見出し画像

高校2年生の終わり、私は自殺した。

「友達が自殺した」「家族が死んだ」「恋人が飛び降りた」

こういう話が私の耳に入ってくることは1度や2度の話じゃない。色んな人生経験がある私に、人には言えないディープな相談をしてくる人は後を絶たない。

日本では1年で2万人以上が自殺によって命を落としている。その10~20倍が自殺未遂をしていると言われている。

私はその中の一人だ。

今回は私がほとんど話したことのない私の2度目の死について書きつづってみようと思う。
1度目の死はまた別の機会に。


高校2年生の終わり頃、私は自宅で自殺未遂をした。


高校生の時、「お前らはこの高校の先鋭部隊だ!生活から勉強、運動全て全校生徒のお手本になるように! 東大をめざす! !」って感じの男10、女10のがちがちの特別選抜クラスに私はいた。
すべてにおいて1位を求められた。 高校1年生から週5の勉強クラブに強制され、やりたい部活は一切できなかった。朝8時から夜8時まで学校で、急加速で進む授業についていくのと、大量の宿題をやるために夜11時まで塾に通った。土曜日も学校で日曜日は終わらない課題を図書館で勉強する毎日だった。もちろん学校終わりに友達とクレープを食べるなんてことも出来なかったし、自由なんてなかった。

よくいる勉強漬けにされている普通の高校生だった。


あるとき私は各クラス対抗の英語の弁論大会にクラス代表として参加した。
「絶対に優勝をとる!」そのために血のにじむ努力をした。

一人一人マーティンルーサーキング牧師のあの有名な演説を発表していった。
「I have a dream..」


全員の発表が終わったとき、周りの友達も、私も、優勝を確信した。
先生が結果を発表した。

「第2位Natsumi」

そして私はキラキラの準優勝のたてをもらった。
1位だった女の子は先生のお気に入りの女の子だった。きっとその子も努力したんだろうからその子を恨む気持ちは一切なかった。

でも結果は公平ではない。と強く感じた。2位でも別に良かった。その子が私より上手ければ。それは私の力が一歩及ばなかっただけだから。
danceでも試験でも仕事でもなんでもそう。公平さがない、理由が見えない、人間の裏側が見えたときに死は近づいてくる。
今思えば私が納得できる理由があったのかもしれないし、私の想像通りだったのかもしれない。が、私の納得のいく答えは返ってこなかった。

翌日一人で職員室に行き、「こんなの納得できないから、こんな不正のたてなんてもらっても何も嬉しくないから返します!」と言って私の血のにじむ努力の結晶を突き返して来た。悔しかった。先生に絶望した。学校に絶望した。社会に絶望した。未来に絶望した。
クラスに私の居場所はなかったし、家にも私の居場所はなかった。心から話せる友達もいなかった。孤独だった。

その事件は自殺の原因ではない。

勉強ばかりで北朝鮮みたいな自由のない教育、疲労、容姿への悔しさ、周りへの羨ましさ、周りからの期待、自分への不甲斐なさ、家族の不仲さ、クラスの態度、いじめ、先生の心の中、たまたま見ていた韓国ドラマ、たまたま置いてあった練炭、たまたま誰もいなかった。
色んなものがきれいに積み重なって、死へちょんと軽く肩を押された。

気づいたら遠のく意識の中でおばあちゃんの泣き叫ぶ声が聞こえた。体は死ぬほど重くて声は出ないし目も明かない。けど耳は少しだけ聞こえた。よくドラマで見たことがある「耳は聞こえる」ってこれなんだと身をもって感じた。

そして再び気づいたら沢山管が繋がって病院のベッドの上にいた。
「死ねなかった。」「また絶望の日々が始まるのか。」第一に思ったことはそれだ。
「生きててよかった」なんてその時は1mmも思えなかった。

『どんな顔をして皆に会えばいいか』会う時まで本当にわからなかった。

数日入院して家に戻ると、そこには隣町に住んでるからいないはずの、いつもと同じ表情をしたおばあちゃんがいた。
おばあちゃんは、「おかえり」といつも通りにしわしわの笑顔で迎えいれてきた。びっくりした。「ただいま」ぼそっとうつむきながら言って家に入った。冷蔵庫には私の好きなご飯がたくさんつまっていた。

学校に戻ると、担任がなんとも言えない表情で見てきた。何て言えばいいか私もわからなかった。
「生きててよかった」「おまえのせいで大変だったんだぞ」そんな風にも見えた。

そして、私が薬剤師になったきっかけでもある、大好きな化学の先生に会いに理科室に行った。
その時も、どんな顔して会いに行けばいいかわからなかった。
私の姿を見るなり、化学の先生は目をまん丸にして「こっち来なさい」と、仕事をすぐに置いて、理科室に二人きりになった。

その瞬間、
「お前~!!生きてて本っっ当に良かったよ!!もう!絶っっ対に死ぬなよ!!」と色んな感情と涙混じりに言ってきた。その瞬間私もずっと出なかった涙が出てきた。そう言ってきてくれた人は化学の先生だけだった。きっと皆言いたいことはたくさんあったのだ。でも、なんて言えばいいかわからず、そっとしておいてあげようと言わなかったのだと思う。

クラスの皆はいつも通りだった。よく学校に来なかったりしていたから、数日いなかったことはそんなに不思議なことではない。
きっとこれを読むまでそんなことがあったなんて何も知らなかったと思う。

