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14歳の教室。

すれ違った瞬間が、永遠に感じられるような恋だった。

もしも、恋を選ぶことができるのなら。好きになる人を選べるというのなら、わたしは決して彼を好きにはならなかっただろう。

彼はわたしの親友であるMに、恋をしていたのだから。

叶わないことなんてわかっていたのに、崖の上から滑り落ちるように、気づいたらその恋の淵に立っていた。
彼は毎日まいにち、Mと話すために教室に通っていた。側から見れば、彼がMのことを好きなのは一目瞭然。わたしだって最初から気づいていた。Mと話すときの彼は、いつも笑顔で。その目はいつも、恋に揺れていたから。

わたしなんて、Mのおまけ。彼がわたしと話すのは、Mのことだけ。Mがいるから、ついでにわたしとも話す、ただただ、それだけだったのに。流行り病のような恋に落ちたのは、なぜ、Mではなくわたしだったのだろう。

今でも覚えている。彼に対する感情が恋であると気づいた後、初めて彼とすれ違った日のことを。
あんなに騒がしい周囲の喧騒が、一切耳に入らなくなって。時計代わりに時を刻むかのように高鳴る、胸の鼓動。一瞬一瞬、シャッターを切って進むかのような、ひどく永くて苦しい時間。早く過ぎ去ってしまいたくて、ずっとこの時間に囚われていたくて。

人は恋や愛を例えるときによく「永遠」という言葉を使うけれど、わたしはその言葉が見合う瞬間を、この時の他に知らない。
ひどく脆くて、壊れそうで不安定なものだったけれど、あんなふうに流れる時間を味わうことは、きっともうないように思う。

そしてわたしはこの恋を、誰にも言うことができなかった。
友だちの少ないわたしがそんな話をすることができるのはMしかいないのに、わたしの好きな人は、皮肉にもMのことを想っている。いや、何より皮肉なのはそれを知りながら彼を好きになってしまったわたし自身か。
別にこの恋を叶えたいなんて思えなかった。彼と付き合いたいなんて、思えるはずもなかった。
この恋はこのまま、この教室に閉じ込めておけばいい。あの永遠と一緒に、鍵をかけて、誰にも知られないように、そっと、そっと。

***

ある日の放課後。人はまばら。彼は例の如く、わたしたちの教室に顔を出した。ドアにもたれかかって、教室中に聞こえるような声で会話する2人。わたしはちょうど机の中を片付けて帰るところだった。

このまま彼の笑顔を盗み見ていたいような、早く帰ってしまいたいような。複雑な気持ちにかられながら、2人の会話を聞いてしまう。
話題は昨日最終回だったドラマの話。

「M、Mって昨日、TRICKみた?」

会話のときに人の名前をよく呼ぶのが彼の癖だった。

「うん。見たよ」

「そっか。……ねえ、M、言いたいことあるんだけどさ」

「なに?」

「おれ、Mのこと、ジュテーム」

教室中がしん、と静まり返る。昨日のドラマで、その言葉が愛の告白に使われていたことを、誰もが知っていた。
わたしは顔をあげて彼をみた。いつもみたいに、笑ってなんかいない。まっすぐ、Mを見つめている。Mの顔を見ることは、できなかった。

急いでスクールバッグに教科書とノートを詰めて、教室を出た。去り際にMが、「わたしも!ジュテーム!」とびっくりしながら笑って彼との会話をやり過ごす声が聞こえた。

彼は、知らない。
Mが別の先輩のことを好きなこと。

Mは、知ってしまった。
彼がMを好きなこと。

2人は、知るよしもない。
わたしが彼を好きなこと。

学校を出てしばらくして、やっと顔をあげることができた。ここまでどうやって歩いてきたんだろう。いきなり教室を出てしまったから、Mに心配をかけたかな。明日、謝らなきゃな。

不思議と涙は出なかった。別に空も青くなかった。恋が散る瞬間のあっけなさを感じた。感じることができたのは、胸の奥の、これまた奥のほうの痛みだけ。

その後しばらくして、Mは先輩と付き合いはじめた。わたしはMの幸せを、心の底から祝うことができなかった。彼はもう、教室にくることはなくなった。

閉じ込めておくものが、増えてしまったなあ。独り言のように呟いて、わたしはこの恋のすべてを、14歳の教室に閉まった。この恋に涙を流した人の数だけ、鍵を増やして。


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世界はそれを愛と呼ぶんだぜ