短編映画シナリオ「一番大切なもの」

短編映画シナリオです。勝手に黒沢清が撮ってくれると想像して書きました。小品ですが、個人的に気に入っている作品です。夢と現実。年取っていくとなかなか両立が難しくなってきます。もし、俺、夢一回諦めよっかなって思っている方がいたら是非読んでいただきたいです。ほんの少しでも背中を押すことができたら幸いです。ではどうぞ。

○川(夜)
   街灯の光が川に照らし出されている。
   幻想的な水の様子。
   暗い顔をして川を見ている川田龍二(
   28)。
   その様子を遠くで女が見ている。
   龍二、半ば諦めたような顔で川べりを
   離れる。
   女がいる方角に歩いていく。
   女のすぐ横を通り過ぎるが、気にも留
めない。
   そのまま歩いていく。
   女は、一定の距離を保ったまま、付い
   ていく。

タイトル「一番大切なもの」

○とある住宅メーカー会社・応接間
   自社の業界紙を持って力説している龍
   二。
   話を聞いている担当者。
龍二「次は、給湯器の特集を行おうと思って
 いましてね。是非とも広告を載せて頂けた
 ら御社でも、必ずやご利益が……」
   苦い顔をする担当者。
   担当者の顔を見て話題を変える龍二。
龍二「あ、そうだ。前に磐田さんに言われた
 炊飯器買いましたよ」
担当者「そう? あれいいでしょ」
龍二「いや~いいですね。ご飯うまくなりま
 したよ。いっつも嫁の顔見るのが恐くて飲
 んでばかりでしたけど。飯がうまいから最
 近まっすぐ帰るようになっちゃって」
   担当者の笑顔。上機嫌。
担当者「僕も同じなんだよ。あれ、いいよね」
龍二「はい、ほんとに。それからあの勧めて
頂いたドリフトっていうドラマ。あれも全
話見ちゃって。ハマりましたね」
担当者「あれも見てくれたんだ。いいよね」
龍二「ホントに、面白くて……あの役者なん
 て言いましたっけ……」
担当者「川田さん」
龍二「はい?」
担当者「あなた、いっつもうちに来てくれま
 すね」
龍二「いやぁ~」
   照れる龍二。
   新聞を手に取って何の気なしにページ
   をめくる担当者。
担当者「広告の件、前向きに考えますよ」
龍二「本当ですか、有難うございます!」
   と頭を下げる龍二。
   しかし、下げた顔は笑ってはいない。

○同・外
   会社から出て来る龍二。
   その会社を見上げて、大きく溜息。
   歩いていく。
   裏の路地に入り、コンビニを通った際
   に自社の新聞を捨ててしまう。

○住宅新聞社
   中規模のビル。
   中に入り、エレベーターに乗り込む龍
   二。
   営業部のオフィスの階に止まり、ドア
   が開く。
   先輩の増田英俊(33)が待っている。
増田「おお、おつかれ」
龍二「お疲れ様です」
   龍二が出るとすぐに乗り込む増田。
   閉まりかけのエレベーターがまた開く。
増田「どうだった?」
龍二「(空元気で)取れました!」
増田「そっか、良かったな。やっぱお前営業
 の才能あるんじゃない?」
龍二「(笑顔)先輩は? どこへ」
   指で煙草を吸う合図の増田。
   龍二、笑みをこぼす。

○同・営業部
   部屋に入る龍二。
龍二「ただいま、戻りました」
   10人ほどの社員、活気のない職場。
   「お疲れさまです」の声が小さく、ま
   ばらに聞こえるのみ。
   隣の上司の桑原正巳(50)は、漫画
   本を読んで笑っている。
龍二「あの、西洋住機の広告取れました」
桑原「そ」
龍二「はぁ」
   桑原、龍二を気にも留めない。
   部屋を見渡し、龍二、大きく溜息。
   鞄に入った煙草を取り出して席を立つ。

