったか?」
彬「うん」
  窓外の流れる夜景を見やる真弓。
真弓「出版社に勤めてたダンナがね、早期退職を受け入れたの。いま出版不況でしょ。  でも意外と退職金いっぱいもらえて…これからはふたりで、いろんな所旅行できるなって。健ちゃん、ずっと仕事仕事に追われてたから…やっとのんびりできるねって…」
  真弓の目から涙。
  彬、真弓を見る。
真弓「彼、壊れたの。知ってる?うつ病って赤ちゃんに戻っちゃうんだよ。何もできないで、ずっと布団の中で丸まってるの。百八十センチ七十キロの大の男がよ」
彬「…」
真弓「僕は会社に捨てられたって、いつかおまえも僕を捨てるんだろって、三歳の子供みたいな滑舌で何度も何度も…しまいには私の方がブルーになって、実家に助けを求めた。情けない妻だよね」
  沈黙。
真弓「アッキーはどうなの?家庭円満?仕事は順調?しあわせ?」
  彬、しばらく答えに窮する。
彬「…カミさん、咽頭癌で死んだんだわ」
真弓「…ごめん」
彬「いや、もう六年になるし…それに娘を遺してくれたから、不幸せではない」

 

○田舎の道(夜)

  霊柩車が夜の闇の底を走っている。
彬の声「健介は…生きている、やろ?」
真弓の声「…だよね」

 

〇藤沢家・二階の寝室

  ベッド脇のサイドテーブルで固定電話の 
  ベルが鳴っている。
  布団にくるまった健介がガタガタ震え、
  ベッドがきしんでいる。
健介「(蚊の鳴くような声で)ま、真弓~。早く帰ってきて~」
  布団にくるまったまま、意を決して鳴り
  続ける電話をとる。
健介「(布団の中で)…も、もちも…いえ、もしもし。三島です」
紗栄の声「…三島?あのう…藤沢さんのお宅ではなかったですか?」
健介「あああ、つみまてん!僕は三島でつが、ここは藤沢でつ」
  と、布団から飛び出し何度も頭を下げ
  る。

 

〇ビジネスホテル・紗栄の部屋

  卒アルの「ベストカップル」の写真を見 
  ながら電話する紗栄。
紗栄「(独白)そうか。このふたり結婚してたんだ。うわあ」
  想定外のことに焦り、手にした小瓶ウイ
  スキーを飲み干す。
健介の声「…あ、あの…どちら様でつか?」
  紗栄、しばし考える。
紗栄「…私、善意の第三者です」
健介の声「へ?」
紗栄「お宅の奥さん…不倫してますよ!」

 

〇藤沢家・二階の寝室

  受話器を握ったまま固まる健介。
健介「ふ、ふ、ふ、ふ、ふりふり…どういうことでつか?」
  と問いかけるも、通話が切れる音。
健介「…」
  窓の外で車が入ってくる気配。
  不安そうに立ち上がり、カーテンを少し
  だけ開けて見る。
  霊柩車が停まり、ふらつきながら出てく
  る真弓と慌てて支える彬の姿が。
健介「れ、霊柩車?し、死神?」

 

〇同・玄関先

  真弓を支えながら歩く彬。
彬「一応、健介に挨拶してこかな」
真弓「う~ん。今日はごめん、遠慮して。人前に出たの数か月ぶりだから、ストレス溜まってるかもしれないし」
彬「ほうか。じゃまた、落ち着いてるときにお邪魔させてまうわ」
真弓「送ってくれてありがと。おやすみ」
彬「ああ。おやすみ」
  手を振って、二階を見上げる彬。

 

〇同・二階の寝室

  慌ててカーテンを閉め、布団に潜り込む 
  健介。
健介「ひいい。し、死神が、不倫を連れて来まちた!」
  アルマジロのように丸くなる健介。

 

○堀口葬祭・事務所(翌朝)

 電話をとっている彬。
彬「やめる?やめるって何を」

 

○手羽先「しんちゃん」

  店頭に「本日休業」の看板を置きなが
  ら、携帯電話をかけている慎二。
慎二「あ。おめえ、きれいさっぱり忘れとれせんか?生前葬のことだがや…おう、嫁に話したら烈火のごとく怒り出してよ。縁起でもにゃあと。おとうちゃんにはこれから、まんだまんだ稼いでまわなあかんのに、と手を握って泣くんだわ」

 

○堀口葬祭・事務所

  お菓子を食べる恵と通話中の彬。
彬「切るぞ」
慎二の声「まあ、待てて。ほんで、おめえらはあのあとどうしたんだて?」
彬「ああ?」
慎二の声「ほれ。ゆうべの真弓は喪服やったがや。禁断のエロスはあったんかて…」
  彬、ため息とともに電話を切る。
  また呼び鈴が鳴り、恵が取る。
恵「はい…社長、お友達から2番で~す」
  恵に背を向けて、電話をとる彬。
彬「(小声で)おまえな。真弓も俺もそれぞれ家庭があって、大体俺らもう五十やぞ」
亘の声「なに?やっぱ、なんかあった?」
彬「ああもう、今度はおまえか。なんじゃ、用事は!」
亘の声「あらあら。俺、客よ。こんな乱暴な葬儀屋に任せたら、火葬場で生焼きにされそうやなあ」
彬「用事!」
亘の声「…俺、やってみようかなって思って」彬「何を?」
亘の声「いや、生前葬」

 

○西濃二中・屋上

  35年前と違い、新しい本校舎。
  校庭では、野球部が昼練中。
  彬と亘、それを見るともなく話す。
彬「本気か?」
亘「きのうのお葬式で、やっぱいろいろ考えたんだわ。今までの俺の人生、点数にしたら何点やろって。で、一晩かけて採点してみたら…65点やった」
彬「職業病やな」
亘「可もなく不可もなく。そう思ったらえろう怖なってきたんだわ。俺、可もなく不可もなく死んで行くんやなあと」
彬「たいがいの人間がそうやろ」
亘「嫁にも聞いたんや。俺、何点やろ?って」彬「ああ、おめえら職場結婚…公平先生んとこと同じパターンやったな」
亘「ウチのは国語。でな、教師の点数は教え子で決まるんだから、点数なんかつけられない、とか非論理的なこと言うわけや」
彬「そうか?一理あると思うが」
亘「うん。あるような気もするわな」
彬「どっちだよ」
亘「で、今年度いっぱいで、教師辞めようと決めたわけや」
彬「はあ?」
亘「優秀な教え子を輩出する塾でもやれば、俺の人生の偏差値も上がるんやないかと」
彬「…」
亘「これからは理系の時代なんや。ITでも医療介護でも理系脳、数学脳を鍛えなあかん時代なんや。それって、“数学の鬼軍曹”と呼ばれた俺の真骨頂やと思わん?」
彬「さあ?」
亘「ウチの塾から東大理三入学者が出る。その後研究所に入って、なんたら細胞を発見してノーベル賞を獲る。そして記者会見でその子が言うわけや。全て井上先生のおかげです。この賞を先生に捧げます、てな」
  開いた口がふさがらない彬。
亘「でな、俺らが幹事やっとる二中の同窓会。今年は形を変えて、私井上亘の生前葬を兼ねてやってみてはと考えたわけよ」
彬「ほお。つまり教師を辞める前に、これまでの地元への感謝を同窓生に伝えたいと」 
  と、少し感心した表情になる。
亘「いや。年齢的に同窓生の子どもには中高生が多いやろから、塾の宣伝になるやん。この計算力…やっぱ俺、数学の鬼軍曹やわ」
彬「…それは計算じゃなく打算やろ」

