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【第3回】言葉の「裏メッセージ」|言葉とこころの解剖室

言葉から人の心やコミュニケーションのヒントを紐解きたい。その思いから『言葉とこころの解剖室』という連載を書いています。

無意識に使う言葉や、言葉に対する感覚から「自分」を知り、言語コミュニケーションを通じて「相手」を知ることができます。決して正解のない世界ではあるものの、言葉という高度な道具をできる限り大切に、そして有用に使いたい。

執筆業に携わる者としても、いち人間としても、言葉と心をもっと追求したい!ここは言葉やコミュニケーションを分解、分析して明らかにする「解剖研究」のお部屋です。

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ざわざわする。なんだか無性に逃げ出したくなる。

先日、美容院で髪を切りに行ったときのこと。隣の席でやりとりしている美容師さんとお客さんの会話が気になって気になってしかたがなかった。

久しぶりの美容院なので、わたしは目をつぶってじっとしていようと思った。話したり、読んだりしないで、静かにしていたかった。

でも、なんだか自分の左側から不穏な空気が漂ってくる。

「……それでも大丈夫であればいいんですけど……」

「……さっきも言ったように……」

「簡単に言ってしまえば白髪染めになるんで……」

「それで大丈夫であればそうさせていただくことも可能ではあるんで……」

何やら、美容師さんが「お客さんの希望に沿えない」という説明をしてるようだった。ただ、ものすごく気になるのが、けっこうな時間、同じ言葉を何度も繰り返して説明していること。

ふたりは数メートル離れているものの、同じワードやまったく同じフレーズが繰り返されるので注意が向いてしまう。

そして、お客さんのテンションがサーっと急降下していくのが明らかにわかった。

「〇〇と△△を混ぜさせていただいて」

「簡単に言ってしまえば」

「さっきも言ったように」

とくにこの3つの言葉が、さっきから何度も繰り返されているのだ。

美容師さんのネガティブメッセージ

このやりとりは、お客さんが美容師さんに無理難題を投げつけているわけではないとすぐに判断がついた。

というのも以前、わたし自身がその美容師さんに髪を切ってもらったことがあったからだ。そのときもわたしの希望をことごとく「実現させない」方向にもっていくのがとても不愉快だったので印象に残っていた。

その美容師さんからは、とてもネガティブなメッセージを感じた。わたしの希望に対して「それをやってしまうと〇〇になっちゃうので…」「できなくはないですが△△という感じにはならないので…」

すべてこういう感じで、却下されていく。

却下する、否定するというか「前向きな気持ちを遮断する」ような感じ。

ただ厄介なのは「やれなくはない」という言葉も混ぜてくること。

こちらが理想のスタイルにならない可能性や、不安要素をふんだんに話した後に「それでもよければ、やります」と言うところも、非常に気になる。

言葉の「裏メッセージ」

その美容師さんは、一方的に「できないことの説明」しかしなかった。どうすればいいかわかっていない素人の客に対して、同じ言葉を何度も繰り返して、全く同じ説明をし続ける。

お客の髪質や希望を自分の内側に入れない、という感じがする。カットやカラーの専門知識をロボットのように繰り返していた。

しかし、お客さんがカットやカラーの専門知識を、せいぜい数十分のカウンセリング中に理解できるはずがない。

「この相手は、自分の話が理解できないだろう」ということがわかっているからこそ何度も「簡単に言ってしまえば、これは〇〇なんですよ」という、美容師側の説明を繰り返した。

「簡単に言ってしまえば」というのは説明を端折る必要があるときや、端的な要約表現をするときにも使うが、説明する意思がないときにも使うだろう。

お客としては、カラー剤や美容師の技術的な話をされても「じゃあどういう方向に変えるべきか」は理解できない。「こんな感じになりたい」というイメージだけで来ていることも多い。

だから、お客側はしどろもどろになって、苦しまぎれに、たどたどしくいくつか質問をする。すると「それはですね、さっきも言ったように」いう言葉がまた飛んできて、同じ説明を繰り返し聞く……という非常につらい時間が流れていた。

「簡単に言ってしまえば」「さっきも言ったように」という言葉に、なんだか不快な印象がつのる。

わたしとしては、これには裏メッセージがあると思った。

「もっと早く理解してほしい」「わかりやすく説明してあげている」という、別々のメッセージが同時に伝わってくるのだ。

「相手は自分の話が理解できないだろう」という気持ちは「自分には相手が理解できるように伝える自信がない」という気持ちと、紙一重でよく似ている。相手への威圧と、自分への自信のなさは併存すると感じた。