○喫煙所前
   エレベーターを降り、その階にある喫
   煙所へ。
   喫煙所の前まで行き、足が止まる龍二。
   龍二の噂話をしている。
増田の声「あいつ、最近マジうっとおしいん
 だよね」
男の声「川田っすか」
増田の声「なんか、俺が一番仕事してますっ
 っていう態度がさ。数字を取ってるのは俺
 です! みたいなさ」
男の声「そうっすね。確かに」
増田「しかもあいつさ……クサイんだよね。
 体臭が。いっつも汗かいてんじゃん。それ
 もPRしてんのかな、周りに」
男の声「PRでクサくするとか、ウケますね」
   二人、笑いあう。
   がっくり肩を落とし、喫煙所を後にす
   る龍二。

○マンション・川田の部屋(夜)
   龍二、お風呂から上がる。
   頭を拭きながら、クローゼットを開け、
   自分の寝巻を取り出す。
嫁の声「ねー上がった? 私入っていい?」
龍二「いいぞー」
   ふと手が止まる龍二。
   そこには埃被ったビデオカメラが置い
   てある。
   少しの間、ビデオカメラを見つめるが、
   すぐに襖を閉める。

○龍二の夢
   早朝の森なのか、周囲はうっすらと霧
がかかっている。
   その中を歩いている龍二。
   進行方向を向いている大勢の人間が見
える。
   みな、動きが止まっている。
   その中を笑顔でスイスイ歩いていく。
   時折、制止している人間を指で押す龍
   二。
   ガラス細工のように倒れ、粉々に割れ
   る。

○龍二の部屋・寝室(朝)
   ベッドで寝ている龍二。
   うっすらと目を開ける。
   カーテンの隙間から、光が入っている。
   隣には、逆光で顔が見えないが嫁の姿
   が。
   嫁を見て、龍二、大きく溜息。

○駅のホーム(朝)
   先頭で電車を待っている龍二。
   サラリーマンたちは死んだ目をして並
   んでいる。
   電車が到着する。姿が見えなくなる龍
   二。
   ドアが閉まり、電車が出発する。
   まだ、ホームにいる龍二。
   しばらくしてまた電車が来る。出発。
   何台かの電車をわざと乗り過ごす龍二。
   いきなり、階段を降りて隣のホームに
   行く。
   どこから来たのか、少し離れて女の姿
   もある。
   会社とは、反対方向の電車に軽やかに
   飛び乗る龍二。
   出発していく電車。

○電車(朝)
   かなり空いている車内。
   ボーっと窓を見ている龍二。
   今日は快晴だ。
   隣の車両には女の姿がある。

○渓谷を走るトロッコ
   観光客相手に走らせているもの。
   スーツ姿の龍二は少し目立つ。
   ガイドが一つ一つ、眼下に広がる素晴
   らしい景色を説明するも、龍二はボー
   としたままだ。
   龍二の前で子供が二人、チャンバラご
っこを始める。
   慌てて、母親が止めにくるがやめない
   二人の少年。
   二人の少年を見ながら子供時代を思い
   出す龍二。

○地元の砂浜(回想)
   3人の少年が全速力で砂浜を駆け抜け
   る。
   先頭を走るのは、小学生時代の龍二だ。
   少年1がこける。
   抜いていく最後尾の少年2。
   少年1、すぐに立ち、追いかける。
少年1「待ってよー」

○砂浜近くの大きな洞穴(回想)
   息を切らしながら、少年の龍二がくる。
   遅れて二人の少年も来る。
   肩で息をする二人の少年。
龍二「(洞穴を見ながら)ここすごいだろ!」
少年1「なにこれ、大きい穴だな」
少年2「怪獣の穴かな。中に怪獣いるのか」
龍二「いないよ。俺昨日調べたもん」
少年2「いたら良かったのに」
少年1「これどうすんの」
龍二「秘密基地! みんなで秘密基地作ろう」
   驚く少年1と少年2。
龍二「俺達だけのものだよ。大人には教えな
 い。俺たちだけの、子供だけの基地だ!」
少年1と2「(歓声を上げる)おお」
   満面の笑みの龍二。

○渓谷を走るトロッコ
   チャンバラをしていた子供、龍二の前
   でこける。
   立たせてやる龍二。
   ズボンを払う子供。
龍二「ねぇ」
子供「(振り返って)ん?」
龍二「秘密基地とか作ってる?」
子供(少し考えて)しらね!」
   といって、もう一人の子供に戦いを挑
   みにいく。
   感慨に耽る龍二。
   トロッコはトンネルに入り辺りは暗闇
   になる。