 

○岐阜県警西濃署・駐車場

  慎二のバンが駐車場に入っていく。
  車には「手羽先しんちゃん」のロゴと
  「防犯パトロール中」のステッカー。

 

○同・生活安全課会議室

  表に「西濃地区防犯協会定例会」の札。
  室内には慎二ら協会員が集まっている。
  白板の前で生安課・川端が説明する。
川端「では、みなさん。お手許の資料をご覧下さい。これは先月わが西濃エリアの大野中学区で起きた、特殊詐欺の事例報告です」
  慎二が資料を見ると、詐欺の手口がイラ
  スト入りで描かれている。
川端「典型的な“振り込め詐欺”でした。被害に遭ったのは82歳の女性で、現金200万円を騙し取られました。実はこの手の犯罪集団は、一度成功したエリアで再犯を重ねるケースが少なくありません。実行犯が土地カンをつかむようになるからです。こちらをご覧ください」
  白板には詐欺グループの組織図。
  (元締→リクルータ→掛け子、受け子)
川端「こうした詐欺グループは分業制をとっており(図を指して)“リクルータ”と呼ばれる連中がネットなどで名簿を買い取り、そのデータをもとに“掛け子”たちが電話をかけていきます。類似した未遂事件から鑑みて、今回の情報源は、大野中学の古い卒業アルバムではないかと見られています」
慎二「(独白)卒業アルバム?」
  フラッシュバック~卒業アルバムを持っ
  てタクシーに乗り込んだ紗栄。
年配の協会員「ああ。今どきは個人情報にうるしゃあけど、昔のアルバムは平気で住所とか電話番号載せとったわな」
若い協会員「嘘でしょ?怖すぎるて」
  などと、雑談がかわされる。
川端「先ほど申しましたように、詐欺グループが西濃エリア一帯をターゲットにしている可能性があります。そこで協会員の皆さんには、今後高齢者の住む家庭への巡回を強化していただくよう…」
慎二「(独白)まさか、リア充の紗栄が?」

  

○本村家の門前

  字幕「数日後」。
  鞄を持った彬が本村家を訪ねて来る。 
  と、中からビジネススーツと軽装の青年
  ふたりが出てくる。
青年A「おまえ、お線香息で吹いて消したやろ。チョー恥ずいわあ」
青年B「普段着で来た奴に言われたないわ」
  と、彬の横を通り過ぎるふたり。
青年A「なあ、やるだけやってみいせん?俺らが公平先生の、最後の教え子なんやで」
青年B「俺は、ええけど…」
彬「(独白)ん…後輩か?」

 

○本村家・居間

  公平の遺影に線香を上げる彬。
  台所で請求書を確認している響子。
  ご焼香を終え、響子に向き直る彬。
彬「(一礼して)その後、お気持ちの方は落ち着かれましたか?」
響子「ええ。その節は、堀口くんにはすっかりお世話になったわねえ」
彬「いえ。至らないことがありましたら、お詫び申し上げます」
響子「あれ?堀口彬くんって、こんなに謙虚な子やったかねえ?確か、音楽の時間にリコーダーでチャンバラするような生徒やった、と記憶しとるんだけどね(笑)」
彬「響子先生。それは言わんとって」
響子「それとこの請求書、こんなに安くてええの?前にうちの母親の葬儀で他の葬儀社に頼んだら、この倍以上かかったけど。恩師だからって無理してるのなら…」
彬「いえ。特別扱いではないです。うちは、これぐらいが相場でして」
響子「ふうん。良心的やね」
彬「実は、家内を六年前に亡くしまして。当然自分で弔うわけにもいかず、よその大手の葬儀会社に頼んだんです。そしたら見積もりはいい加減だし、ろくに説明もせず遺族を無視して、自分たちのペースで事務的に進める、感じの悪い同業者でして…」
  と、出されたお茶を飲む。
響子「ああ。多いって聞くよ」
彬「一番ひどかったのは、通夜ぶるまいの席で、皿を落とした仕出し業者を当たりかまわず怒鳴り散らした事です。『おめえんとこなんか、金輪際使ってやらん!あとで社長に謝罪させろ』って、まるでヤクザみたいに凄んで。会葬者が見てる前で、ですよ」
響子「業者いじめだ」
彬「家内の親族たちに、これが葬儀屋の姿なんだと思われたらって、堪らなかったです」響子「…それで、人のふり見てわがふり?」彬「ええ。うちは娘も手伝ってくれるし、儲けは二の次、地元密着型の“町の葬儀屋”で行こうって決めたんです」
  響子、まじまじと彬を見て微笑む。
響子「嬉しいわ。大会社の社長になってふんぞり返る教え子より、堀口くんのような教え子を本村も私も誇りに思うよ」
  照れたように俯く彬。
彬「…そう言えばさっき、先生の教え子たちとすれ違いましたが、ご焼香ですか?」
響子「そうそう。お葬式には行けなかったけど是非にっていう子達が、あれから毎日のようにうちに来るんだわね」
彬「へえ。公平先生のご人徳ですねえ」
響子「入れ替り立ち替り昔話をしてくれるもんだから、おかげで、寂しいって感じる暇もないんだわ」
  と、屈託なく笑う。
  つられるように彬も嬉しそうに笑う。
彬「(独白)よかった」

 

○落合家・たばこ売り場

  「特殊詐欺に注意」のチラシを持って、煙
  草売り場の前から中を覗く慎二。
慎二「すみません。青年団の者です」
  薫、奥から出て来て仕切り窓を開ける。薫「ああ、慎ちゃん。タバコ?」
慎二「いや、ちょっと話が。おばさん、最近娘さん…紗栄さんに会わっせたかね?」
  一瞬動揺するが、黙って首を振る薫。
  慎二、反射的にチラシを隠す。
慎二「いや。今度同窓会の幹事やることになって、ほんで現住所がわかればと」
薫「(顔を伏せて)私も、今の紗栄のことは何もわからんもんで…」
  と窓を閉じ、逃げるように奥へ引っ込
  む。
慎二「おばさん、ちょう待って!」
  と、勝手に中に入っていく。

 

○藤沢家・庭園

  田舎の旧家の大庭園。
  みたらし団子の包みを提げる彬と真弓。彬「相変わらず馬鹿でかい庭やな」
真弓「アッキーとは幼稚園の頃、よくここでかくれんぼしたよね。あ、水仙」
  と、咲きかけの水仙を見つけ屈みこむ。真弓「冬の花って健気よね」
彬「今日は、具合ええんか?健介」
真弓「朝方はよかったんだけど、何かのきっかけで急に落ち込むことがあるから」
  真弓の隣に一緒になって屈む彬。
真弓「彼に会ったら、絶対に励まさないでね。『がんばれ』とかタブーだから」
彬「え、そうなん?」

 

〇同・寝室(二階)

  花壇に隠れる真弓と彬を、カーテンの陰
  から不安そうに見ている健介。

 

