屋上ランデブー 9話

 12月も二度目の土曜日を迎える。寒さも浸透してきて、コートは必需品だ。

 時刻は16時。先輩との待ち合わせ場所は前回とは異なり、きちんと建物の屋上。駅直結型の商業施設の屋上だ。エスカレーターで上の階まで登りきってわ最後は階段を辿り屋上の空気にまみれる。

 仰ぐと、どこまでも連なるような空。高い場所へ至ると、天に近づいた気分で、どこまで近づけるのか。可能性は世界に溢れているのか。そんな気分に浸る。

 ナルシシズムに酔っていると、急に視界が閉ざされた。否、誰かの手で眼前の景色が阻まれた。

 「問題。可愛い女の子が先に来ているのに、見つけようともしないで空を仰いでいる変人は誰だ?」
 「ヒントをください。その人の特徴は?」
 「名前がかっこいい。」
 「それだけ?他には無いんですか?」
 「優しい、かもしれない。」
 「最後にもう一つお願いします。」
 「時間切れ。」

 サッと手を退けて、振り返るとみなみ先輩がにっこりと微笑んでいた。ベージュのコートと彩色豊かなマフラーがやけに可愛くって、それに加え星彩のように輝く表情が可愛さを増している。

 「もっと早く来なよ。女の子を待たせるなんて失格だね。」
 「え、でも時間の5分前には来ましたよ。」
 「分かっていないなぁ。1時間くらい前から来て、ソワソワしているところに私がからかいたいんだよ。本当に遅すぎる。」
 「理不尽女王じゃないですか。」
 「そんなことないよ。ねえ、それよりさ、ここはモロに屋上だね。」

 街を見渡せる屋上空間。開放的な空間が心地良い。そこで笑う少女というものは、絵心があれば画用紙の世界に留めたくなるほどマッチしていて、この空間は僕も好きだ。

 「ねえ、あそこに屋台があるよ。なんか買ってきて。お金、はい。私の分は預けるから。」
 「りょーかいっす。なんだろうな。」
 「何?何か変かな。」
 「いや。この前も話題にしましたけど先輩はよく、ねえを口にするなって。」
 「口癖だからね。」
 「その口癖可愛いですよ。」
 「褒めても何も出ないよ。」

 と言いつつ満更でもない表情が、夕景を背後にして世界に滲む姿形が心に積もった。

 僕はさっと行ってホットドッグと適当にソフトドリンクを買って、みなみ先輩が席を取ったテーブルに腰掛ける。

 「はい、お待たせしました。適当に買ってきましたよ。」
 「ありがとう。お遣いできて偉いね。」
 「初めてのお遣い、ちゃんと見守ってくれました?」
 「うーん、多分ね。」

 センスがあるのか無いのか分からないようなコメントを放り投げて笑う。きっと、来年の今頃はこんな風に笑い合うことはできない。


 「ねえ。」
 「なんですか。」
 「私さ、来年はこうやって遊べない気がするんだよね。というか、確定事項。受験が大詰めの時期だし。」
 「それは分かりますよ。」
 「だからね、どうってわけじゃないけど。風人君といると楽しいよ。」

 こういう時にパッと返事ができないから自分のコミュニケーション能力の乏しさに涙してしまう。詰まってしまったのだ。いつもは人を心地よくからかうくせして、時折変化球を投げてくる。ズルい人。

 「ねえ。あ、私またねえを使っちゃった。多用しすぎかな。」
 「もう聞き慣れたからその口癖が無いと寂しいですよ。」
 「そうかな。ありがとう。えっとね、前回はスカイツリーの展望施設から降りて別れたじゃん。」
 「そうっすね。今日は屋上で食事して終わりですか。」
 「何かそれも味気無いなあって。ねえ、風人君はどうしたい?」