○田舎道を走るローカル電車
   トンネルを抜けると、ローカル電車に
変わっている。
   乗っている龍二。
   客は一車両に5人ほど。
   窓を見る。
   素晴らしい田舎の風景。
   田んぼがこれでもかと続く。
   農作業に従事している人がまばらに見
   える。
   ふと前の座席を見ると、高校生のカッ
   プルが座っている。
   席を一人分空けて座っているのが初々
しい。
   隣の座席の端にまた女がいる。
   ずっと付いてきている。
   心配そうに龍二を見つめる。

○とある高校(回想)
   放課後、誰もいない教室でカップルが
   言い争っている。
女「萌花と昨日、会ってたでしょ」
男「会ってねえよ」
女「嘘、会ってたでしょ。見たっていう子い
 るんだから」
男「嘘つけ」
女「嘘じゃないし。浮気だからね」
男「その見たって奴だれだよ」
女「それは言えません」
男「なんでだよ」
女「何でも。早く白状しなさいよ」
男「(めんどくさそうに)もう帰っていいか。
 俺、見たい番組あるんだよ」
女「白状するまで帰さないから!」
龍二の声「カット!」
   カメラが引いていき、実は映画撮影の
   現場だったことが分かる。
   龍二は脚本を大事そうに持って演出し
   ている。
   ほかにカメラマンと照明、音声がいる。
   スタッフの人数は極端に少ない。
   学生映画だからだ。
龍二「もう少し、そこは感情的に言ってもら
 える? もっと女の子が怒ってるってとこ
 ろを表現できればな。でもまだその彼氏の
 ことは全然好きなんだけどね」
カメラマン「このクソ脚本じゃ無理だろ」
龍二「おい、そんなこと役者の前で言うな
 よ!」
カメラマン「はいはい」
   照明の女が笑っている。
龍二「なぎさも笑うなって」
   その女はなぎさ。いつも龍二の傍にい
   る女の顔と同じだ。
龍二「はい、じゃあ! テイク3いくよ!
 ようい、はい!」
   カメラが回り始める。
   カメラがカメラの映像の中へ。

○木造のアパート・龍二の部屋(回想)
   ボロボロの築30年は過ぎているよ
   うな傷みが激しい部屋。
   カップラーメンをすすっているなぎさ
と龍二。
   共にテレビを見ている。
   画面には、あの時のカメラマンが写っ
   ている。
   小説の新人賞受賞式の様子だ。
   照れくさそうに賞状を受け取るカメラ
   マン。
龍二「なんだよ、その顔! むかつくな」
なぎさ「……」
龍二「これさ、この本の内容さ。俺読んだわ
 けよ。そっくりなんだよ。大学の時撮った
 やつと」
なぎさ「うん」
龍二「ひどいよな、盗作だよなぁ。あの時面
 白くないとか言ってたのに」
なぎさ「(笑って)うん」
龍二「何笑ってんだよ」
なぎさ「悔しいんでしょ」
龍二「(慌てて)悔しくねえよ、馬鹿! あ
 んな新人賞なんかで。俺ならすぐ取れるし」
なぎさ「(笑って)いつ?」
龍二「だから時代が追いついてないんだよ、
 時代がさー」
なぎさ「(笑っている)
龍二「のびちゃうぞ」
なぎさ「(幸せそう)うん」
   二人でラーメンをすする。

○同・龍二の部屋(回想・夜)
   パソコンで、脚本を無心に書いている
   龍二。
   部屋の外からこっそり見ているなぎさ。

○同・龍二の部屋(回想)
   映画をテレビで見ている龍二。
   手にはウィスキー。
   龍二は号泣している。
なぎさ「ただいま」
   なぎさが帰ってくる。
龍二「おお。この映画めちゃくちゃいいわ」
   と尋常じゃないくらい泣いている。
   なぎさ、龍二に見えないようにこっそ
   り携帯電話でシナリオコンクールの1
   次通過の結果を見る。
   龍二の名前はない。
龍二「良い映画だなぁ……」
   そんな龍二を見て泣きそうになるなぎ
   さ。
   そっと後ろから抱きしめてやるなぎさ。
龍二「……」
なぎさ「大丈夫。龍ちゃんなら大丈夫……」
龍二「(泣いている)……」