〇同・庭園

  彬へのアドバイスを続ける真弓。
真弓「それと同情も同調もダメ。大変だなとか、おまえの気持ちわかるよ、とか」
彬「…わかった、注意する」
真弓「ね、アッキー…堀口くんの、健介のイメージってどんな感じ?」
彬「バスケ部のキャプテンで成績もよくて、でもって俺らを引っ張ってバンドもやる、リーダー的存在だわな。ま、悪く言えばナルシストっぽくもあったか」
  と、水仙の花びらを指で弾く。
真弓「今は、ただの子どもよ。おとなを見ると緊張して『でつまつ調』になるから」
彬「でつまつ調?」

 

○同・寝室

  真弓に案内されて入ってくる彬。
  布団にくるまっている健介。
真弓「あなた。堀口くんがお見舞いに来てくれたわよ」
彬「健介、ひさしぶり。みたらし買ってきたぞ、駅前の小倉屋の」
  と、枕元にみたらし団子の包みを置く。 
  しかし、反応がない。
  彬と真弓、しかたなく枕元に座る。
真弓「わあ。小倉屋ってまだやってんだね」彬「学校帰り、毎日みたいに食ったわな」
真弓「夏は、かき氷ね」
彬「うん。サイダーをシロップにして、あの頃なんであんな物が美味かったんかな?」
真弓「きっと、みんなで食べたからよ」
  などと、聞こえよがしに語り合う。
健介「(布団の中から)堀口」
彬「…おう」
健介「真弓とふたりで、俺を殺しに来たのか」
  彬、驚いて真弓を見る。
  真弓、スマホに何か書いて彬に見せる。 
  文面「最近の妄想。受け流して」。
健介「…不倫の末に、邪魔になった夫を共謀して殺す…安っぽいサスペンス劇場だ」
彬「お、俺がそんなことを…」
  真弓、首を振ってまたスマホを見せる。
  文面「怒らないであげて」。
  彬しばらく黙るが、意を決して語る。
彬「(淡々と)俺のヨメが、寛子が死んで六年経つ。ま、生きてりゃ浮気の可能性は1%くらいはあるかもな。でもな、健介」
健介「…」
彬「葬儀屋の俺が言うのもなんやけど、天国ってあるんや」
真弓「…」
彬「天国があって、寛子はずっと俺や娘を見守っとる。あいつが見てるのに俺が不倫?まして夫を殺す?配偶者に先立たれた人間が、どんな思いかわからんとでも…」
  健介、突然布団から飛び出して
健介「ごめん!ごめんよお…わあっ」
  と、土下座しながら泣き始める。
彬「いや、泣くほどの…」
  と、逆に驚き引く。
健介「僕、やっぱりダメでつねえ。最低でつよね。ごめんなたい、謝りまつ」
彬「(独白)これが噂の、でつまつ調?」
  すかさず真弓が健介を抱き寄せ
真弓「そんなことないよ。健ちゃんがそれだけ私を愛してくれてるってことだから、嬉しいよ…だから泣かないで…ほら、みたらし!ね、みんなで一緒に食べよ」
  と、あやすように健介の頭を撫でる。
健介「(涙声で)うん…食べまつ」
真弓「はい。あ~ん」
  イチャつくふたりに白ける彬。
彬「(独白)あれ?このシチュエーション…」

 

〇西濃二中・体育館裏(35年前)

  中三になった健介(14)が、バスケ部
  のジャージ姿で待っている。
  彬(15)がやってくる。
健介「遅い!」
彬「おお、すまん。ちょっと色々あって。で、こんなとこに呼び出して何の用だて?」健介「堀口。真弓のこと、どうする気や」
彬「どうする?」
健介「おめえ受験勉強もろくにせんと、高校も別々のとこに決めたんやろが」
彬「ああ。俺のレベルじゃ、県立東なんかムリムリ。でも健介が一緒やから…」
  健介、いきり立って彬の胸倉をつかむ。健介「あいつは、恥ずかしい思いして告白までしたんやぞ。それにおめえは、ちゃんと応えてやったんか?おっ!」
彬「…すげ」
健介「おめえ真弓の気持ちを弄んだんか?」彬「へえ」
健介「なんや、その態度は」
彬「いや、まるで青春ドラマやなと思って」健介「ふざけんな!」
  殴りかかろうとする健介の前に、一枚の
  手紙を突きつける彬。
彬「…その告白の中身、読んでみ。わざわざ家まで、これ取りに帰っとったんや」
  手に取り、読み始める健介。
彬「去年、三年生に原西っていうゴリラみたいな先輩がおったやろ。真弓はそいつにつきまとわれて、好きな人がいるって断ったらしいわ。俺はその当て馬…ダシだわ」
健介「…」
彬「真弓とは保育園から一緒やから、俺の弱みを熟知しとるわけや」
健介「(手紙を示し)堀口おまえ、小六の修学旅行でおねしょって…マジか?」
  顔を赤くして手紙を取り上げる彬。
彬「ゴリラが卒業してからも、あいつがおまえにこのこと言わんかったのはさ…」
  と顎をしゃくると、真弓が陰でふたりの
  やりとりを見ている。
彬「おまえから言ってほしいことが、あったんとちがうか?」
健介「…」
  彬、健介を置いて真弓の傍を通り過ぎ彬「なにが告白や。脅迫やろ」
  と、ボソリ。
真弓「(手を合わせ)ごめん」
  とおざなりに謝ってから、恋する少女の
  足取りで健介のもとへ走っていく。

 

○藤沢家・リビング

  三人、黙々とみたらしを食べている。
彬「(独白)なんかまた俺、ダシに使われた気がする」
  と、真弓をチラ見する。
真弓「あ、この味変わってないね」
彬「そうか?なんか辛ないか?中学の頃は、絶妙の甘じょっぱさやったけど」
健介「…」
真弓「それはたぶん、若いし部活帰りとかだったから、辛い方が美味しかったのよ」
彬「確かに、昔は焼肉も今よりうまかった」
  健介、食べかけの団子を皿の上に置く。真弓「どうしたの?」
健介「昔はよかった話は、やだ。寝まつ」
  と言い捨てて、部屋を出る。
  ドアが閉まるのを見送ってから、深いた
  め息をつく真弓。
彬「昔話もタブーなん?」
真弓「彼が東京で、バリバリ仕事していた頃の話はね。その頃と今の自分を較べると、死にたくなるみたい。中学くらい遠い話なら、大丈夫だと思ったんだけど」
  彬、みたらしを持て余しながら考える。彬「(独白)過去の自分がプレッシャー?」
  本棚から卒アルを出してくる真弓。
真弓「そうそう。この間、卒業アルバム見つけたのよ。見る?」
彬「(独白)人生をリセット…」
真弓「ほら、私たちが文化祭でライブ演奏したときの写真。懐かしいよね」
  中学時代の彬たちの写真。
彬「…生前葬ライブ」

 

○同・寝室

  布団にくるまっている健介。
  彬と真弓が入ってくる。
真弓「健ちゃん、ちょっと私たちの話を聞いてくれる?とってもいい話だから」
  仕方なさそうに布団から出る健介。
彬「な、健介。生前葬やってみないか?」
健介「生前…お葬式でつか?だ、誰の?」
真弓「もちろん、健ちゃんのよ」
  みるみる顔がこわばる健介。
真弓「プレッシャーとかストレスに押しつぶされる前に、この際過去の健ちゃんをここで葬り去って、人生のリセットを…」
健介「ほらやっぱり、殺す気でつ~」
  と、また布団に潜り込む。
彬「(真弓を肘でつつき)いや、お葬式って言ってもな。同窓会を兼ねてライブ演奏とかもやって、こう賑やかにやろうって…」
健介「賑やかに殺す気でつ!」
  顔を見合わせる彬と真弓。
彬「わかった。じゃあ同窓生みんなで、合同で生前葬やろう」
真弓「それいい!だったら死ぬのはひとりじゃないから、健ちゃんも安心して死ねる」
健介「もう勘弁して~」

