居場所:ヤマ編(2)

ヤマの部屋は小さな一軒家の屋根裏にあった。
家の横にある階段をきしませのぼるときしむ扉があり、扉を開けると小さな一軒家をそのまま小さくしたような二畳ほどのスペースがあった。
ベッドがあり、枕元には小さな机があった。
枕元の机には小さなピンクの花が一輪挿してあった。

ヤマと会えるバーでは、彼はたいてい誰かに喧嘩を売っていた。
興奮した時の彼は、喧嘩っ早い小型犬を思わせた。
論理も完璧、知識も完璧、けれど、相手を見る目に少し欠けていた。
常に自分と自分が愛するものの話をしていた。
それ以外のものには容赦なかった。

でも深夜、ヤマは私をその部屋に招いてくれた。
私はヤマに愛されることもなかったし、私にはヤマの言葉が難しすぎてほとんど会話は成り立たなかった。

私はヤマに与えられるものは何もなかった。
私は論理的でもなかったし、固有名詞を致命的に覚えられなかった。

ただヤマが新しいタルトを焼いた話やベッドの下に隠し持っている本の話を聞くのが好きだった。
その人はなぜかブローティガンの話ばかりした。
これを読みなと言って鱒釣りの本を貸してくれた。最初は苦行のようだったその本はやがて身体になじむようになった。

その頃彼は、消えた。
何一つ残さずに。

P.S.

ほんの一瞬、瞬きより早く一瞬、偏狭な彼はなぜか私を気に入った。(愛しはしなかった。)
彼はどこにいったのだろう?
あるバーに雇われたという彼は。
2畳に住むことを良しとしていた彼は。
私の世界では、人は流れゆく。
ある人は音楽を生業に。ある人は名のある会社にヘッドハンティング。ある人は日雇い労働者として人生をやり直そうとしている。
すべての人は流れゆく。
私は流れゆく人たちを眺めゆく。
愛していたなぁ。愛されなかったなぁ。
私は下書き保存する。
蹴落とされた夜のことを。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?