○同・龍二の部屋(回想)
   部屋中を歩き回り、自分の私物をキャ
   リーバッグに詰め込んでいるなぎさ。
   その様子を、焦りながらヨロヨロ付い
   ていく龍二。
龍二「おい、本当に行くのかよ……」
なぎさ「当たり前でしょ!」
   と泣きながら怒っている。
   服もつめ始める。
龍二「お前、勘違いしてんだよ。誤解なのに
 さ」
なぎさ「朝まで一緒にいて何もしてないなん
 て、考えられないでしょ。馬鹿なの」
   用意が終わって、キャリーバッグを引
   きずって玄関に行くなぎさ。
   ついてくる龍二。
龍二「だから、本当になんにもしてないんだ
 って。手も握り合ってないし。ただの友達。
 マン喫だって別々のところで寝たんだぞ」
なぎさ「はいはい、もうどいて!」
   玄関で靴を履きはじめる。
龍二「おい、いい加減にしろよ! 怒るぞ」
   と靴を取り上げる。
なぎさ「(鬼の形相で)返して!」
   と靴を取り上げるなぎさ。
   たじろぐ龍二。
なぎさ「じゃ! 二度と会わないだろうけど
 御幸せに」
   と出て行く。
   あっけにとられているバカみたいな
   龍二の顔。

○同・龍二の部屋(回想)
   蝉が勢いよく鳴いている。
   テレビから甲子園の実況中継が流れて
   いる。
   横になってアイスを食べながらテレビ
   を見ている龍二。
   扇風機が回っている。
   隣に座っているなぎさ。
龍二「暑くね」
なぎさ「うん。ちょっと」
龍二「そろそろクーラーにするか。窓閉めて」
なぎさ「うん」
   と立ち上がり窓を閉めに行くなぎさ。
   龍二は扇風機を止め、クーラーをつけ
   る。
龍二「後、俺今度は小説書くから」
なぎさ「うん、分かった」
龍二「なんだよ、それ。『うん、分かった』
 って。また、無理だと思ってんだろ」
なぎさ「そんなことないよ、頑張って!」
龍二「あ、めんどくさいなって思っただろ。
 もう、やる気なくしちゃったな、俺」
   二人の会話の音だけ残し、映像は現実
   の電車に変わる。

○電車
   ふと、横を見る龍二。
   隣のベンチにはなぎさの姿が。
   なぎさの方を見る龍二。
   心配しているなぎさの顔。
   なぎさの事に気付かない龍二、少し考
   えて携帯電話を取り出す。
   なぎさに電話をかけようか考えるが、
   やっぱりかけない。
   前を見ると、先程のカップルの距離が
   近づいていて恥ずかしそうに手を繋い
   でいる。
   その様子を見て思わず微笑む龍二。
   龍二の視線に気づき、すぐに手を離す
   カップル。
   龍二も視線を逸らし、窓の方へ。

○浜辺
   龍二がかつての浜辺を、噛みしめるよ
   うにして歩いている。
   少しして、なぎさが付いてくる。

○同・秘密基地
   秘密基地がかつてあった場所にくる龍
   二。
   秘密基地の痕跡はほぼ無く、荒れ果て
   てている大きな洞穴。
   感慨深そうに見つめる龍二。
   しばらくしていると、波の音が急に無
   くなり無音になる。
   かつての秘密基地の様子に変わってい
   く。
   驚いて見ている龍二。
   中から少年1と2がおもちゃを持って
   出て来る。
   龍二のことを一瞬見るが気にも留めず
   に浜辺の方に走っていく。
少年「待ってよ」
   少年時代の龍二が遅れて出て来る。
   手には古いタイプのビデオカメラ。
龍二「よ、久しぶり」
   少年、龍二の顔を見て明らかに不満顔。
少年「なんだよ、あんたか」