 

○大日交通(タクシー会社)

  タクシーのボンネットに業務日誌を広げ
  て、記録を調べる松井運転手と慎二。
松井「先週月曜の午後一時頃…ああ確かに俺が、新幹線の駅から宮前商店街まで女の人を乗せたことになっとるね」
慎二「そのあとは?」
松井「なんかそこで荷物をピックアップして、△×ホテルで降ろしたみたいやな」
慎二「…ホテル住まいか」
松井「何?(慎二の名刺を見て)防犯協会やから、何かの事件?」
慎二「や。そんな大ごとやないんやけど…」
  と苦笑いしながら首を振るが、松井は興
  味津々の表情。

 

○ビジネスホテル・紗栄の部屋

  部屋中に酒瓶や缶が散らばっている。 
  ベッドに寝転んで、死んだような目でス
  マホ画面を見ている紗栄。
  12歳の息子・春樹との写真。
紗栄「春樹…ママは、どこで間違えたの?」
  LINEの着信音が鳴る。
  メールを開き、内容を確認。
紗栄「…貯金ももうないし、行くとこまで行くか…もう、どうでもいいし…」
  と、スマホを握ったまま寝落ちする。

 

○楽器店・貸しスタジオ

  練習中の彬、慎二、亘。
  レジ袋を提げた真弓が入ってくる。
真弓「お、やってるね。差し入れよ」
  と、テーブルに飲み物を並べる。 
慎二「おし。ちょい休憩」
亘「ああ、肩凝る、腕しびれる~」 
  三人、手を休めドリンクを飲む。
彬「真弓、ダンナはどうや。やれそう?」
真弓「一応楽器はふたりで練習してるんだけど、人前に出るのをまだグズってて…」
亘「一回位、合わせときたかったけどな」
慎二「ま、素人の余興やし。いざとなったら健介のパートも俺が弾くで」
真弓「ごめん」
彬「あ、そうや。ホテルの担当者と相談して、式次第やら料理やら決めてきてな」
  と、鞄から資料を取り出し広げる。
  「同葬会」式次第の文字。
真弓「同窓会を兼ねた合同生前葬『同“葬”会』ね。いいネーミングじゃない」
慎二「これ全部、葬儀屋が企画したんか?」彬「半分は成り行き。同窓会を絡めるいうのは井上塾長の発想やな」
真弓「塾長?」
彬「がっつり宣伝してええからな」
亘「ああ。その件、なくなった」
彬「は?」
亘「やっぱ五十過ぎて再就職、しかも起業っていうのはどう計算しても、確率論的にも合理的ではないとの判断がやな…」
彬「おまえ、ビビったな」
亘「そ、そんなことよりさ、ちょっと妙な話を聞いたんだわ」
慎二「妙ってなんや?」
亘「俺、幹事としてあちこち電話して出席の確認とったんやけど、何軒かから『GWにやるんやなかったの?鈴木さんって女の人からも、似たような電話あったよ』って」
真弓「…うちに鈴木なんて女子いたっけ?」亘「それに同窓会の幹事は、ここ数年俺か彬の持ち回りだでな。妙やろ?」
  慎二、聞きながら眉をしかめる。

 

○宮前商店街

  ベースギターを担いだ彬が、楽器店を出
  て花屋の前を通りかかる。
花屋「あれ?なあにい。社長そんなもん持って、青春カムバック?」
彬「お、そうや。来週大きな発注があるもんで、あとでメールさせてまうわ」
花屋「(頭を下げて)いっつもありがとうね。堀口葬祭はどこぞの大手みたいにキックバックもないもんで、質のええ生花を出せるんだわ。花屋冥利に尽きるわ」
彬「持ちつ持たれつ、だで」
  と、彬の背後に慎二のバンが。
慎二「葬儀屋。送ってったるわ」
彬「いや、うちすぐそこやけど」
慎二「付き合えってこと」
彬「…」

 

〇バンの中

  運転する慎二、助手席の彬。
  ダッシュボードからナプキンの端っこが
  飛び出している。
彬「なんや、これ」
  引っ張り出して開くと「真弓→堀口彬」
  の「→堀口彬」に×マークが。
慎二「直しといたったぞ。喪服姿の女も行けんようじゃ、その線はないわ」
彬「いや、どうでもええけど。なんで、こんなもん…」
慎二「紗栄なあ、ヤバい事に首突っ込んどるみたいや」
彬「紗栄?ああ、落合さんのこと?」
  と、もう一度ナプキンを見る。
慎二「おばさんに…紗栄のおかあさんに聞いたんだわ」
  「落合紗栄」の上にも何か書いてある。

 

○落合家・居間~台所(35年前)

  居間では、父・俊樹が焼酎をストレート
  で飲んでいる。
薫のオフ「あの子の父親は酒乱やった…」
  台所では薫(37)が調理している。
  その顔には大きな青い痣。
俊樹「おい、酌!つまみもはよ持って来い」
  無視して黙々と包丁を動かす薫。
俊樹「ち!」
  充血した目で、焼酎ボトルとコップを持
  ったまま立ち上がる俊樹。

 

○同・紗栄の部屋(35年前)

  高校受験勉強中の紗栄。
  ドタドタと階段を上る音が聞こえ、手を
  止めて嫌悪感を顕にする紗栄。
俊樹「おい、紗栄!」
  と、ドアを乱暴に開ける。
俊樹「一家の大黒柱に酌しろ!」
  紗栄、無視してノートをとり続ける。
俊樹「無駄なことすんな。おめえは中学出たら、ここで働くんやからな」
  と、ノートに焼酎をかけ始める。
紗栄「何すんの!大事なノートに」
  と飛び退いて、俊樹を押しのける。
俊樹「女なんやから勉強なんかしたって意味ねえんだわ。高いカネ払って学校行かせて、どこぞの嫁になって…こっちになんの得があるんだて。それとも何か、中卒の俺に当てつけとんのか?ああん」
紗栄「(きっと俊樹を睨む)」
俊樹「…何や、その目は。このくそガキ!」
  と、紗栄の頬を張る。
  倒れる紗栄が机の角で顔を打ちつける。
  さらに暴れようとする俊樹を、上ってき
  た薫が必死で止める。
薫のオフ「この男とおったら、紗栄の将来が滅茶苦茶にされる…そう思ったもんで、私はあの人と別れて…」

 

○落合たばこ店内

  軒先に座り、神妙に薫の話を聞く慎二。薫「…紗栄を東京にいるお兄さんに預けることにしたんだわ」
慎二「それで、卒業前に転校を?」
薫「奨学金で大学も行って、お医者さんと結婚して…向こうで幸せに暮らしとるはずやった。でも、三年前に離婚して…それっきり、こっちにも帰ってこんくて…」
慎二「…」
薫「この間もふっと現れたと思ったら、卒業アルバムだけ持って、また出て行って…」
慎二「…」
薫「なんも言ってくれんくて…」
  と、涙ぐむ。

 

