見出し画像

シャッターを切ることを許された日のこと

青森の先っぽ。下北半島にある尻屋崎灯台に行ったのはもう5年近く前のことだと言うのに、いまでもその記憶は鮮明だ。

バスを乗り継いで、ついたはいいけど帰りのバスは3時間後くらいで。周囲にはお店も何もなく、ただ海が広がっているだけ。
他にすることもないので、ひたすら灯台や海の写真を撮っていた。ああでもない、こうでもないなんて思いながら、アングルや構図を変えて、その日だけで何枚撮ったのかなあ。

時間が経つにつれだんだん飽きて疲れていたところに、どんよりと暗い雲が近づいてきて、ポツポツと雨が落ちる。雨を凌ぐ場所もあまりなかったから、訪れたことを少し後悔し始めたそのとき。

ファインダーを覗いた瞬間に、見える景色がついさっきまでと全く違っていた。


目の前に立つ、白亜の灯台。背景に広がる明るい青空と暗い雨雲のコントラストは、その白を際立たせるようで、その白を吸い込んでしまうようで。
岸壁に咲く白い花のようなその姿は、圧倒的なほど強く、近寄りがたいほど儚く、溢れんばかりの生命力が、わたしにまで響いてくるようだった。

わたしのためだけに与えられた景色。
許されたんだ、今しかない。そう思って無我夢中でシャッターを切った。

あのときのことはいま思い出しても本当に不思議で、その後どんな灯台をみても、他の何を撮っても、同じ出来事は二度と起きていない。

たぶんあれが、被写体と向き合うってことなのかな。
たくさんたくさん向き合って、何百枚と写真を撮り続けたときに、被写体はやっとわたしを許して、心を開いてくれる。


世界はそれを愛と呼ぶんだぜ