○浜辺(夕)
   一緒に歩いている龍二の今と昔。
   周りで二人の少年が走り回っている。
   遠くからの撮影。
少年「なんだよ、そのカッコ」
龍二「何が」
少年「別に」
龍二「立派に働いてるんだ、すごいだろ」
少年「別に。好きじゃないだけ」
龍二「何が好きなんだよ」
少年「映画。将来映画撮るんだ、俺」
龍二「……」
少年「俺はね。あんたは知らないけど」
龍二「映画はさ……」
少年「あんたといるとつまらない」
龍二「俺は嬉しいんだけどな」
   少年、カメラを構えてファインダーを
   覗いている。
少年「あーあ、会いたくない奴と会っちゃっ
 たな」

○同・浜辺(夕)
   浜辺に座っている二人の龍二。
   前には海が広がる。
   カメラを海に向けてファインダーを覗
   きこむ少年の龍二。
少年「今日は忘れたの?」
龍二「うん?」
少年「カメラに決まってんじゃん。毎日撮る
 っていっただろ」
龍二「ああ、もういいんだよ、あれは」
少年「忘れたのね。なるほどね」
龍二「おい、聞けよ。ちゃんと話をさ」
少年「聞いても無駄だし。あーあ、会いたく
 なかったな」
   二人、沈黙。
龍二「精一杯やったんだよ、俺は」
少年「ふうん」
龍二「お前にはまだ分からないかもしれない
けど……」
少年「……」
龍二「とりあえず、カメラやめろよ」
   と無理やりカメラを取ろうとする龍二。
   離さない子供時代の龍二。
少年「そっちこそ、やめろよ」
   カメラが飛んでいく。
   龍二の後ろの方へ。
龍二「あ、俺のカメラ。ばか、すぐに離さな
いから」
   と必死に砂をはらう龍二。
少年「……」
   龍二の後方を見つめる少年。
龍二「おい、聞いてんのかよ」
   と少年を見る。
   龍二、首をかしげ少年の視線へ。
   なぎさが歩いてくる。
   龍二には何も見えない。
少年「まぁ、そういうことならしょうがない
 んじゃね」
   と満面の笑みになる少年。
龍二「はぁ、なんの話だよ」
少年「あんた、まんざら無駄に生きてたわけ
じゃないみたいだね」
龍二「?」
   龍二、もう一度後方を見る。
   龍二、遠くの方の人影に気付く。
   前にいるなぎさはスーっと消え、後ろ
   から本物のなぎさがやってくる。
   なぎさが走ってくる。そのお腹は大き
   く妊娠している。
   龍二、慌てて走り出す。
龍二「おい、何してんだよ。走るな、走るな」
   龍二、なぎさに追いつく。
なぎさ「良かった、本当に良かった……龍ち
 ゃん、何かあったのかと思っちゃった」
   と泣き崩れる。
龍二「?」
なぎさ「あんな変な電話するから……心配し
 て」
龍二「電話?」
なぎさ「龍ちゃんがここに来いって言ったん
 でしょ。もう自殺でもするのかって心配し
 ちゃったよ」
龍二「?」
   と後ろを振り返る。
   少年が笑って、電話をする手振りをし
   ている。
龍二「お前か……」
少年「それだとしょうがねぇよ。しょうがね
 ぇ」
   と笑っている。
   少年はスーと消えていく。
龍二「(呟く)その時代は携帯電話まだ持っ
 てないくせに……」
なぎさ「もうこれからはずっとそばにいてよ
 ね」
龍二「何言ってんだよ、ちょっと会社サボっ
 ただけだろ」
なぎさ「もう」
龍二「さあ、帰るか」
なぎさ「うん」
   龍二、なぎさをいたわりながら歩いて
   いく。
   遠ざかっていく二人。
   寄り添いあう。
龍二「あのさ、今度また映画撮ろうかと思っ
 てんだけど。あのカメラまだ動くかな」
なぎさ「また?」
龍二「その『また』ってどういう意味だよ」
なぎさ「(笑っている)」
龍二「あ、笑ったな。今度は大丈夫だって、
今度は……」
  二人の声が聞こえなくなる。
  小さくなっていく二人。
   いつまでも寄り添いあって歩いていく。
   穏やかな波。
   もう夕日は沈みそうだ。

               「完」

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