- 運営しているクリエイター
記事一覧
山中さんと桜を見た話
山中さんは、缶ビールのプルタブをカシャと立てた。
まぶしそうに、私の顔を見てから、プシュと音を立てると、黙ってゴクリと飲んだ。
満開の桜が、山中さんに降り注いでいた。
山中さんもそれを目を細めて眺めていた。
私は、その一連を見守った後、自分の缶ビールを開けて、飲んだ。
「今生の別れじゃあるまいし。」私が何も言わないのに、山中さんはひとりつぶやいた。
私も、山中さんも、きっとこれが今生の別れ
今日は何しようか、と考えるしあわせ。
忙しいとは心を亡くすことだと言ったりして。
追われ追われて、心など邪魔で、もっと言えば空腹や疲労や睡眠不足すら邪魔だと思いながら凌いできたけど。
金曜の納品が終わり、会いたい人に会えず、一人で朝まで飲んでたらしく、目覚めたら土曜の夜で、何か食べてまた眠り、今日は何の締め切りも控えていない日曜日。
ここのところ、朝や昼には食べる暇もなく、夜におざなりなものを胃に運ぶだけの日々だったが、今朝飲んだ即席
居場所:ヤマ編(2)
ヤマの部屋は小さな一軒家の屋根裏にあった。
家の横にある階段をきしませのぼるときしむ扉があり、扉を開けると小さな一軒家をそのまま小さくしたような二畳ほどのスペースがあった。
ベッドがあり、枕元には小さな机があった。
枕元の机には小さなピンクの花が一輪挿してあった。
ヤマと会えるバーでは、彼はたいてい誰かに喧嘩を売っていた。
興奮した時の彼は、喧嘩っ早い小型犬を思わせた。
論理も完璧、知識も完璧、
居場所:ヤマ編(1)
ヤマは初対面だと言うのにしきりに32はいい店だという話ばかりしていた。いや、正確には32の話しかしなかった。
私はその間、感心するように彼を眺めていた。
ヤマは長身で細身で、腰まで伸ばした黒髪は美しかった。世界とのつながり方なら知っているというように、投げやりに毛皮のコートを着てレイバンのサングラスをかけていた。完璧だった。
海外のファッション誌から今抜け出してきた、という風貌でカールスバーグを飲
私たちは少しずついたわりあい、
けれど絶望的にわかりあえないのだ。
そしてそれはたぶんそんなに悲しいことではない。
「障害者」という名の人はいない
結城さんがハリー・アレンのCDを貸してくれた。「ジャズは詳しくないけどね。この人のサックスは好きだね。なんていうかね、音に温度があるね。」今日の結城さんはずっとその話をしていて、私は途中で退屈した。彼の話はユーモアがあるし情熱的な話し方をする人だ。特に最近は。だが聴いたことのない音楽の総評を延々と聞かされることほど苦痛なことはない。
「へえ、帰ったらすぐ聴いてみます!」と私は30回は言ったと思う。