低姿勢すぎる言葉選びと、その頻度

ねじ伏せようとするわりに、その美容師さんの言葉選びは随分と低姿勢だった。

まず、呼吸のように「すいません」を連発する。人には多少なりとも使い勝手の良い口癖があるものだし、会話や話のリズムをとるのに使いやすい言葉がある。

彼の場合、それが「すいません」だった。

「すいません、本日担当の〇〇です」

「すいません、タオルをかけさせていただきます」

彼は、息を吐くようにすいませんを吐いた。

それと、もう一つ引っかかるのは「させていただく」の多用である。これは前々から気になっていたことではあるが「させていただく」は、多用すると相手からの印象を下げるおそれもある、ちょっと危ない言葉遣いだと思う。

この方は、表面的には自分を下げているのだけれど「さっきも言ったように」「簡単に言ってしまえば」などの裏メッセージを使い、自分の主張を押し通し続けている。

散々、不安な要素を話したあとに「それでもよければ、できなくはないですが……」と微妙に引っ込めるのも「自分が主張をした事実」をごまかしているように感じた。相手に提案をするわけでもなければ、相手と意見をすり合わせるつもりがない。実は激しい攻撃をしているのに、表面的に使っている言葉は、一見やわらかくて謙虚なものを選んでいるのだ。

ずっと彼の言葉に注意を向けていたらだんだん不快感で眉間が強ばってきてしまったので、わたしは目の前の雑誌に手を伸ばした。

一方、わたしが今指名している美容師さんとの会話をみてみよう。

わたしは今回「ずっとショートなので、伸ばしていきたいと思ってるんです。だから長さは変えずに整えてもらいたい」という希望を話した。

しかし、わたしは毛量が多くてクセの強い厄介な髪質をしているので、この理想通りにはいかないようだった。ただ、それでも今の担当の方とは話が自然に前進していった。

「今、お客様は右側に髪の毛が流れているので、カットしてそこを調整していけば2ヶ月くらいたってから真下に下りるようになってくると思います。お客様の場合毛量が多いのでかなり梳く必要があるので自然に毛の長さも短くなりますんで、ちょっと伸ばすのに時間はかかってしまうかもしれないんですけど、そのような形でやらせてもらえれば、扱いやすいかなと言う感じです」

わたしの髪質や希望と、美容師側の提案をバランスよく混ぜて話す。今はわたしの希望を全部叶えることは無理だけれど、今こうしておくことで未来はきっとよくなる。それらがすべて、わたしの脳にまっすぐに入ってくる。

できないことも、できることも、今も、その先のこともすっとイメージができる。

お客は何が何でも希望を聞いてほしいわけではない。今よりきれいな自分、より理想に近い自分になるにはどうしたらいいか……という助言やアドバイスすら、プロに求めているのだと思う。

意見の押し合いではなくて、相手の願望を踏まえた上で今できることを提示してくれたらそれでいい気がするのだ。(そうではない人もいると思うけれど)


わたしがカラー剤を髪の毛につけて放置している間に、美容院の電話が鳴った。それはお直しの依頼だったようだが、状況確認をしているような受け答えの中で、あの彼はやっぱり自分の主張を曲げなかった。

「最初に〇〇がいいとおっしゃったので」

「それは、最初に〇〇という話だったので」

やはり、音飛びしたCDのように、同じ言葉と同じ説明を繰り返していた。それでは伝わるはずがない。彼の発する言葉を聞いているだけで、なんだかわたしまで生きづらく、不穏な気持ちになった。

物腰の柔らかい言葉の中に、恐怖感情が隠されていることがある

美容師さんのことを論ってしまって悪いなという思いを感じつつも、一人の客が不快な気持ちになったのは事実だ。

実際にわたしが直に接したときも、今回となりで聞いていたときも、全く一緒だった。「この感じはいったいなんだろう……」という、不可解さを押しのけてくる、強いエネルギーがあったのだ。

一見、物腰の柔らかい言葉、低姿勢の言葉、へりくだる言葉を使っているからとても分かりにくいのだけど、そこには「恐怖」が隠れているのだと思う。

理解してほしい。くみ取ってほしい。でも、近寄ってほしくない。分かり合いたくない。そういう複雑な闇のようなものを感じた。

美容院というのはキレイになるところであって、ポジティブな変化やリラックス、癒しを求める場所である。そんな場所だからこそ、正反対で目立ちやすい「恐怖」や「威嚇」を敏感に察知するのかもしれない。これが水道管工事の打合せだったら「なーんか話噛み合わないな」「やりにくいな」という感じで済むのだろうか。

しかしやっぱり、簡単な言葉で、臆病な心を防御しながらのコミュニケーションは、正直とても気持ちの悪い違和感を抱く。ぬるっと、どよんとした、湿っぽい感じ。

その人が目の前にいなくなっても、後々にまで残る。これが「裏メッセージ」や「言葉の呪い」なのだと思う。


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