「障害者」という名の人はいない

結城さんがハリー・アレンのCDを貸してくれた。「ジャズは詳しくないけどね。この人のサックスは好きだね。なんていうかね、音に温度があるね。」今日の結城さんはずっとその話をしていて、私は途中で退屈した。彼の話はユーモアがあるし情熱的な話し方をする人だ。特に最近は。だが聴いたことのない音楽の総評を延々と聞かされることほど苦痛なことはない。
「へえ、帰ったらすぐ聴いてみます!」と私は30回は言ったと思う。
結城さんはその後は友人のキャシーの話(結城さんは自分がバイリンガルであることと美人のイギリス人のガールフレンドがいることが自慢だった)と来年にはシンガポールで起業したいという話を一時間ほどして帰って行った。

私は大井に向かう途中の車でハリー・アレンのCDをかけた。結城さんが熱弁するよりはずっと素朴な印象だったが、この人のCDは買ってみようと思った。もちろん今の結城さんには話すまい。もっとも今夜早速結城さんの方から聴いたかどうか確認の電話がかかってくる可能性はあったが。

「お前またマーチで来たんか」開口一番不服そうに克也は言った。「だって外車怖いねんもん」「そうやって乗らんから慣れへんねん。こっちの気持ち考えたことあるんか。」そう言うと不満げに助手席に乗り、大仰にため息をついて目を閉じた。
「ハリー・アレンちゃう?これ?」克也はそれまでの不機嫌を忘れたように、声を上げた。
「知ってるん?」
「このアルバムは持ってへんけど、俺好きやで。」
「ふーん。結城さんが貸してくれてん」
「・・・ふーん。」克也は物言いたげに返事をした後は黙って目を閉じていた。

「そう言えば、お前最近元気そうやな。」克也は首をひねってこっちを向いた。
「そう?」私は前を向いたまま言った。
そうかもしれない、と思う。

「家から出て人と話せてる。」克也が言った。

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