〇河川敷

  河川敷に停車しているバン。
  川の見える土手で慎二の話を聞く彬。
慎二「…紗栄にとっては酒乱の夫も私も、青春時代の嫌な思い出なんかもしれんって言って、おばさん泣いとらっせたわ」
彬「…」
  慎二のポケットのスマホが振動する。
慎二「(通話)…はい、山際ですが」
松井の声「俺、大日交通の松井やけど…」

 

○大日交通・配車センター

  松井が配車予定表を見ながら電話。
松井「あのさ。この間あんたが探しとった女性、予約が入っとって明日また乗せるんだわね…うん、△×ホテルから新幹線の駅まで…その前にちょっと寄る所があるらしいんやけどさ。あんた気にしとるみたいやったで、知らせとこ思って…」
慎二の声「すんません。何時ですか?」
松井「朝10時。あれやろ、『警察24時』的なことするんやろ?俺、そういうの大好きだもんで。協力するに」

 

〇河川敷

  紙ナプキンをじっと見ている彬。
慎二「(電話を切り)…な、アッキー」
彬「なんや、しんちゃん」
慎二「明日『泥警ごっこ』しいせんか?」
  彬黙って頷き、ナプキンを慎二に返す。

 

○ビジネスホテル・レセプション~玄関

  チェックアウトの手続きをする紗栄。
  バンの助手席でその様子を窺う慎二。
慎二「来た」
  と、運転席の彬の肩を叩く。
彬「あれが落合紗栄?SNSとは別人…」
慎二「息子に聞いたら、あれに載せる写真は、大昔のもんか加工したるもんらしいわ」彬「“盛る”とか“映え”とかいうやつか」
  タクシーに乗り込む紗栄。

 

○タクシー車内

  紗栄、バッグから卒アルをとり出して
紗栄「ここまでお願いします」
  と、「足立隆」の住所を示す。
  松井がアクセルを踏み、無線機をとる。松井「△×ホテルより、おひとり様ご乗車…」

 

○バンの中

  街中を走るタクシーを追う彬。
  無線機からは松井の声「行き先は大野町 
  三丁目、足立工務店…」。
  卒アルをめくる慎二。
慎二「…足立隆…A組、出席番号1番…最初のターゲットっぽいな」
彬「ここで止めれば、ただの“ごっこ”や」
慎二「(頷き)『大人の泥警』で済む」

 

○足立工務店の前

  大きな茶封筒を持って立っている足立隆
  の母・恵美子。
  少し手前で、タクシーが停車する。
紗栄「すぐ終わるんで、ここで待ってて」
  と降りようとするが、ドアが開かない。松井「あ、すみません…あれ?故障かな」
  などと、あちこちいじりだす。
  タクシーの横をバンが通り過ぎ、工務店
  前に滑り込む。
紗栄「(松井に)ちょ、何してんのよ!」
  バンから慎二が降りて、玄関先に立つ足
  立恵美子の前に走っていく。
慎二「足立隆さんのおかあさんですよね。私防犯協会の者なんですが…」
  と名刺を渡し、なにか説明し始める。
  紗栄、バンに貼られた「防犯パトロール
  中」のステッカーを見る。
紗栄「(独白)防犯?」
  恵美子が茶封筒を持ったまま、工務店の
 中へと戻っていく。 
紗栄「もういい。出して!」
松井「え?ここで降りられるんじゃ…」
  慎二がタクシーに向かって走ってくる。紗栄「いいから!」
  しかし、松井は微動だにしない。
慎二「(窓を叩き)落合…榊原紗栄さん」
  松井がレバーを引き、後部ドアが開く。松井「あ、直った」
紗栄「…」
慎二「ちょっとお話があります。ここで、車を乗り換えてください。ここまでの分は、私が支払いますんで」
紗栄「(ため息)」
  タクシー代を受け取りながら、松井が慎
  二にウィンクする。

 

○田舎道を走るバン車内
  
  後部座席でふんぞり返り、バッグからウ
  イスキーの小瓶を取り出して啜る紗栄。
  運転する彬、酒の臭いに顔をしかめる。紗栄「あんたら、何者?」
慎二「覚えてないやろうけど、西濃二中の同窓生、山際慎二」
彬「同じく、堀口彬。文化祭で『ザ・二中ズ』ってバンドやってたの、覚えてない?」
紗栄「誰でもいいけどさ。ちゃんと説明してくれないと、これただの拉致だからね。私が何したっていうのよ?」
慎二「特殊詐欺の“受け子”やろ。足立のお袋さんに聞いたわ。『息子から電話があって“会社で契約金をなくした。穴埋めしないとクビになるから三百万貸してほしい。今から事務の者を使いに出すから、その女性に渡してくれ”って言われた』って」
紗栄「中身のことなんか知らないわ。私はただ、指定された場所で荷物を受け取るよう指示されただけで…」
彬「現金とは知らなかった、と言い張れ!テレビで観た通りやな」
紗栄「…」
慎二「最初は、個人情報を売るだけやったんやろ?そのうちリクルータから『ついでに“受け子”もやってみないか、もっといい報酬払うから』とか言われて…」
  紗栄、観念した表情。
紗栄「お見通しか。で、今から私を警察に突き出すの?」
慎二「警察やない。こっちに出頭してくれ」 
  ダッシュボードから『同葬会』の招待状
  を取り出し、紗栄に渡す慎二。
紗栄「同“葬”会?これ字間違ってるわよ」
彬「そこは、親父ギャグと思って」
慎二「中学の同窓会、出たことないやろ?」紗栄「これに出ろって言いたいの?そしたら私が、中学生みたいなまっさらな心に戻って悔い改めるとでも?」
彬・慎二「…」
紗栄「お生憎ね。私はもうあの頃から、嫉妬深くてひがみっぽくって…あんたらみたいにつるんでバンドとかやって、チャラチャラする連中が大嫌いだった!」
  と、興奮して招待状をビリビリ破く。
彬「…三島健介も?」
紗栄「そうよ、三島くんも!それに藤沢真弓…あのあざといオンナなんか、特にね!」
  と、悔し涙ともつかぬ涙を流す。
彬「ああ。“あざといオンナ”には、俺も一票やなあ」
  慎二、ポケットからナプキンを取り紗栄
  に差し出す。
慎二「あんたはどう思っとるかわからんが、中学の頃の思い出は俺には宝物なんや。だから、あんまぞんざいに…」
紗栄「(鼻を啜り)ぐず…うっさい!」
  と、ナプキンを奪い取る。
  紗栄が開いて見ると「落合紗栄→三島健
  介」の前に「しんちゃん→(落合紗栄)」
  が書き加えられている。
紗栄「…しんちゃん?」
彬「(独白)35年越しのラブレター、か」 
  と、少し照れる慎二を見る。
慎二「ま、あれだわ。思い出ってさあ…」
  ナプキンで鼻をかむ音が車内に響く。
彬「(独白)あらま」

 

