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笑いながら仕事する

「仕事というのは笑いながらするものです」
 と穏やかな口調でEさんは言いました。
 Eさんは日系ペルー人でわたしの人生の恩人ともいうべき方です。もし彼に出会っていなかったら、今までわたしは生き延びてこられなかったことでしょう。
 あの夜、北関東の農夫にしか見えないEさんの顔は、焚き火の照り返しをうけ煌々と輝いていました。焚き火の中に小枝を投げ込みながら話してくれたのです。焚き火の炎と煙はジャングルの中で毒虫や猛獣を近寄せないための効果を発揮します。夜、外で話しをしたりするには必要なアイテムなのです。
 わたしたちがいたのはペルーの東、南米アマゾンのジャングルの中でした。アマゾン川の源流のひとつ、マトレ・デ・ディオス川沿いにあるロッジです。ここでわたしたちはひと晩をすごす予定になっていました。ロッジといっても建物は柱と屋根だけでひどくみすぼらしく、初めて見た時はかなりの衝撃を受けたものでした。なんと壁が無いのです。そのスペースに蚊帳を吊るして眠るという構造でした。
 敷地の中には電気はきておらず、電源といえばディーゼル式の発電機だけでした。これを使うとやたらうるさいのです。わたしとしてはせっかくアマゾン源流のジャングル、大自然の中にいる訳ですから夜のしじまを楽しみたいと思っていました。そのためにはディーゼル発電機は不要です。むしろ野暮というものでしょう。
「笑いながら仕事をするとね、楽しい気持ちになるでしょう」
 とEさんは話を続けてくれました。「そうするとね、楽しいものができるんです。楽しいものが生まれるんですよ」
「なるほど……」
 その時わたしはEさんの言うことを話半分に聞いていました。それまでずっと、
(仕事は苦しんでするものだ)
 と思い込まされてきたのです。最近になってようやく、Eさんの言っていたことは正しかったのだと気がつきました。

〔了〕


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