そして、受験に向けていつも通りの日常が始まった。
一つ変わったこととして、先生は私の進路には口出しして来なくなった。
私は数学も、化学もとても大好きだったから、正直医者になりたかった。
でも私が最も苦手な国語、小論文があるからやめた。
し、田舎の一般家庭のうちに医学部に通わせられるほどのお金はなかった。
正直今になると、あの時医学部目指せばよかったと後悔することもたくさんあったが、その時の私はいち早くこの学校を出たかった。

理工学部を目指して猛勉強していたさなか、携帯が鳴った。
「おばあちゃんが倒れた。」
目の前が真っ暗になった。「私のせいだ。私があんなことあったから。。。」おばあちゃんは私の育て親みたいな存在だ。
勉強なんて全部放り投げておばあちゃんとずっと一緒にいたかった。「でもこんな私に何ができるんだ。わたしにもっと力があれば。」
「やっぱり医療従事者になろう。それでおばあちゃんを助けてあげるんだ。」
そんな感じで薬学部に入った。


もう10年以上経ってるから遅いかもしれないけど、今だから言えることは、

医療従事者の人へ「受け入れてくれる病院もなくて、たらい回しにされてた私を助けてくれてありがとう。」

お父さんお母さんへ「死のうとしてごめんなさい」

妹、弟へ「まだ小さかったのに、衝撃的なコトを与えてしまってごめんなさい。今度はちゃんと助けてあげれるお姉ちゃんになるね。」

化学の先生へ「心から気持ちを伝えてくれてありがとう。先生のおかげで化学が好きになったし、それで薬剤師になれました。」

担任へ「あの時は正直嫌いでした。きっと職員会議でもあれこれ言われたと思うし、プライドも傷つけられたと思います。迷惑かけてごめんなさい。生徒思いの先生になって下さい。」

高校の同級生へ「きっとこの話を聞いたらびっくりすると思う。きっとこれを見て、なつってこうだったらしいよってあることないこと話されるんだと思う。でも真実は私が持ってるから、直接聞いてくればいい。あのときは嫌いだったり態度にだしちゃったりしたけど、私はもう恨んでません。だから謝りたければ謝ってくればいいし、話したければDMしてくれば私は仲良く話すよ。」

父方のおばあちゃんへ「ずっと神棚でご先祖様に祈ってくれてたと後から母から聞きました。ありがとう。おばあちゃんは死んじゃってまにあわなかったけど、おばあちゃんに恩返ししたくて薬剤師になったんだよ。」

母方のおばあちゃんへ「おばあちゃんのおにぎりが世界で1番美味しいと思う。笑顔で迎え入れてくれてありがとう。」

自分が思っている以上に命は短い。自分が健康だろうが、周りが元気に見えてたとしても、ふとその命が目の前から消えることがある。それが人生だ。
だから後悔してほしくない。だから今を生きてほしい。だから自分をさらけ出せる。
だから私は夢がある。I have a dream.
いつの日か、みんなの子供たちが社会に絶望して自殺してしまうなんてことを無くしたい。
いつの日か、あんな時もあったけど生きててよかったて思って笑いあいながらテーブルを囲んで食事したい。
いつの日か、自分の過去を黒歴史だって思って辛くなってる人たちが、黒歴史があったから今の自分がいるんだよと、今の自分に自信を持って同じような人を助けてあげてほしい。
I have a dream.

今奇跡的にも生きている私が言いたいことは、自殺は一つの要因だけではほぼ起こらないということ。
よく誰かが自殺した時「いじめが原因じゃないのか!」「あいつのせいだ!」と自分の事を棚にあげて犯人捜しをする。
人間関係、孤独、劣等感、疲労、小さな言葉、沢山の要因で出来た心のブラックホールが、自分自身を丸呑みにするまで膨れ上がったときに死は訪れる。

よく「大切な家族が悲しむ」とか、「友達が悲しむだろ」とかもよく言うけど、その時っていつもだったら当たり前に考えられることが、なーんにも考えられなくなっちゃってるんだよね。そういう時は大丈夫だよって優しく抱きしめてあげてほしい。

だから、もしあなたが自殺を防ぎたいと思うのであれば、患者さんでも、会社の人でも、部活でも、家族でも友達でも、何でも自分の目の前の相手をひとまず受け入れてあげてほしい。心から相手の為にと思って声をかけてあげてほしい。そのうえで、理由を優しく教えてあげて、その人がどうすれば良い方向に向かうのかを一緒に考えてあげてほしい。

そして、もし今死にたいと思う人、悩みを抱えている人は大丈夫。私がいるから。いつでも気軽に相談してきてください。

そんな薬剤師にわたしはなりたい。(←なんて宮澤賢治かっw)


#2000時のドラマ #あの会話をきっかけに #一人じゃ気づけなかったこと  #私の仕事 #私の作品紹介  #忘れられない先生 #黒歴史は今の為に  #十字架を消す #夢を叶えたい
#人生日記 #パラレル薬剤師 #私が薬剤師になったわけ #黒歴史を役に立たせる方法  #ライフコーチ #自殺未遂から学んだこと  #今だから言えること #懺悔 #雨ニモマケズ #宮澤賢治 #ライターコース #shelikes  #保健室の夏実先生 #自己分析 #死から学ぶこと #今を生きる #変わり者のSTORY #キング牧師


この記事が参加している募集

#忘れられない先生

4,608件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?