 この後どうしたいか全く考えずにいた。夜の訪れと同時に、前回同様彼女は屋上から去っていくとばかり思っていた。

 僕はすぐに頭を働かせた。屋上空間で遊ぶのが理想的だろう。この近辺で屋上空間は他にあるのか。究極、かなり高度ある屋上っぽい場所や歩道橋のような浮いている場所も適用して良いとのこと。

 水を得た魚よろしく、僕は水族館を思い付いた。空の塔には及ばずとも、かなり高い場所に水族館が位置し、屋外ではペンギンと見つめ合える。

 「ねえ、水族館はどうかな。屋外空間もあるし。」
 「ねえってさ。私の口癖じゃん。ここからそこそこ歩くよ。」
 「10分くらいでしょ。」
 「オッケー。じゃあいつも通り私が先に行くから。私が連絡したら向かって。」
 「慣れたなこの感じも。了解っす。」

 15分ほど経過して先輩からメッセージが届いた。

 みなみ:チケットカウンター前に来たからカモンベイベー。

 軽く酔ってるのかなと心配した。僕は後ろ7文字はガン無視して返事をした。

 チケットカウンターに着くと、先輩は大袈裟に手を振った。

 「意外と速いじゃない。10分もしないで来たじゃない。」
 「そうっすかね。先輩に会えない10分弱はとても永く感じましたけど。」
 「え。ねえ、それってどういう意味?」
 「そのままですよ。流れる時間は同じでも、感じる長さは違うじゃないですか。」
 「そっか。」

 チケットを購入して水族館の中に入る。みなみ先輩が隣にいて改めて思う。水族館は魔法がかけられてるみたい。いつもは意識することさえない生き物をこの空間ではまじまじと見つめる。

 整えられた空間を泳ぐ魚たち。飾られたささやかな闇の影響もあって、より美しく映える。

 「ねえ、綺麗。」
 「うん、綺麗ですね。」
 「ねえ、離れないでよ。」

 さっとみなみ先輩の右手が僕の左手を掴んだ。ちらっと横顔を眺める。ほんのりした暗さの中、魚を眺めるその横顔は綺麗だった。

 「見て見てクラゲ。」
 「綺麗っすね。流石は海に月と書くだけありますね。」
 「うん。」

 相槌を打ってお互い沈黙を貫いて数秒。その数秒に悩まないのはこの空間の鮮やかさ、華やかさのおかげだ。

 「ねえ、クラゲって何も考えないのかな。」
 「どうしてそう思うんですか。」
 「だってぷかぷかしてるし。それだけなんだけど。そう思っちゃだめかな。」
 「ううん、そんなことないよ。」

 さりげなく言葉を交わしながら僕らは遂に屋外空間に辿り着いた。

 時間は過ぎて夜が目を見開いていた。外の空気は貫くように僕らを包み、身体の隅々にまで冷たさが沁みる。僕を離さない少女の小さな手。

 ペンギンたちを眺める。大好きなペンギン。目に入れることで癒される。そうやって僕が鳥類を凝視すると頬に感触が生じた。

 「ペンギンばっかり見るなよ。隣に可愛い私がいるんだぞ。」
 「ごめん。ペンギンが好きで。」
 「泣くぞ。私はペンギン以下なのか。」
 「ううん。みなみ先輩は僕にとって。」
 「僕にとって?その先は?」

 言葉をせき止めた。これ以上言っていいのか躊躇った。今日はクリスマスでもなんでもない日。アニバーサリーにするにしてもとりとめのない日付。

 好意を告げるのは10日と数日後経ってからと決めているのだ。

 「必ず伝えるから。今日は許して。」
 「私が風人君にとって何なのか。ちゃんと教えてくれるの?」
 「うん。然るべきタイミングで言葉にするから。」
 「約束だよ。」

 僕は首を縦に振った。

 曇り空を見上げる都会の街。高校一年生の冬。近づきつつあるクリスマス。寒さを分かち合うように。想いを零さないように。冷たいその手から滲む優しさを忘れないように。

 少し離れた距離から手を振り合うその瞬間まで、僕は冷たい先輩の手を強く握り返した。

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