○ホテル・ロビー

  字幕「三月某日」。
  留袖を着た響子、受付の彬に歩み寄る。彬「いらっしゃいませ。どうぞ、ご尊名をこちらにご記帳願います」
  響子、名簿に名前を書きながら
響子「堀口くん。案内状に、会費がわりに香典を用意するようにってあったけど…」
  と、袖から香典を取り出す。
彬「はい。お葬式ですので」
  と、香典をおし頂いて箱に納める。
響子「なんだか、楽しいお葬式になりそう」
  と、微笑んで会場に入っていく。
彬「(独白)響子先生。たぶん旦那さんは、公平先生はこういう生前葬をやりたかったんやと思うんです」
  と、響子の背中を見送る。
彬「ん?」
  柱の陰に隠れるように立っている紗栄。彬「(独白)来たか。ミス二中」
真弓「(うしろから)堀口くん」
彬「(振り返り)お、おう。健介は?」
  黙って首を振る真弓。

 

○同・控え室

  彬と真弓が入ると、健介が部屋の隅で体
  育座りして震えている。
彬「健介」
健介「堀口。やっぱり、僕はダメでつ!」
  彬、健介の背中をポンと叩く。
彬「ええよ。無理せんでも」
健介「ごめん。ごめんでつ」
彬「でも、せっかくここまでは来れたんやからさ、客席で聴いてったら?」
健介「は、話しかけられたら怖いでつ」
  と、ペンギンのように手をバタつかせ
  る。
  彬、備え付けのモニターを健介の前に移
  動させる。
彬「わかった。じゃ、ここで観とってくれ」
  モニターには会場の様子が映っている。真弓「じゃあ、健ちゃん。行ってくるね」
  彬と真弓、健介を置いて控え室を出る。  

 

○同・パーティー会場

  立食形式の会場。
  同窓生たち数十名が集まっている。 
  ステージ上には祭壇が設けられており、
  棺桶の周りに白い水仙が盛られている。   
  吊るされたディスプレイには、「昭和〇年
  度卒西濃二中同窓会兼合同生前葬」とい
  う文字。
彬の声「お待たせいたしました。これより、西濃二中の合同生前葬『同葬会』をしめやかに…ではなく、賑やかに執り行いたいと思います。まずは景気づけに一曲。演奏は三十五年ぶりの復活『ザ・二中ズ』」
  会場内が暗転し、ステージ上の「ザ・二
  中ズ」にスポットライトが当たる。
  真弓のキイボードがしっとりとしたイン
  トロを奏でる。
慎二「…今日集まってくれたみんな。俺たちもう五十やな。中学の頃、五十歳って言えばもうお年寄り、そう思ってたよな」 
  会場から「そうそう!じじいばばあ」な
  どの声が上がる。
亘「ある脳科学者がベストセラーの本に書いてました。*『人間の細胞は七年で全て入れ替わる。その度に前の自分は跡形もなく消滅しているのだ』…ということはつまり、我々はもう七回も死んでいるのです」
  「へえ」「七回も?」などという声。
真弓「だったら、過去の自分たちを今日ここで葬り去って、新しい人生の、八回目の人生の門出にしようじゃありませんか」
  「おう!」という歓声。

 

○控え室

  モニターで彬たちを観ている健介。
  背後から紅茶を持った恵が入ってくる。恵「あのう」
  ビクッと過剰に反応する健介。
恵「紅茶、ここに置きますね」
健介「はい!お願いしまつ」
  健介が恐る恐る振り返ると、恵の腕に巻 
  かれた「堀口葬祭」の喪章。
健介「ほ…堀口くん…のお店の方でつか?」
恵「あ、はい。堀口の娘です。安い給料で働かされてますけどね、あは」
健介「娘…若い子が、葬儀屋さんを?」
恵「ああ、よく友達にも言われます。でも、全然抵抗ないですよ。なんせ生まれた時から葬儀屋の娘だし」
健介「…」
恵「父親も誇り持ってやってるわけだし、娘が嫌々やってたらマズイっしょ?」
健介「…誇り。堀口は偉いでつ」
恵「あ。でもあのひとも、一時はだいぶストレス溜めてたみたい…かあちゃんが死んで、そのあとお店閉めちゃって…」
健介「…」
恵「沖縄だかどっかにふらっと旅に出て、帰ってきたと思ったら、急にやる気出しちゃって…もう後悔はしたくないとかって…」
健介「後悔?」
恵「それまでは、遺族の気持ちがわかってるようなフリしてやってたって。葬儀屋はビジネスじゃない、仕事なんだ…とか、なんか訳のわからないこと言ってましたよ」
健介「…」
恵「今回も、今までにない楽しいお葬式にするんだって、倉庫からカビの生えたベース持ち出して張り切ってたけど…」
  と、モニターの彬を見る。
恵「結局、自分が楽しみたいだけじゃん。集められたひとたち、いい迷惑ですよねえ」
  と言いつつ微笑んでいる。
健介「…」

 

○パーティー会場

  会場は大盛り上がり。
  健介がうしろのドアからそっと入るが、
  誰も気づかない。
  汗をかきながらの慎二のギターソロ。
  ドラムの亘やキイボード真弓も熱演。
健介「…」
  曲が終了し、拍手が湧き起きる。
彬「ありがとう。そして、ご愁傷様!」
  続いて、真弓がしっとりとした曲を独奏 
  し始める。
  彬はベースを下ろし、司会マイクへ。
彬「ここからは、おひとりずつ祭壇に献花をして、過去の自分にお別れの言葉を送って頂きます。ひとり目は三年A組、井上亘」
  黒いフチ取りのディスプレイに、長い髪
  をかき分ける中学生の亘が映される。
  失笑の中、薄毛の亘が祭壇前の恵から黄
  色いラッパ水仙を受け取る。
彬「祭壇には水仙の花。これはナルシストの語源のとおり花言葉は『自己愛』です。一方献花していただくのはラッパ水仙、花言葉は『再生』です。『自己愛』を葬り去りラッパ水仙の献花をもって、八人目のあなたに生まれ変わっていただきます」
健介「(独白)再生?」
  ラッパ水仙を手に棺桶の前に立つ亘。
亘「おおい、俺の髪。おまえはいったいどこへ行ってまったんや。おまえがいなくなってからの俺は、男としての自信をなくしてやることなすこと及び腰。ついつい保身に走る毎日や。でも今日はそんな自分を弔って、新しい俺になるからな。さよなら‥俺!」
  と棺桶にラッパ水仙を投げ入れ、祭壇を
  降りる。
彬「続きまして、三年A組…落合紗栄」
  ディスプレイにミス二中時代の紗栄。
  どよめきが起き「ミス二中や」「紗栄ちゃ
  ん、院長夫人らしいよ」等の囁き声。
  突然画面が、ワインとケーキを持って驚
  く現在のメタボな紗栄に切り替わる。
紗栄「ええ!私?聞いてないよお。先に言っといてほしかったなあ。もう。恥ずかしい」
  微妙な空気の中、献花に向かう紗栄。
紗栄「旧姓落合、今は榊原です」
  と、左手のダイヤの指輪を見せる。
  「わ、高そう」「さすがセレブ」の声。
紗栄「名字は変わったけど、見た目は中学時代からほとんど変わってません」
  客席がどっと沸く。
紗栄「さよなら、私の体脂肪!えい」
  と、ラッパ水仙を棺桶に放り投げる。
紗栄「(独白)これで、いいんでしょ!」
  と、彬・慎二を睨みつける。
  会場が陽気な雰囲気に包まれる中、健介
  だけは片隅で壁の花になっている。
  そのそばに、そっと響子が寄り添う。
響子「三島くん」
健介「きょ、響子先生!」
  と、深々と頭を下げる。
健介「つ、つみまてん。この間、告別式で僕は、僕は…逃げてしまいまちた」
響子「(微笑んで)そんなこと気にしてないわよ。それより今日は、昔みたいに演奏はしないの?」
健介「…覚えてくれてたんでつか?」
響子「あとにも先にも、君たちだけだわ。文化祭でロックバンドやりたいから、教えてくれって言ってきた中学生は」
健介「わ、若気の至りでつ」
響子「ううん、嬉しかったよ。ロックだろうがクラシックだろうが、音楽に興味を持ってもらうのが私の仕事だから」
健介「…先生」
  健介の目に涙が浮かぶ。
健介「…僕は、僕は…」
  響子、母親のように健介の肩を抱く。
   × × ×
  客席では儀式を終えた同窓生たちが、グ
  ラス片手に昔話に花を咲かせている。
  ステージ上では献花が続いている。
彬「さあ。宴もたけなわですが、今しばらく弔いの儀式を。続いて、三年C組三島…」
  会場を見渡し、響子と健介を見つける。彬「…」
  響子、彬に向かってOKサインを出す。彬「三島健介!」
  健介、おそるおそる顔を上げる。
響子「さ、死んできなさい」
  と、健介の背中をポンと叩く。
  「三島く~ん」「二中のアイドル」など
  ひと際盛大な歓声が沸き起こる。
  真弓ソロ演奏の手を止め、恵から花を受
  け取る健介を見守る。
  ディスプレイには、文化祭でシャウトし
  ながらギターを弾く健介の写真。
  祭壇に立ち、それを見上げる健介。
健介「(苦笑)まるで、ロックスターみたいなドヤ顔ですねえ」
  「実際そうだろ!」というヤジが飛ぶ。
健介「確かに。でも中学だけじゃありません。高校時代はバスケでインターハイ、大学も一流私大、そして一部上場の大手出版社にも就職しました」
  「なんだ、自慢話か?」のヤジ。
健介「ところが、ここから僕の挫折が始まっていきます。文学部を出た僕は当初文芸雑誌の編集部を希望していたのですが、結局女性週刊誌に配属されました。正直イヤだった。芸能ゴシップだのファッションだの、全く興味はなかった。でも、プロの世界で好き嫌いなんて言ってられない、そう自分に言い聞かせて一生懸命働いた。芸能人の浮気現場を撮影するため、ワゴン車に何日も泊り込んだりした。頑張ったんです。でも、その頑張りは裏目に出ました…」
  会場が徐々に静まっていく。
健介「あいつは器用だ、我慢強いとその後も経理部とか総務部とかで便利使いされ、最後は営業部でした。営業は雑誌の広告をとる仕事で、本来なら花形部署です。でも時代は変わり、ITに押されカミ媒体にはスポンサーがつきにくくなっていたんです。それでも、ここが最後の砦だと自分に言い聞かせて…頑張りまちた!」
  真弓、そして紗栄がじっと健介を見る。健介「だけど、その営業部からも去年捨てられた…リストラでつ。そして僕は、心の病に罹りまちた。うつ病でつ」
  会場は健介の話に聞き入っている。
健介「頑張った頑張った頑張った…なのに…誰か教えてくだたい。じゃあ、一体どう生きればよかったんでつか?」
  うなだれ嗚咽する健介。
紗栄「(独白)三島くん。ダメよ、そんな姿見せちゃ。君は永遠のアイドルでしょ」
  と、やけ酒のようにワインを飲み干す。
  会場が静まり返る中
慎二「葬儀屋。まだ残っとるぞ!」
  と、献花を掲げ彬にアピールする。
彬「…あ、ああ。次が、本日の同葬会最後の故人様です。三年C組・山際慎二」
慎二「へへ。大トリやぞ」
  と、壇上に上がる。
  ディスプレイの写真が、ギターを弾く茶
  髪でリーゼントの慎二に変わる。
慎二「(見上げて)はは。生き恥ってこのことやな。でも、こんな俺にも息子がいます」
  グラスを置いて、慎二を見る紗栄。
慎二「今でこそ店を継ぎたいとか言ってくれとるけど…中学の頃イジメにあって、高校に入ったら真逆に捻じれて、同級生に暴行して重傷を負わせた馬鹿な息子が…」
  俯いていた顔を上げる健介。
慎二「もちろん、バカ息子連れて病院に謝りに行ったわ。そしたら相手の親が俺に言った…一体あなたは父親としてどんな躾をしたのかって。俺は目の前が真っ暗になって、何も答えられんでただただ土下座した」
紗栄「(独白)思い出した。手羽先屋の子だ」 
  居ずまいを正し、耳を傾ける紗栄。
慎二「家に帰ってから、息子はこうぬかしやがった…ごめん。親父に恥をかかせて…頭に血が上ったわ…そんなことやない。おまえはイジメられてたくせに傷つく人間の気持ちがわからんのか…情けなくて、拳骨で殴った…ほんで、みっともないぐらい泣き喚いてあいつの首を絞めた…このまま一緒に死んだろ、って本気で思った」
健介「…」
慎二「俺も、そんとき考えたわ。いったいどう育てれば正解やったんや?それ以前に、俺自身どう生きればよかったんや?」
健介「…」
慎二「たぶん、答えなんか…ないわ」
  と棺桶に花を添え、手を合わせる。
  沈黙の中、客席の紗栄が挙手をする。
紗栄「私もホントのこと言う!さっきはごまかしたけど、三年前に離婚した!」
  一同が、今度は紗栄に注目する。
紗栄「こんな田舎生まれの育ちの悪い娘が、院長夫人なんて最初から務まるはずなかったのよ。姑との確執、病院での立ち居振る舞い、鼻持ちならないセレブ連中との付き合い…疲れ果てて、お酒に逃げて…ある日、小六の息子を…叩いてしまった…」
  彬、慎二が眉を顰める。
紗栄「何度も何度も…何見てるんだ、あんたまで私を馬鹿にするのかって言いながら…そしたらあの子、春樹はもう私に近づかなくなって…夫や姑にもバレて…家庭裁判所からも、キッチンドランカーの女に育児はできないって…」
  切ない目で紗栄を見守る真弓と健介。
紗栄「私の父親もそうだった。気の小さい人で、いつも『自分は馬鹿にされてる。イジメられてる』って…ああ同じなんだ、私もこうやって全てを壊していくんだって思ったら…またお酒に溺れて、また被害妄想に走って…イジメられてる私が、少しぐらい誰かをイジメたってバチは当たらない…」
慎二「…」
紗栄「ごめん!私、みんなの事も…」
  壇から飛び降りて紗栄の前に立つ慎二。慎二「もうええ!」
  と、紗栄を抱き寄せる。
慎二「(囁き)あれは未遂や。今度は、誰も傷つけてないやないか」
  慎二の腕の中で、体を震わせる紗栄。
  どこからともなく「みんないろいろある
  って」「しょうがないよ」と慰めの声。
  その光景を冷静に見ている真弓。
真弓「…ダメなのよ。同情も同調も」
  と、おもむろにシンセを弾き始める。
  「Everybody Loves Somebody(誰かが誰
  かを愛してる)」の独奏。
彬「(独白)真弓?」
真弓「紗栄ちゃん。私もあるよ。全部放り出して、どっか行っちゃいたいときが」
  真弓を見る紗栄、そして健介。
真弓「でも、どっかってどこよ?ひとりで歩いたって、同じとこグルグル回ってるだけでしょ?」
  と、冷めた口調で壇上から語りかける。紗栄「(独白)あの女、また上から…」
真弓「ひとを頼りなよ…もっとあざとく、さ。それともまだプライドが邪魔をする?」紗栄「(独白)くっそお」
真弓「紗栄ちゃんは何が欲しいの?どうなりたいの?ミス二中とか、院長夫人とか、セレブとか?本当はさ、誰かが誰かを愛してる…それだけでよかったんじゃないの?」
紗栄「(独白)くそ、くそ、くそ」
  紗栄とは別に、真弓の言葉をかみしめて
  いる健介。
真弓「…なあんてね」
  と演奏を止め、睨みつける紗栄の視線を
  正面から受け止める。
紗栄「やっぱり、あいつ大嫌いだ…ありがと、しんちゃん。もう大丈夫」
  と慎二の腕をほどいて、棺桶に向かう。
  一同、紗栄の一挙手一投足に注目する。紗栄「おい!私!いつまでも逃げてんじゃねえぞ!バカヤロー」
  と、指輪を外し棺桶の中に放り投げる。慎二「いや、なにも捨てんでも」
紗栄「(振り返り)今日のために買った模造品よ。本物は、とっくに質屋」
  と、自嘲の笑みを慎二に見せる。
慎二「うちの店の客に、依存症のリハビリ施設に勤めとる人がおるんや」
紗栄「…あとで教えて。春樹に会うためなら何だってするわ」
  凛と言い放ち、慎二の隣に並ぶ。
彬「健介。おまえも」
  と、棺桶を指す。
健介「あ、うん」
  そっと献花をし、真弓の隣に立つ健介。健介「(ぼそりと)は、八回目の人生も、僕は君と一緒にいたいでつ」
真弓「キャ。やん、もう」
  と照れるブリッ子の仕草。
  舌打ちする紗栄と見ないふりをする彬。彬「…これを持ちまして、献花の儀式は終了とさせて頂きます。ここからは故人の皆様の斉唱をもって、それぞれの魂を浄化し天上へと送り出しましょう」
  彬に目配せされた真弓が、シンセで「仰
  げば尊し」の前奏を弾き始める。
彬「(独白)本当は、みんなわかっている。大切なのは、どう生きればよかったか?じゃない」
  歌い始める一同。
彬「(独白)これからどう生きればいいのか?だ。だって、人生は百年時代なんやろ?五十歳なんてまだ折り返し地点や」
  歌いながら、棺桶を黄色く埋め尽くした
  ラッパ水仙を見る彬。
彬「(独白)あ、俺だけまだ献花しとらんな。てか、式次第にも入れてなかったっけ」
  ふとディスプレイを見上げると、彬の中
  学時代から高校・大学・就職までの写真 
  が走馬灯のように流れていく。
彬「(独白)え?」
  そして、亡き妻・寛子との2ショットの
  写真で止まる。
彬「(独白)寛子」

 

〇おちょぼ稲荷(回想)

  月越参りで賑わう中、通行人に写真を撮
  ってもらう彬(25)と寛子(28)。
彬のオフ「相手は、ガンで亡くなった親父についてくれていた看護師やった」
  油揚げを奉納したり、重軽石を持ち上げ
  たりして楽しんでいるふたり。

 

〇串カツ屋(回想)

  名物の串カツを食べている彬と寛子。
彬「ごめんな」
寛子「なにが?」
彬「俺の実家、こんなド田舎のちっぽけな葬儀屋なんだわ」
寛子「…跡を継ぐの?」

彬「どうやろ。正直、今みたいにサラリーマンやっとる方が安定しとるし、気も楽や。けどやっぱり、親父が人生かけた場所やから。寛子は、どっちの嫁になりたい?」
寛子「(苦笑)え、それプロポーズ?」
彬「違う違う、例え話。プロポーズは、もっとロマンチックな所でするから!」
寛子「期待してます。でも、そうね…」
彬「…」
寛子「町の葬儀屋さん、もいいよね。私の仕事と似てる気がするし」
彬「看護師と葬儀屋が?いや、真反対…」
寛子「どっちも、命を大切にするじゃない」彬「え?」
寛子「お父様のために毎日病院に通ってくれた彬さんも、きっとそういう人だから向いてると思うよ」
彬「…あ」
寛子「(微笑んで)私、ついていくよ」
彬「あ、あ…」
  彬の頬を涙がつたい、止まらなくなる。寛子「だ、大丈夫?」
  と、ハンカチを出し拭いてやる。
  周りの客も何事かと見守る。
彬「…寛子。お願いがありまつ」
寛子「うん。なに?」
彬「(泣きじゃくり)な、長生きして…長生きして…くだたい!」
寛子「…うん、わかった」
  彬の顔を両手で包み、額をつける寛子。寛子「一緒に、長生きしようね」

 

〇パーティー会場

  紗栄、慎二、亘、真弓、健介、彬―それ
  ぞれの思いを込めた「仰げば尊し」。
  隣に寄り添う真弓が健介の手を握る。
真弓「(囁き)健ちゃんは独りじゃないから…誰も、独りなんかじゃないから…」
  真弓の手を強く握り返す健介。
  その光景を涙目で見る彬。
  卒業式のような合唱が続く。 
  フェードアウト。

 

○堀口葬祭・事務所

  今日も電話で勧誘をしている彬。
彬「この生前葬っていうのがうちのイチ押しなんだわ。そうそう、終活がブームだでね…うん、その気になったらでええで…」
  別の外線電話が鳴り、コンビニおにぎり
  を頬張る恵がとる。
恵「ほ、堀口葬祭でふ…あ、ふぁい」  
  彬が電話を切り、恵が保留ボタンを押
  す。
恵「ひゃちょお、本村様から二番」
彬「…響子先生、か」
  と、電話を取る。
彬「はい。先日はどうも……え?学校葬⁉」
  と、お茶を飲む恵がむせ返る大声。

 

○本村家・居間

  公平の遺影の前で電話する響子。
響子「そうなのよ。きのう学校から電話があってね。本村の教え子たちが署名を集めてくれたみたいで…うん。四十九日を兼ねて二中の体育館でやらないかって…」

 

○堀口葬祭・事務所
 
  興奮気味に電話する彬。
彬「わあ。それは名誉なことですね。公平先生も、きっと喜んでらっしゃいますよ」
響子の声「名誉なんてどうでもいいのよ。署名運動までしてくれた、っていうのがね」
彬「そう。そうですよね」
響子の声「でね、その仕切りを堀口くんのところでやってもらえないかと思って」
彬「はい、喜んで!」
恵「(失笑)居酒屋かっつーの」
彬「じゃあ一度学校側も交えて、綿密な打ち合わせを…ええ、はい…」
  はしゃいでいる彬をよそに、頬杖をつい
  て壁の家族写真を見る恵。
恵「はあ。人が死んで大はしゃぎする商売って…どうなんだろね?かあちゃん」
  写真の寛子は笑っている。

 

○   宮前商店街(俯瞰)

  閑散とした商店街の朝の風景。
  シャッターを開ける花屋、煙草店の店先
  を掃く紗栄の母・薫、食材を店内に運ぶ
  慎二・充父子、ふたりに声をかけ自転車
  で参道を走り抜ける亘―。
  桜の花びらが緩やかに舞う。

 
                (終)

#創作大賞2024   #オールカテゴリー部門

 

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